怪異とは、呪いとは2

 非常に渋い顔をして頭に手を当てている悠一。学校では華奈樹と首位争いをするほど成績優秀者だが、それは一般社会の話であって、呪術界の方はするりと理解できていないようだ。


「えーっと、要は怪異ってのはずっと昔から存在する心霊や妖怪を大勢が信じたことで一つの信仰となって刻まれて、地球からは霊気ってのが常に生み出されていて、人間なら誰しもが持っている負の感情が体の外に漏れ出て霊気と混ざって呪力になって、それが信仰として残っているものに形を与えて怪異になる、ってことか」


 ほぼ華奈樹が言った内容の復唱だが、それなりに理解しているようなのでこくりと頷く。


「その、地球が霊気を生んでいるとか、大勢が一つを信じた結果信仰となって世界に刻まれるとか、その辺にツッコミを入れたいんだけど」

「そんなこと言われても、呪術全盛の平安時代以前からこの考えは続いていますし、先達が考えたことなので私にツッコミを入れられても困ります」

「分かっている。分かっているけど、こう、何か言わずにはいられない」


 ガリガリと右手で乱雑に頭をかく悠一。言葉の内容を理解できても、話の内容まで納得していないようだ。


「でも筋は通っていますよ。海外では自然現象は神様の仕業にされていますし、過去の日本でも災害や疾病は疫病神の仕業だって言われていました。天然痘の疫病神の疱瘡神ほうそうがみが良い例です」

「それを言われると何も言えない」


 あまり知られていないだろうと疱瘡神の名前を出したが、何でか名前を知っているのか少し悔しそうに唇を歪める。


「まあ、とりあえず納得はあまりできないけど、怪異ってのはよく分かった。呪力は、まあその辺は追々教えてもらうよ。で、あの狂谷敷ってのは一体なんなの? 呪術師は呪術を使う人ってのは分かったけど、呪詛師って何? カテゴリー的には同じように聞こえるんだけど」


 自分を殺そうとした相手だからだろう。彼の声は低く、真剣そのものだ。


「狂谷敷阿頼耶。これは彼が自らそう名乗っているだけで、本名は不明です。五十嵐さんの言う通り、呪術師と呪詛師は呼び名が違うだけで同じです」

「じゃあ、どうして呼び名が違うの?」

「呪術師は、真っ当な方法で自らの呪力と呪術を研鑽して高みへ上り詰めようとしている術師を指し、呪詛師は外道な方法で呪力と呪術を研鑽する術師のことです」

「トレーニングして成績伸ばすスポーツ選手と、ドーピングして成績伸ばすスポーツ選手みたいなもんか」


 呪術師と呪詛師の違いを説明すると、すぐに別の表現で彼なりの理解を言葉にした。

 こちら側についてまだほとんど何も知らないのにここまで理解できるのは、正直説明の手間が省けてありがたい。


「それが一番分かりやすいですね。理解が早くて助かります。狂谷敷は呪術界において、絶対に遵守すべき法律である呪尊法令にて最重要項目の一つに定められている『魂に関する呪術の無許可の使用、及び開発』に抵触し、数千人を呪い殺した最悪の呪詛師です」

「千!?」


 狂谷敷の呪殺した数の多さに、悠一が愕然とした表情を浮かべる。

 華奈樹もあの男のことを初めて知った時、同じような反応をした。

 呪術界が悪人と定めた呪術師を呪い殺すなら、それは因果応報だと割り切って考えることができる。だが、狂谷敷は違う。

 彼は呪術に全く関係の無い人間を含めて、数千もの人間を呪い殺している。現時点で、どんな大災害級の怪異が出現しても優先して排除すべき、最悪の呪詛師だ。


「どうしてそんな数……」

「ここ数年の話じゃありませんからね。彼は自らの手で他人の魂を強奪して自らのものとする『魂奪呪法』を編み出し、それを用いて劣化する魂を修復してそれによって肉体の老化を停滞させているそうなので。文献によれば千六百年の関ヶ原の戦い以降いきなり現れてから四百年は生きているそうです」

「現実世界にそんな長生きする人がいるんだ」

「安倍晴明以降、最強の呪術師の称号をほしいままにしている仙人の朱鳥霊華あけとりれいか様なんて、呪術全盛の時代だった平安から生きていますよ。実際に会ったこともあります」


 会ったことがあるどころか、呪力の扱いと呪言を教えてくれた恩師のようなものだ。

 平安時代なんて軽く千年以上前なので、それに比べれば狂谷敷はまだ若い方だろう。比較対象がおかしいので、若いといっても普通の呪術師や退魔師からすれば人外に当てはまる。


「それもう人間じゃ無いでしょ」

「もはや神の一種ですね。約千二百年生きていますから、彼女の魂そのものが神霊化していますし」


 なお、その呪術師の頂点である朱鳥霊華は無類の新しいもの好きで、平安から生きているとは思えないほど現代社会に溶け込んで満喫している。


「じゃあ、狂谷敷はその魂を奪う呪法で何百年も、人から魂を奪って殺し続けているのか」

「はい。その目的は、呪術の頂点に立つこと。平安から一度も揺るがない最強の地位を、彼は簒奪しようとしているのです。何百年も、無関係な人を巻き込んで」

「呪術の頂点……その朱鳥霊華に挑んで、自分が頂点に成り代わること、か。それって可能なの?」


 悠一は朱鳥霊華のことを知らないが、呪術全盛の時代である平安を生き抜き、現代まで生き続け魂が神霊化している疑いようの無いほどの最強であることは、華奈樹の言葉から理解しているだろう。

 だからこそ、狂谷敷の立てている目標は本当に達成可能なのか聞いてきたのだろう。


「百パーセント不可能とは言い難いですが、九割九分無理ですね。朱鳥様は過去の伝説で、比較的小さな都市国家でしたが、それをたった一度の呪術行使で消滅させたことがありますから」

「うん、勝てるわけないよね、そんなのに」


 本人がそれを己の最大の過ちと戒めているため多くは語らないが、少しだけ聞いた限りだとどの呪術師も勝てるような相手ではない。

 遥かな高み。絶対の頂点。誰も到達できない神の領域。そこにいる霊華を倒すことが阿頼耶の目標。例えそれが、決して叶わぬものだとしても、彼は歩みを止めないだろう。


「勝てるはずのない、達成できるはずのない目標を掲げているから、彼は外道の道を進むのでしょうね。呪術師として、彼の考えは理解できないです」


 今までに見てきた、阿頼耶の手によって呪い殺されてきた人達の残骸を思い出し、強く歯軋りする。

 早くあの呪詛師の凶行を止めないと、もっと多くの無関係者が殺されてしまう。

何より、今目の前に座って困惑した表情を浮かべている隣人でクラスメイトの悠一が、安心して暮らすことができなくなってしまう。


「とりあえず、一通り必要な説明はしました。呪力の自覚や操作、それの感知から呪力を用いての呪術行使はまた次の機会に」

「え、その辺教えてくれるの?」

「あなたが呪力は後々教えてもらうと言っていたじゃないですか。それに、私のせいとは言えもうこちら側と無関係で無くなった上に呪力を覚醒させたのですから、深刻な人手不足を一人でも解消するために引き込みます」


 悠一が現時点で獲得している呪力量は、かなり多い。潜在能力のことも考えると、呪力量は華奈樹より多いかもしれない。

 百パーセント自分が原因で怪異が見えるようになったのだから、きっちり責任を取って最強までは行かずとも優秀な呪術師に育てようと決意する。

 そうすれば少なくとも、人手が足りなさ過ぎて一人の術師や退魔師に過剰に振り分けられている仕事が減るし、悠一も襲われたところで簡単に倒せるようになって今まで通りとは行かずとも、比較的平和に過ごせるだろう。


「わお。なんか開き直ってない?」

「もう覚悟を決めるしかないでしょう。でも本当にごめんなさい。責任持ってあなたを優秀な呪術師にしてみせますので」

「拒否権はあまりない感じかな。別にいいけど」


 呪術師になること自体拒否していないようだ。もしここで断られたらどうしようと危惧していたが、そうならずに安堵する。

 それと同時に、上手く教えることができるだろうかという不安が雁首をもたげてくる。

 学校の勉強と呪力の鍛錬は当然全くの別物。しかも使い方はその人個人の感覚だ。


 呪力の使い方の感覚は人それぞれ。華奈樹の感覚を言語化して悠一に伝えても、彼がその通りにやってできるなんてことはまず無い。

 その辺の講義はまた日を改めてやることにしようと決め、今のうちにどのように言語化したほうが良いかを模索する。


「今日は助かったよ。いきなり非日常に放り込まれた気分だけど、まあ今まで見えていなかったものが見えるようになったって前向きに捉えるよ」

「ポジティブですね」

「その方が気が沈まなくていいだろ。だから刀崎も、そんなに自分を責めなくていいよ」


 悠一の言葉に、少し体が硬直する。


「どうして、そう思うのですか」

「どうしてって、君、何度も自分のせいでって言っていたし、それでなくても俺の部屋に来た時からずっと浮かない顔をしているから、誰が見たって分かる。俺が勝手に自分から首突っ込んだようなものなんだから」

「ですが、呪力は、」

「君は意図して俺の呪力を覚醒させたわけじゃないでしょ? 才能なんていう人の目に見えないものが誰にあるのかなんて分からないんだし、そこまで気にし出したらキリが無い。だから俺が刀崎達側の人間になったのはただの偶然であって、君が原因じゃない。だからそんな落ち込んだ顔しないでくれ。こっちまで悪いことをした気分になる」


 彼の発した言葉からは、優しさが伝わってきた。本当に気にしていない、自分がこうなったのは華奈樹のせいではなく、ただの偶然だと本心から言っているのが分かる。

 悠一の言う通り、誰が何の才能を持っているのかなんて分からない。毎朝すれ違うサラリーマンや行きつけのスーパーの店員、学校の先生や仲良くしている生徒。彼ら彼女らが全員呪術師の才能を持っているかもしれない、もしかしたら全校生徒と教員が持っているかもしれないなんて考えたら確かにキリが無い。

 他人の能力を覚醒させることは、意図的にはできない。それこそ、強い呪いが込められている呪物を取り込むか、その家系に生まれていない限り。


「そう、ですね。すみません。でも、彼に目をつけられたのは私を含めた多くの呪術師と退魔師が排除できずにいたせいです。私はあなたの近くにいますし、今後呪術の指導を行いますので頻繁に会うことになります。ですので、勝手ながら呪術師と退魔師の代表として、お詫びをさせてください」

「見方と言い方を変えただけで言っていること同じじゃ……。いーや、分かった。俺の呪力の扱いと呪術を教えてくれるだけでいいから」


 それ以上のお詫びはいらないと言わんばかりに、右手をひらひらと振る。

 ここでまた一悶着起きたが、悠一が思っている以上に頑固だったため華奈樹が一旦折れることにした。

 その後、連絡を取り合うためにメッセージアプリで連絡先を交換してから、華奈樹は悠一の部屋を出て自分の部屋に戻った。

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