六屠の呪い1

 翌日。

 若干空に雲がかかっているが晴れであることに変わりなく、太陽の暖かい光と秋の冷たい空気が一緒になって体を撫でていく。

 特別冷え性でもないが、足を曝け出していると冷えてきそうなので、そろそろタイツでも履こうかと考えながら通学路を歩く。


「おはよう、刀崎」


 びゅう、と強い風が吹き腰まで伸ばした髪が空を泳いで乱れる。

 せっかくきっちりと整えてきたのにと少し不機嫌になり、歩きながら手櫛で整える。

 幸い母親からの遺伝で髪は細く癖が無いので、それだけで元通りに整った。

 また強い風に吹かれて髪が乱されても困ると学校へ向かう足を早め、赤信号になった横断歩道で止まって待っていると、後ろから声をかけられる。

 ぱっと振り向くと、華奈樹よりも頭一つ分も大きな隣人兼クラスメイトの悠一が、少し眠そうな顔で立っていた。


「おはようございます、五十嵐さん。今日は早いのですね」

「なんか寝付けなくてね。二日連続で少し寝不足」

「寝る前にストレッチすると良いですよ。結構ぐっすり眠れます」

「そうか? 今夜試してみるわ」


 くあ、と大きく欠伸をする。視線を少し上に向けると、少し癖のある濃い茶髪が一箇所だけ横に跳ねているのを見つける。


「寝癖、付いていますよ」

「え、まじ? 朝鏡見たんだけどな」


 わしわしと適当に髪を整えようとするが、中々直らない。

 直してあげたいのは山々だが、既に周りには学校の生徒がいるので下手に動けないため、鞄の中から小さな鏡を出してそれを渡す。


「これを見て直してください」

「お、さんきゅ」


 素直に受け取ると鏡を覗き込み、それで寝癖を見つけてやや乱暴に押さえつけるようにして直した。

 鏡を返してもらうとすぐに信号が青になり、横断歩道前で止まっている人達が一斉に歩き出す。華奈樹と悠一も、その流れに従って歩き出す。

 二人は特別親しい仲ではないので、並んで歩いていても会話は無い。

 悠一は昨日に引き続いて聞きたいことがあるのだろうが、呪いだとか呪術だとかそんな話を通学路でするわけにも行かないので、何度か視線を向けてくるだけだ。


「お、悠一じゃん。どうした今日は随分……」


 また信号に捕まって青になるのを待っていると、誰かが悠一に声をかけるのが聞こえた。

 自分に声をかけられたわけではないので振り向かずにいると、声が途中でぴたりと止まる。


 これは気になったので振り向くと、髪色を明るい茶色に染めて少し前髪をあげている、美男子の部類に入る男子生徒で良く悠一と話しているのを見かける佐々木和樹がいた。

 その表情は驚きに満ちており、何とも表現しづらい目線を悠一に向けている。


「え、お前、なんで刀崎さんと一緒にいんの?」

「少し前に偶然合流したんだよ。つかなんだよ、その未確認生命体UMAを見付けたみたいな顔」

「ユーイチという、今まで女の子の気配が一つも無かったのに今日に限って女の子と一緒にいる未確認生命体を見付けた気分」

「うるせえ。だったらお前は人目を憚らずに彼女といちゃついて、独り身男子に特大爆雷食らわせている破壊兵器バカップルだ」

「……ふっ、ふふっ」


 悠一の表現が何でか妙に面白く感じ、思わず小さく笑ってしまう。

 元々この二人はクラスの中でも変な会話をしており、時折思わず笑ってしまうことがある。


「なんか笑われたんだけど」

「ご、ごめんなさい。五十嵐さんと佐々木さんて、本当に仲がよろしいのですね」

「そりゃ、おれらは親友だからな」

「俺、一度でもお前にそう言ったことあったか?」

「ねえ、それ酷くない? 何度もお前の部屋泊まりに行ったり遊びに行ったりして、しょっちゅうゲーセンやら映画館やらに行ってるのにその言い方酷くない?」


 中々に辛辣な言い方をしたが、和樹はそれが冗談だと分かっているようで嫌な顔はしていない。むしろ笑っている。


「冗談だよ。んで、明音あかねはどうした」

「寝起きに持病の発作でダウンしたから、今日は休み。薬飲んで今は俺の部屋で休んでいるよ」

九重ここのえさんは、何か病気を?」

「あぁ。生まれつき心臓がそんなに強くないみたいでね。それでも中学までは普通にしていたっぽいんだけど、中二の夏くらいかな。持病が一度悪化して、そこから週一くらいで発作起こすようになったんだと」


 和樹の彼女の九重明音は、クラスが違うのでそんなに会ったことはないが、第一印象はとにかく儚げで優しい少女だ。

 常に柔和な笑みをたたえていて、両親のどちらかが外国人のハーフで明音はクォーターなため鼻梁はは整っており、青い瞳に銀髪と日本人離れした容姿をしている。

 そして父親が大手電機会社の社長で、母親が大手化粧品会社の女社長と両親揃って社長の社長令嬢だ。本人は、親が凄いだけで自分はただの女子高生だと言って、言い寄って来ていた男子をぶった切っていたのを何度も見かけた。


 彼女の方が人気が出そうなものだが、高校入学して少ししてから和樹と交際を始めたことが一気に広まり、その熱愛っぷりを全校生徒に見せつけたこともあって人気はあるが、彼氏持ちということもあって人気があるだけに留まっている。


「そうだったのですか。時折顔色を悪くしているのを見かけたことがあったのですが、そういった事情があったのですね」

「そそ。最近はおれの家に泊まっててね、両親が結婚記念日で旅行に出ているから一人にさせると危険ってのと、その持病のこともある。酷い時は呼吸すらままならないってんだから、一人の時にもしもがあったらと思うとぞっとするよ」

「お前の両親共働きだろ。大丈夫なのか」

「おれの姉貴が今日大学が創立記念日で休みだから平気。また発作起きてもつきっきりで看病してくれるとさ。まあ、一日に何度も発作は起きたりしないから、多分今日一日はもう無い」


 それでも不安が勝るのだろう。心配そうな表情を浮かべている。

 明音は和樹に愛されているのだなと思うと、そうやって愛してくれる人がいることを少し羨ましく思う。

 和樹が二人に合流したが、当然華奈樹は和樹とも親しいわけではないので、二人の会話に入り込まずにいる。

 やはり二人は仲が非常に良くて、確かに親友という言葉がぴったりだ。高校に入ってから親しくなったのにここまで親しくなれることに凄いと感じながら、和気藹々と話しているのを聞いて、時々小さく笑いながら通学路を歩いた。

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