第8話

「はい、確かに依頼達成を確認しました。ありがとうございました」


 私の冒険者登録を担当した女性が証明書を見た後に頭を下げる。無事に依頼を達成したと言うことに改めてホッとする。そういえば、この女性の名前はミリナさんと言うらしい。私が報告する前に並んでいた冒険者さんが彼女をそう呼んでいた。

 私は頭を下げてカウンターから離れようとした時、ミリナさんが私を呼び止める。


「アリスさん。少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「はい!?な、何でですか………?もしかして、何か問題が………」

「いえ、そうではありません。寧ろ、ユアさんはとても貴女を評価されていました。なので、良ければ貴女の経歴について詳しくお聞かせ願えないかと思いまして」

「断りなさい。協会に深入りさせる理由はないわ」


 ルナが即座に拒否するように指示をする。口下手な私も今までの経歴なんて聞かれてたら、ボロが出てしまって大変な事になる気しかしなかったし。


「えっと………ごめんなさい。ちょっと答えられないです………」

「そうでしたか。それは失礼しました。では、またのお越しをお待ちしております」


 私が断ると、それ以上特に引き止める事もなく一礼するミリナさん。私も一例を返して出入り口に向かってその近くにあるボードを見てみたけれど、朝と比べて張り出されている依頼書の数はかなり少なくなっていた。一応、ルナに何か良さそうなのが無いか視線を向けてみたけれど、ルナは黙って首を振る。

 特に経験になりそうな依頼は無いってことなのかな。でも、依頼を出してるってことは誰かが困ってるってことだと思うけど………


「そんなに真面目に考えなくていいの。正直、あなたのランクの依頼なんて依頼主からしても重要性が低いものばかりよ。行かなかっただけで生活が困るような状況なら、そもそも依頼なんて出せないわよ」

「そっか………」


 ルナがそう言うなら大丈夫なんだと思う。依頼も終わったし、私はギルドの外に出る。特に予定もないし………どうしようかな。ちょっと街を見て回ろうかな………?


「いいんじゃないかしら。しばらくはこの街にいるんでしょう?」

「うん………ん?しばらくって………そのうち、この街を離れるって事?」

「えぇ。ここに腰を据えてもいいけれど、貴女はもっと色んな所を見て回るべきだと思うわ」

「ど、どうして………?」

「だって、この街で本当に貴女が自分を変えれるとは思えないもの。それに、目立ちたくないでしょう?」


 ルナは全く躊躇なくそんなことを言う。目立ちたくないのは事実だし、ルナの言う事にも少しだけ分かるような気はしたけれど、別にこの街から出て行く必要はないんじゃ………そう思って肩にいるルナを見ると、彼女は何かを憂うような目で私を見つめていた。


「………」

「………」


 そんなルナの目を、私は反らす事が出来なくて。しばらく無言で互いを見つめていた時、不意に男性の声が掛けられた。


「君、そんな所に立っていると周りが困ってしまうよ」

「え!?あ、ご、ごめんなさい!!」


 男性の言葉に私はギルドの出入り口で立ちっぱなしだった事を思い出して、慌てて出入り口の前から逸れる。そこで相手を見ると、男性は長身で金の長髪をしている端正な顔をしていたけれど、その耳が普通の人間に比べて長く尖っているのを見て、彼が良くおとぎ話とかで出てくるエルフなのだと理解した。


「いや、驚かせてすまないね。これからは気を付けるんだよ」


 男性はそう言ってギルドの中へと入っていく。その後ろ姿が見えなくなった後、私は街の通りに出ようとして………ルナがギルドの中をじっと見つめている事に気が付いた。


「ルナ?どうしたの?」

「………いえ、何でもないわ。行きましょう?」


 さっきから意図が分からないなルナの行動に首を傾げるけれど、気にしたところで話して貰えるとは思わなかった。

 それはともかく、どこに行こうかなぁ。この街のことあんまり知らないし、適当に歩いたら迷子になっちゃうかな………?

 宿は向こうだから………うん。多分大丈夫。


「大丈夫。迷子になっても私がちゃんと面倒見てあげるから」

「こ、子供じゃないの!」


 今更子供扱いされて咄嗟に否定してしまったけれど、普通に考えて私の年齢は子供だ。けれど、それを聞いたルナは意地悪そうな笑みを浮かべて………


「あら、そう?ならあなたを一人前の冒険者として扱った方が良かったかしら?」

「え、や………えっと………」

「ふふ、冗談よ。ほら、早く行きましょう?」

「あ、ちょっとルナ!?」


 ルナが私の肩から飛び降りて駆け出す。咄嗟の出来事に驚いたけど、はぐれる訳にはいかないために、私は慌ててその後を追うのだった。








 私達はしばらく街を一緒に散策していた。知らない物、初めて見る景色しかないからただ歩いているだけでも私は楽しめていたと思う。海外旅行をしてる時って、こんな気分なのかな?なんて一度もした事が無かったから分かりようもない事を考えながら歩いていると、ふと食欲を刺激する匂いが漂ってくることに気が付いた。


「とてもいい匂いが漂っているわね。この辺りは料理店が並んでいるのかしら」

「………そういえば、ルナってお腹空かないの?」

「そうね。特に必要はないわ」


 ルナの言葉に、私はルナが朝食の時も一切の食事を摂っていなかった事を思い出してルナに聞いてみたけれど、ルナはすぐに首を振った。少なくとも、あっちで飼っていた頃は普通にご飯を食べていた気がするんだけど。


「向こうで出されたご飯を私が食べなかったら、あなたならどうしてたかしら?」

「………病院で診て貰うと思う」

「でしょう?まぁ、あなたの両親が普通で見れば寿命が来てもおかしくない私に医療費を出したがるかは分からないけれど」

「………」


 私はルナが大好きだったし、向こうでは私の心の支えだと言える存在でもあったから、全くご飯を食べないなんて事があったらすぐにでも病院で診てもらおうとしたと思う。けれど、私はルナの言うことに何も言えなかった。高校生に上がったばかりだった私じゃ、動物病院の治療費なんて出せるはずが無かった。


「とにかく、心配はしなくていいわ。元々、私ってご飯を食べられなくても生きていけるの」

「昨日も聞いたけど、ルナって」

「私は猫よ?」

「………うん。そっか」


 私の言葉を遮って答えるルナに、私はそれ以上追及できずに頷くだけだった。それに、ここでルナが普通の猫以外の何かと答えたって、だからどうするかは全く考えていなかった。本当に普通の猫じゃない事はもう分かり切っている訳だし、ルナが普通の猫じゃなかったとしても彼女が居なければ私は生きていくことすら出来ないのは代え難い事実だったから。

 けれど、猫に全くご飯を上げないと言うのは大丈夫か否かを別にしてちょっと罪悪感が………なんて思っていると、進む道の先で見覚えのある姿を見て、私は少し小走りでその人に近付いて声を掛けた。


「ライルさん」

「ん?」


 ライルさんが振り返り、私を見て少し不思議そうな表情を浮かべていたけれど、私の肩にいるルナを見た次の瞬間には驚いたような表情を浮かべた。


「まさか………アリスか?」

「あはは………はい。ちょっと色々とありまして………」

「………みたいだな」


 ライルさんは頭を掻きつつも、少し呆れたような笑みを浮かべながら頷く。つい昨日知り合った人が、全くの別人のようになっていたら困惑もしてしまうと思う。それでも色々あったで納得してしまうあたり、やっぱりあっちとは基準が大きく違うみたい。私だったら絶対信じられないけど。


「そんな恰好して街を歩いてるってことは、冒険者になったか?」

「はい。今朝登録して、初依頼も終わらせたのでちょっと街を見て回ろうかなって」

「おぉ、もう依頼を終わらせたのか。そいつは将来有望だな。どんな依頼か聞いても良いか?」

「えっと………ユアさんのお家の屋根の修理に………」

「………弟子がやらかしたか」

「みたいです………ユアさんとお知り合いなんですか?」

「あぁ。この街で多くの優秀な魔法使いを育て上げた人だからな。この街でなら誰もが知るウィッチさ」


 私はユアさんが今更ながらに凄い人だったと言うことを知って少しだけ驚きがあった。意外という意味ではないけれど。


「だが、屋根の修繕か………魔法か?」

「あ、はい。えっと………そうです」


 詳しく説明した方が良いかとも思ったけれど、上手く伝えられる気がしなかったから単に肯定するだけで終わる。そんな私の様子を見たライルさんは苦笑を浮かべて………


「まぁ、少しずつその弱弱しい態度も変えて行けるといいな。冒険者として活動するなら、自信と度胸も大事だからな」

「はい………ありがとうございます」


 正直、今の私とは真反対の言葉だなぁ。なんて思いながら頷く。勿論、いつかこんな自分を変えたいとは思っているけれど。自信を持って堂々とした自分の姿なんて想像もできないって言うのが本音だった。


「ふむ………なんだかんだ、今は上手くいっているのか?」

「えっと………多分、悪くはないと思います」

「それは何よりだ。なら、俺は仕事が残っているからここで。また時間があればゆっくり話そう」

「あ、はい。お忙しいところごめんなさい」

「気にするな。じゃあまたな」

「はい。それでは」


 ライルさんが軽く手を上げて去っていき、私は小さく頭を下げた。もっと強気に、かぁ………


「ルナ、そういう風に私を変えれたりしない?」

「それ、自分で言ってて怖くならないのかしら」

「………ごめん。何でもない」


 確かに、私自身あまり良く分かってない力で自分の性格とかを変えるなんて恐ろしいことこの上なかった。あんなに強力な力なら、今の私の意識自体を塗りつぶす事だって出来てしまうだろうから。その可能性に気付いてしまったら、そんなことを願おうだなんて思うことは出来なかった。


「それがいいわ。それに、他人の力で無理やり変わった自分になんて何の意味もないのよ?これから経験する全てにあなたが何を想い、何を目指すかが大事なんだから」

「………そうだよね」


 ただ変わりたいだけじゃ、きっとそうなってしまった時にどうすればいいか分からないだろうなぁ。なんて、過程が大事な事は身に染みて分かっていた。まさか猫に諭される日が来るなるなんて、夢にも思わなかったけれど………今更かな?


「そろそろお腹が減って来たんじゃない?折角近くに食事ができるところがあるんだから、折角なら食べていきましょう」

「うん」


 ルナの提案で、私は適当なお店に入って昼食にすることにした。さっきは何も食べなくていいって言ってたけど、やっぱり少しくらいは分けてあげよう。そう思いながら、私は周囲のお店を見渡すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る