六屠の呪い3

「……言われた通りに来たけど、この場面見られたら誤解されない?」


 放課後、教室を出る前にあらかじめ悠一にメッセージを送っておき、先にこの時間は人のいない中庭のベンチに腰をかけて待っていると、周りを過度に気にしながら悠一がやって来た。


「ご安心を。私を中心に半径五メートル以内にいる人間の姿が認識できない呪術を使ったので、見られることはありませんよ」

「君、まともに使える呪術は呪言だけって言ってなかった?」

「何でそれを知っているんですか」

「狂谷敷との戦いで言ってたじゃん」


 何であの場面で言った台詞を覚えているのだと問いただしたいが、それだけ記憶力が良いのだろうと勝手に結論付けて、喉まで迫り上がってきた言葉を飲み込む。


「良く聞き取って覚えていましたね」

「記憶力は良い方だからね。んで、ここに呼び出して何の用?」


 変な勘違いをしないでいてくれるのは非常にありがたいなと思いつつ、鞄の中からスマホを取り出して昼休みに届いたメールを開いてそれを見せる。

 意味が分からないと言わんばかりの表情でそれを受け取ると、ますます意味が分からないと実に愉快な表情になる。


「端的に言えば、そこに記載されている地点にて怪異災害が発生したため、早急にその解決をしてほしいというものです」


 任務内容は、華奈樹が今住んでいる地域の中学校、空霧市立空城(あきしろ)中学校の敷地内で生徒が六人行方不明になった。これは疑う余地も無く怪異によるものであり、行方不明になってから既に二日が経過しているため、早急に解決しないの命に関わるというものだ。


「それは読めば分かるけど、それと俺に何の関係が?」


 メールを読み終えた悠一はスマホを返却しながら、どうして自分まで呼ばれたのかまだ理解していないように聞く。


「呪術を学びたいのでしょう? 昨日一昨日で私が怪異と戦っているのを見ていますけど、あの時はただ見ていただけです。これからあなたは私に呪術を習いますし、昨日のうちにあなたのことは報告済みですし、呪術師見習いとして私の任務の動向が許可されています」

「報告ってどこに」

「退魔師を束ねる退魔連合と、呪術師を束ねる呪術連合。それらを統括する組織である祓魔局ふつまきょくです。私は祓魔局所属の退魔師兼呪術師で、五十嵐さんは暫定ではありますけど呪術師見習いとして登録されていますよ」


 祓魔局には大半の退魔師や呪術師が名前を連ねている。そこに登録しておけば、そこから任務を依頼されたり、特別褒賞が与えられたりする。

 この組織は政府の一部上層部と警察の一部上層部のみが知っており、一応政府公認組織だ。


「いつの間に……」

「あくまで暫定です。もしあなたに最低限の呪力を扱う能力が無いと判断されれば、その登録は抹消されます」

「それはそれで嫌だな」

「それで、ただ見るだけじゃなくてどのように呪力や呪術を使っているのか、呪術を使った戦いがどのようなものなのかを、しっかりと意識して記憶してください。いわば見取り稽古です」


 ベンチから立ち上がって、軽く伸びをしながら動向を許可した理由を告げる。

 漠然と戦いを眺めるより、どう立ち回って戦っているのかをしっかりと理解しながら見る方が、理解度が大きく変わってくる。

 今後悠一に呪力の扱い方から呪術の使い方を教えるのだし、昨日一昨日の出来事に加えて今回の任務を見学させることで、より深く理解してもらうつもりだ。


「そ、そういうことなら、分かった。けど、俺みたいな足手纏い連れて行ってもいいの?」

「今回は大丈夫です。私から離れなければ、問題ありません」

「一昨日ははっきりと帰れって言われたけどね」

「うっ、それは、少しきつく言い過ぎましたので反省しています……」


 あの時はまだ、悠一が呪力を覚醒させてこちら側の人間になっているとは思っていなかったので、下手に自身と関わりを持たせるより安全を優先した。その結果、言い方がきつくなってしまったことを、後々反省している。


「別に怒ってないし、今思うとまさに足手纏いだから正しい判断だよ。まさか、何もできないまま怪異が出た場所に連れて行かれるとは思っていなかったけど」

「……やっぱり少し怒っていませんか」

「うんにゃ。良い経験になるなと思っている」


 もう少しマイルドな言い方にしておけば良かったと改めて反省し、制服の内ポケットの中にしまってある呪術のこもった札の「呪符」を一枚取り出して、それを渡す。

 それは今華奈樹が自身を中心に半径五メートル内にいる人間を見えなくしている呪術、摩利支天の隠形呪術が込められている。

 呪力を流すだけて簡単に呪術を使うことができる、お手軽アイテムだ。


 悠一は呪力を持っていても呪力を扱えていないので、華奈樹の呪力を使って起動させておく。

ちなみに隠形呪術を使っている理由は、二人並んで帰宅しているところを見られないようにすることと、祓魔局が被害に遭っている学校側に許可を取っているとはいえ高校生が入るので、不要な面倒ごとを避けるためだ。


「五十嵐さんは、学校の七不思議について何か知っていることはありますか?」


 姿を消したまま学校を出て、メールに記載されている場所にある中学校に向かって歩き、あと数分すれば到着するところで話しかける。


「そりゃ、有名だからな。あれだろ、音楽室のベートーベンとか、理科室の人体模型とか」

「その通りです。あれは学校によって内容の違いは多少ありますが、一つの大きな共通点があります。それが何か分かりますか?」

「共通点? ……んー?」


 本気で考え込んでいるようで、隣に立つ彼がうんうんと頭を捻りながら答えを導き出そうとしている。

 いつもはするりと答えを出しているのを見ているため、こうして答えを出すのに苦労しているのを見るのは新鮮で楽しい。


「答えは、どれも『学校の七不思議』であることです」


 答えが分からないようで助けを求めるような目を向けてきたため、くすりと笑ってから答えを言うと納得したように表情を明るくする。


「……あー、そういうことか。内容に違いはあっても、どれも学校に伝わる七つの怪談っていう共通点があるってことか」

「はい。七不思議自体はエジプトのピラミッド等の古代の巨大建造物に対して使われていましたけど、日本では基本形となる話を元に学校ごとの怪談が合わさってできました。それが、有名な七不思議です」


 七不思議というが、学校によっては八つ以上あったりすることもあるし、七つ目が無い場合もある。

 また、基本形となる話は同じだったり似ていることが多いため、地域が全く違っても似通った内容になっているのはそのためだ。


「で、その七不思議と今回の怪異事件はどんな繋がりが?」

「昨日怪異の成り立ちを軽く話したでしょう。大勢が一つのことを信じて、それが信仰となって世界に刻まれる。学生の数は少子化に伴って減って行っていますが、今までの長い年月の間に学校の七不思議というものは何百万、何千万、何億もの学生に信じられてきました」


 今ではその七不思議を真剣に信じる小学生や中学生は少ないが、今となってはそんなものは関係無い。今までの何億もの生徒達がその話を信じ、とっくの昔にその話は刻まれてしまっている。


「そして学校という社会の縮図である場所では、必ずいじめによって生まれた負の感情を初め、優劣の差によって生まれた嫉妬、関係の悪化によって生じた嫌悪、それに伴う怒り、辱められることによる恥辱、自分の行動や言動によって除け者にされてしまったことによる後悔。数多くの負の感情が一つの敷地内で生まれます」


 目的地に到着し、中学校の正門前で足を止める。

 まだ敷地内に入っていないのにすでに異様な雰囲気と気配を感じ、これは一刻も早く救助せねばと意気込む。

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呪退怪戦 〜呪いを以って怪異を退ける呪い合いの戦い〜 夜桜カスミ @Mafuyu2001

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