第7話

 初めての依頼を受けた私は街を歩いていた。Fランクの依頼は大体がちょっとしたお手伝いとかだから、今回の依頼もそうだった。選んだのは私の肩にいるルナだけど。

 依頼先は見習い魔法使い達を育ててる人のお家で、そこで魔法を学んでいたお弟子さんが魔法を暴発させてしまって屋根を派手に壊しちゃった、と言う事らしい。


「ルナ、なんで採取依頼が駄目だったの?」

「駄目ではないわ。でも、折角依頼を受けるならあなたにとって報酬以外でも有意義な物の方が良いわ。それこそ、採取依頼なんて採取物を出せばいいんだもの」

「そう、だけど………」


 確かに依頼物を作るのは直接お金を作ってるわけじゃないし、それで誰かが困る訳じゃないと思う。ズルをしてるって言う罪悪感はちょっとあるだろうけど………とにかく、私は最初はゲームとかでもよくある採取依頼をしようと思ったんだけど、ルナに却下され今の依頼を受けるように言われてそこに向かっていた。


「ちゃんと私の力を使えるようになりたいんでしょう?ならそんな単純な事じゃなく、練習になる事をしたいじゃない」

「………出来るかな?」

「もし出来ないなら、冒険者はやめるべきね」


 躊躇のない言葉に、一瞬だけ言葉に詰まる。出来る出来ないじゃなく、やると決めたから私はこうして向かっているんだし。弱音を吐いてもどうしようもないんだ。


「………えっと、どんな風にすればいいのかな?」

「それはその時に教えるわ。ほら、依頼書に書かれていたのはここよ」


 ルナが向いた先には大きな門があって、その先に二階建てのおしゃれな家が………屋根に大きな穴が空き、全体の瓦が剥げている状態で建っていた。まるで森の一部をそのまま持って来たかのような広い庭にはローブを着た如何にも魔法使い然とした恰好の人たちが散乱した破片や屋根瓦を片付けているのを見て、声を掛けて良いか悩んだけれど、少しだけ間をおいて門の前に立つ。


「す、すみません!依頼の件で来たアリスって言うんですけど………!」


 私が庭にいる人たちに声を掛けると、その人たちは同時に私を見てから顔を見合わせる。そして、そのうちの一人が家の方に向かい、一人の男性が私の方に向かってきた。


「こんにちは。今先生を呼びに行っているので少しお待ちください。依頼の方で手を貸しに来てくれたんですよね?………けど、大丈夫ですか?結構重労働になると思うんですが………」

「だ、大丈夫です!」


 重労働と言う言葉に一瞬だけ言葉に詰まってしまったけれど、これはルナの力を上手く使うための練習だし。多分大丈夫………なはず。

 門の前で少しだけ待っていると、家の方からまたも魔法使いと一目でわかるような恰好をした穏やかそうな女性がこちらに歩いて来ていた。


「お待たせしました。私が依頼主のユアです。あなたが依頼で来てくれた冒険者のアリスさんですね?かなり大変な仕事になると思いますが、本当に大丈夫ですか?」


 女性は訝し気に尋ねて来て、私はそれに頷く。確かに、散らばった屋根の破片の片づけとか修理が仕事だと書いていたし、それだったらもっと力がありそうな人が来るのを期待していただろうし………でも、魔法使いなら、片付けくらい魔法で簡単に出来そうな気がするんだけど………そう思っていたら、ルナが声を掛けてくる。


「魔法はあなたが思っている程万能じゃないのよ」

「そ、そうなんだ………」

「………その猫と話しているんですか?」

「え、あ、はい………えっと、この子は私の使い魔なので」


 うっかり人前で普通にルナと話してしまったけれど、周りにはルナの声が聞こえていないから何の話をしているのか分からないんだった。とにかく、元々用意していた返答で誤魔化すと、ユアさんは納得したような声を上げた。


「その恰好を見てもしかしてとは思ったけれど、やっぱりあなたも魔法使いなんですね。けど、この依頼を受けていると言うことは登録をしたばかりですか?」

「え、あ、そうです………今日登録したばかりで」

「そうだったんですね………とにかく、今は少しでも人手が増えるのは助かります。入ってください」


 ユアさんが門扉に小さな杖をかざすと、一瞬だけ魔法陣が現れて鍵が開く。私は小さく頭を下げて中に入ると、明確な違和感を覚えた。通りにある家だから、さっきまで道を行き交う人たちの声や音が聞こえていたのに、それらと突然隔離されてしまったからだ。不気味なほどに、その庭は静かで。残骸を片付ける音と、普段なら気にならないような風の音が凄く印象に残った。


「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。魔法の練習は、自然を感じる事が大事なんです。だから出来る限り街の中の環境と切り離す必要があるので、こうやって結界を張っていたのです」

「そ、そうなんですね………」


 確かに少しびっくりしたけれど、そういう理由なら納得できた。まぁ、魔法と言うのがそもそもあんまり私には理解できていないのから、納得するしかなかっただけだけど。


「依頼書に書いてた通り、屋根があの通りなんです。あなたには修理を頼みたかったんですが、難しいと思います。なので片付けの方を………」

「出来ると言いなさい」

「で、出来ます!」


 ルナの言葉を聞いて、私は咄嗟に声が出ていた。今はルナの言うとおりにした方が良いと思ったからだ。


「本当ですか?やる気があるのはとても嬉しいんですが、怪我をされたら困りますし………」

「大丈夫です!任せてください!」

「………そこまで言うのなら任せますが………気を付けてくださいね?」


 ユアさんは心配そうな表情を浮かべていた。ここには見た所私より年上の人しかいないし、中には男性だっているのに、屋根の修理を私がするなんて言い出すのは不安になる気持ちも分かるし、はっきり言えば私だって不安だ。


「私の言葉には反応せず、言う通りにしなさい。まずは、一度瓦礫の山を片付けてる人たちに少しの間でいいから離れてもらうように頼むの」

「えっと………その、修理を始めるので一度破片とかを片付けてる方たちには一度離れてもらってもいいでしょうか………?」

「………?分かりました」


 ユアさんは少しだけ首を傾げつつ、すぐに頷いて隣にいた男性を見て頷いた。男性もそれに頷き返し、片付けをしている人たちの方に走って行った。ここまで聞けば、やっぱりルナが何をさせるのかは大体予想できた。

 やっぱりあの力で、直接あの屋根を修復するんだと思う。けれど、それを願うのは私だから。あの時の事が脳裏を過ぎって少しだけ冷たい汗が頬を伝う。


「大丈夫。あなたなら出来るわ。まず、そこの魔法使いが持っている杖と同じような杖を作ると願いなさい?魔法を媒体無しで使うと、流石に怪しまれてしまうわ」


 私はルナの言うとおりに、女性が持っている小さな杖と同じような杖をイメージする。その瞬間、私の手中に小さな杖が現れた。

 それを見て、ユアさんは何をしようとしているのか大体予想が出来たのだろう。今までは穏やかだったユアさんの雰囲気が、少しだけ厳しいものに変わったのがはっきりと分かった。


「あそこに集められてる瓦礫の傍に向かいなさい。今日の本番よ」


 ルナに言われた通りに瓦礫の山に向かう。庭にいる人たちは私のそんな様子をじっと見つめていた。その視線に固唾を飲みながらも私は瓦礫の傍に立つ。ルナは私の肩で話し始めた。


「アリス。あなたは魔法と聞いて何を思う浮かべる?杖から放たれる炎?それとも思い通りに吹く風とか、触れてもいないのに物が浮かぶとか?あなたの中には思い浮かぶ情景があったんじゃないかしら?あなたはただ、それらを願って杖を振るうだけで良いの」


 ルナが何を言おうとしているのかは理解できた。だから、私は目を閉じてイメージする。散らばった屋根の破片が全て元の場所に戻っていき、それらが元の形に修復されていく光景を。そして、目を閉じたまま瓦礫に向けた杖を家の方へと振って、私は『思い浮かべたそれが現実になる』ことを願った。

 その瞬間、私の目の前で積まれていた瓦礫の山から、次々と破片が浮かんで家の屋根の方へと浮かんでいく。まだ散らばっていて集められていない破片なども同じように家の屋根へと向かい、屋根に辿り着いたそれらの破片はまるで最初から破壊などされていなかったかのように繋がり、見るも無残な姿になっていた家の屋根はたちまち元の姿を取り戻していく。

 周囲で見ていた人たちがその光景を食い入るように見つめ、ざわめく声が聞こえてくるけれど、私自身もこの光景に目を奪われていた。勿論それは向こうの世界では考えられなかった圧巻の光景に、という意味でもあるけれど………


「………こんな使い方も、出来るんだ」


 あの時は誰かを傷つける事しか出来ないと思っていたけど、今はきっとここにいる人たちの助けになったはずだと思う。


「そう。あなたの願いはあなた以外に願う事が出来ないの。貴女は『自分のやりたいこと』をはっきりと持つの。それを全て、私が叶えてあげるから」

「………うん」


 ルナの言葉に私は頷く。そうしている間にも修復は進み、数分もした頃には散らばっていた破片は庭から一切消え去り、あれだけ破損が酷かった屋根はまるでそのような事実があったことを疑ってしまう程、何事もなかったかのように元の姿を取り戻していた。

 私がそんな家を見て少しだけさっきの光景の余韻に浸っていると、ユアさんが私の方へ歩いて来る。その足音に気が付いて振り返ると、ユアさんは驚きと疑問が混じったような表情を浮かべていた。


「………驚きました。本当に見習い冒険者ですか?」

「え?あ、その………はい。間違いないです」

「これだけ大規模な魔法を無詠唱で使える魔法使いなんて聞いた事がありません………もしよければ、師のお名前を伺っても良いでしょうか?」

「え、えっと………」

「適当に誤魔化して良いわ」

「………ごめんなさい。その質問には答えられません」

「そうですか………それは残念です」


 ユアさんは本当に残念そうな表情を浮かべたけれど、その後すぐに家の屋根を見上げる。


「あれだけ壊れていたのが嘘のようですね………今日はとても助かりました。依頼の報酬を持ってきますので、少し待っていてください」

「は、はい………」


 ユアさんはそう言って家の中へと入っていく。私は無事に依頼が終わったと言うことに安堵した時だった。ユアさんが居なくなったのを見計らったかのように、今まで遠くで私を見ていた人たちが一気に私の方に詰め寄って来た。


「アリスさんって言いましたよね!?どんな魔法を使ったんですか!?」

「そんなことより、どうやってその年齢で無言術を取得できたんですか!?単純魔法でも詠唱破棄には10年は掛かるって言われてるのに………!」

「あ、あの!私もアリスさんみたいな魔法使いになりたいんですけど、い、一体どんな訓練をしていたんでしょう!?」


 怒涛の勢いで質問攻めに、私は最早声を出す事も出来ずに後退りする。どうしようかと困っていた時、ユアさんの声が聞こえて来た。


「あなた達、一体何をしているんですか?」


 言葉こそ穏やかだったけれど、その表情は全く笑っていない。そのことに気が付いた生徒さん達は顔を引きつらせ始めた。


「い、いやぁ………だって先生。あんなもん見せられたら、そりゃ聞きたいことだって………」

「アリスさんは私の依頼を受けて雇われた冒険者さんです。迷惑をかけることは許しませんよ」

「す、すみません………」


 ユアさんの生徒さん達は逃げるように私から離れていく。それを見ていたユアさんはため息を付いて、私に向き直る。


「ごめんなさい。少し勉強熱心すぎるところがあるんです。どうか大目に見てあげて頂けませんか?」

「だ、大丈夫です!ありがとうございました………」

「いえいえ………それと、こちらが今回の報酬です。受け取ってください」


 そう言って、ユアさんは私に掌に乗るくらいの大きさの袋を渡す。でも、ルナに教えて貰った報酬額にしては、少し膨らみが大きいような………?そんな事を考えていたのがバレたのか、ユアさんは笑みを浮かべて答える。


「これ以上ない程の働きでしたし、良い物を見せて頂いたので少しだけ報酬を足させてもらっています。個人的な感謝の分ですから、遠慮なく貰ってください」

「えっと、その………いいんでしょうか………?」

「勿論です。働きぶりに応じて報酬が増えるなんてよくある事ですよ。それに、あなたのような優秀な魔法使いと良い関係を築けたら、という下心もありますから」


 ユアさんは躊躇することなく言ったその言葉に、私はちょっとだけ反応に困りながらも、笑顔を浮かべて小さく頭を下げる。


「ありがとうございます。その………また、何かあったら呼んでください」

「それは嬉しいです。こちらが達成証明書です。今日は来てくれてありがとうございました」


 ユアさんも笑顔を浮かべ、書類を渡してくれた。私はもう一度ユアさんに頭を下げて、通りの方に向かう。ユアさんも門扉まで見送ってくて、最後にもう一度別れの言葉を告げて私はギルドへ報告するために街を歩いていた。

 ユアさんが渡してくれた証明書には長い文章が書かれていたけれど、私には何が書かれているかさっぱり分からない。そんな証明書を私の肩から覗き込んだルナが一言


「ふぅん………」

「な、何か変な事が書かれてた………?」

「いいえ。とても褒められているわよ。良かったわね」


 ルナの言葉に、私は笑顔を浮かべて頷いた。人に褒められると言うのがとても懐かしい気がした。ちょっとだけ私は機嫌を良くしながら、少し歩く速度を上げてギルドへと向かうのだった。

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