第41話(終)
夕方になり、祝言が始まった。私と翠姫は並んで末席に座り、その上席に
着飾った
槇はしゃちほこばっていた。だが初々しいそのたたずまいはむしろ、これからの活力に満ちている証だった。
武家の三男として生まれ、食い扶持減らしで稚児になり、また武家に戻るという波乱を乗り越えたからこその『練り』を感じる。
いっぽう
普段から男のような格好をしているから、白無垢はふわふわとして着慣れないのもあるかもしれない。居心地が悪くて体が動きそうなのを、気を張って押しとどめているようだった。
変な女だが、普段の機敏でかちっとしたたたずまいとの落差に、槇はやられたのかもしれなかった。
槇と
この
はや
はや住之江につきにけり
「どういう意味、なんです?」
槇と
「
「同じ名前なのですか?」
「近くを掃き清める老爺と老婆に、なぜ同じなのか尋ねた神官がいた。すると二人は、二つの松は夫婦だとこたえた。場所が遠く離れていても、時を隔てていても、二つはつねに心が通っていると
「まあ……!」
「そして神官に、住吉で待つと言い残し、二人は空を駆けて海へと消える。二人はまさにその二つの松の精だった」
「本当に、個人的なお惚気だったんですね……」
「神官たちも松の精に言われたらということで船を出して
「神様が舞を?」
「すごい話だろう。神官とはいえ、ただの人の前に神が顕現して祝福を授けるなんて」
そうこうしているうちに、杯が一人一人に渡される。すでに二人の家族は家族固めの杯を済ませたらしい。これは親族固めだ。
「私たちも、よろしいのでしょうか」
「親しければ親族だろうよ。遠慮するな」
注がれた神酒を、合図と共にみんなで飲みほす。引き締まる辛さのなかに、ふくよかな甘さが顔を覗かせていた。
***
式の次第が終わり、無礼講が始まる。ここから先はということで、私と翠姫、そして皕瀬は中座することになった。
主役の槇と
「どこかの旅籠にとまるのかね、二人は」
夜道を歩いていて、話を切り出したのは皕瀬だった。
「尼寺で一晩世話になる。このまま帰ってもいいが、翠姫にはつらいだろうから」
「そうか。じゃあここで、だな」
「もう、行くのか」
「うむ。あれだけ下働きでこき使われたのだ。今度は俺の勝手をする手番よ」
不満に聞こえたが、皕瀬の機嫌は良かった。
「どこへいかれるのです?」
翠姫は興味津々だ。
「肥前だ。俺が刀として打たれたのがそこらしい。故郷を見て、俺の生まれた金床を訪ねるのも面白いと思ってな」
「では大坂から船か。達者でな」
「あるじどのも、もうツレを泣かさぬようにな」
何をと抗弁しそうになったが、飲み込んだ。仕方ないという表情になり、それを見ていた翠姫にまたくすくすと笑われる。
皕瀬は提灯を私に手渡し、手ぶらで大坂方面へと去って行った。
「いってしまいましたね」
「ああ。私たちもいこう」
提灯をたよりに京の道を歩き出す。都とはいえ夜道に危険がないとはいえないが、そこは私がいる。
だが翠姫は、妙に口数が少なくなった。
「やはり夜道は心細いか?」
「あ、いえ。
「なあ翠姫。気になることがあってな」
「はい?」
「時折、私のことを『辰』と呼びつけるときがあっただろう」
「あ、あれは……」
「構わないからな」
「えっ」
「もう私は尼ではないし、お前を引率する役目でもない。幸い、一度死んだことになったから咎人でもない。なんでもない女だ」
翠姫は黙って、隣を歩きながら私の顔を見ていた。
「私は前から、お前とか翠姫とか呼びつけていた。これからもそうすると思う。だからお前にも気安く呼ばれたいと思ってる」
「わ、私はべつに、気安くないわけじゃ……」
「なら良い。忘れてくれ」
訝しんだだろうか。
だが、私が彼女に出会って、話をしたことで変わったのは確かなのだ。これまで翠姫のことを疎んだり怨んだりしていたことがあるぶん、これからはと思ったのだが。
距離を縮めるというのは、難しいな。
「し、辰」
「——なんだ」
「明日は、もう庵に帰る、の?」
「そのつもりだったが」
「少し、名跡を見ていけないかな……」
「ああ、そうしよう」
翠姫の見せる屈託のない笑顔が沁みた。
これから私は彼女とともに、いろんなものを見て、語らい、過ごしていく。
心が通うとはいくらでも言える。だがどこまでいっても私たちは他人だ。だからこそ、常に言の葉を交わして共有し、認めていきたい。
吹く風に、すでに冬の面影はなかった。
了
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
2022年度の新作長編でした。
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今後も年に1作品、あるいは2作品と長編を書いていきたいと思っております。
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袈裟と鱗と刀の奇譚 日向 しゃむろっく @H_Shamrock
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