六屠の呪い2

 昼休み。華奈樹はクラスの交友ある女子と一緒に食堂で弁当を食べて教室に戻り、次の授業の準備中に携帯がメールを受信して震える。

 何だと思って取り出して内容を確認して、学校だから堪えたがもしこれが自宅だったら嫌な顔を隠さずにいただろう。

 ぴくりと頬が引き攣るのを感じ、やはりこの深刻な人手不足はどうにかした方がいいと周りにバレないようにため息を吐く。


「どうしたの刀崎さん。君が携帯を教室で見ているなんて珍しい」


 厄介な案件が送られてきたが、これはこれでいいことに使えるかもしれないなと考えて、昨日のうちに伝えていた悠一を見学として連れて行っていいか許可を伺い、返信が戻ってくる間にどうやってこの件に対処しようかを考えていると、不意に声をかけられて顔を上げる。

 別にほとんど関わりの無い男子生徒が、華奈樹の机の前に立っていた。普段教室で、というか学校の中で携帯を触ることなんてないので、物珍しさで声をかけてきたのだろう。


「何でもありませんよ。ただ、行きつけのスーパーの特売日がいつだったか忘れてしまったので、確認していただけです」

「そうなんだ。一人暮らししているとそういうの意識しないといけないよね」

「……そうですね。良いものを安いお値段で買うことが、無駄遣いしない秘訣ですから」


 返答に少し遅れが出たのは気付かれなかっただろうかと思ったが、華奈樹の言葉を聞いて納得したように頷くのを見て小さく安堵の息を吐く。


「も、もし良かったらだけどさ、買い出し手伝おうか? 数日分の食材を買い込むわけだし結構重いだろうから、さ」


 次の授業が音楽なので、そろそろ音楽室に移動しようと席を立つと、まだ机の前にいた男子生徒がそう提案してくる。

 同時に、周囲の男子生徒が凄まじい視線を彼に送りつける。

 華奈樹もつい、あまりにも露骨な提案に目を一瞬だけ細めて半歩後ろに下がってしまう。


「お気遣いはありがたいですが、大丈夫です。見た目は細いですけど、これでも実家の剣術道場で鍛えられていますのでそんなにやわじゃありませんよ」


 にこりと笑みを貼り付けて、その男子の提案を断る。

 そのまま踵を返して教室の後ろの扉から出ようと歩き、途中で悠一と目が合った。

 彼は呆れ返った表情を浮かべており、冷静であまり感情を表に出さない男子だと思っていたので、案外感情表現ははっきりしているのだなと小さく笑みを浮かべて隣を通り抜け、教室を出て音楽室へ一足先に向かっていった。


「今の男子、露骨だったねー。かなたん、相変わらずの人気っぷりだねぇ」


 音楽室へ向かっている途中で、後ろから小走りでやってきた髪を金髪に染めて耳にピアスを開けていてばっちりとメイクして、自分には縁がない派手なネイルをしていて非常に垢抜けた、いわゆるギャルが声をかけてきた。

 名を鏑木千慧かぶらぎちさとと言い、見た目に反して結構読書好きで趣味が合って話が盛り上がり、以降一緒に出かけたり書店巡りするほど仲良くなった。

 現時点で唯一、華奈樹のことを愛称で呼んでいて、華奈樹が唯一さん付けせず呼び捨てで呼んでいる相手だ。ちなみに一緒に昼食を食べていたのも彼女だ。


「今のは流石に露骨過ぎて、正直引きました」

「ちょっとだけ後ろに下がっていたもんね。あの男子の気持ちも理解できなくは無いけど、かなたんは見た目超細いけど意外とパワフルだし、余計なお世話って感じだよね」

「パワフルというほど力は強く無いと思うのですが……。実家が剣術道場でそこで鍛えられたってだけで」

「今のところ女子限定の腕相撲大会で、剣道部の子を含めた運動部全員倒しているんだけどね」


 それを言われるとパワフルという言葉が否定しづらくなり、すっと目を逸らす。


「それより千慧、この次の授業は英語ですけど単語小テストの対策はしましたか?」

「……せっかく楽しい音楽の授業がこの後あるんだし、憂鬱になりそうなこと言うの禁止」


 油の切れた機械のようにぎこちない動きで目を逸らす千慧に、思わずため息が出る。

 千慧は、毎度赤点はギリギリ回避しているが、お世辞にも勉強ができるとは言えない。


 飲み込みも理解も早いので、きちんと勉強すればそれなりに良い成績を残せるだろうに、貴重な高校時代の青春を謳歌せずして何が女子高生だと声高に言って、遊ぶことを優先している。

 そのおかげでしょっちゅう泣き付かれて直前まで面倒を見ている。自身の復習にもなるので、人に教えたりするのは嫌いじゃない。千慧の場合、頻度があまりにも多いので心配の方が先に来るようになってしまったが。


「千慧は覚えは良いんですから、ちゃんとやれば良い点数取れますよ」

「えー、勉強めんどい」

「今はクラスメイトですしすぐに助けられますけど、来年は一緒とは限りませんよ。来年もしバラバラのクラスになった時に困るのは、あなたなんですから」

「うぐっ……」


 正論をぶつけられて言葉に詰まった千慧は、見るからに意気消沈する。

 ただ今ここで助けてあげないと困るのも彼女なので、仕方が無いなと手助けすることにする。

 音楽室に着いて椅子に腰をかけた後、持ってきているノートを一枚破いてそれに次の授業にある英語の小テストの出題範囲内の単語を全て書いて、隣に和訳を並べる。


「とりあえず、これを覚えれば問題は無いと思いますよ。どれが出るかまでは予測できないので、数は多いですがあなたは覚えが良いので平気でしょう」

「かなたんありがとー! マジ女神様!」


 ノートから千切った紙を千慧に渡すと、ぱっと表情を明るくして抱き着いてくる。

 こうしたスキンシップをしてくれるのは嬉しいのだが、あまり人前では抱き着いてほしくないとも思ってしまう。特に男子のいる前では。


「め、女神って呼ぶのやめてください。というか、人伝ですけど私が学年全体で女神様って呼ばれるようになったの、千慧が原因だって聞いたんですけど」

「だって困っていたら救いの手を差し伸べてくれるじゃん。優しいし美人さんだし困っていたら一緒に解決してくれるし、マジで女神様じゃん」

「そんな理由で恥ずかしいあだ名を付けられるのは勘弁願いたいです」


 つん、とそっぽを向くと「そうやって照れるかなたんも可愛いー!」と抱き着きながら頭を髪が乱れないように撫でてくる。

 千慧は下に歳の離れた妹と弟がおり、一度だけ見たことがある。その時に千慧に抱いた感想は、弟妹思いの良い姉だった。


 華奈樹は一人っ子で、刀崎の本家である十六夜家の姉妹を見て面倒見の良い姉に憧れを抱いているので、優しい手付きで撫でられるのは気持ち良いし少し落ち着くのだが、できるなら本当に人目の無いところでやってほしい。

さっきから華奈樹と千慧同様、先に音楽室に来ている生徒、特に男子からの視線が凄いことになっている。

 抱き着いたり頭を撫でたり頬擦りしてきたが、生徒の数が増えてくるに従って自重したのか名残惜しそうに離れる。


 自分の席に向かって華奈樹が渡したお手製英単語小テストの対策をじっと見つめて、ぶつぶつと口を動かしながら一生懸命暗記するのを見て、最初からそうしていれば普段からそんなに苦労しないのになと呆れたように小さく微笑みを浮かべた。

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