エピローグ・もういいって

22話

 爆弾を止めて、事件が解決して、それからそのまま事情聴取を受けて、その日のうちに家に帰って、なんだか居心地が悪くなって、箭原の家に泊めてもらって、でも箭原のいびきがうるさくてあんまり眠れなかった日から、数週間が経っていた。

 街を救ったのは、内ケ島ということになっていた。私への莫大な報酬と、メディアへの対応を彼女はひとりで執り行っていた。私の代わりに出ているつもりなのだろう。彼女はそれで、私が自由奔放にしていることで満足らしかった。

 私はと言うと、莫大な報酬を手にしたけど、特に必要性を感じず、祖母に三割ほど渡して、残りは内ヶ島の団地に寄付した。こっそりと、名前も告げないで。

 私は、街に忘れ去られかけていた。誰ももう、私に興味なんて持たなかったし、私もその方が良かった。街を歩いても、何も言われない日々は、少しだけ面白かった。

 私は、こんなに軽い気分を、初めて味わっている。

 街は、以前とあまり変わらないように見える。

 学校は崩壊した。協会も、そのあり方の是非を問われた。決してフォーゲットや吉利の話が明るみに出たからだった。箭原の証言が、ついにまともに通じるようになったらしい。私達の世代は十分な研修が済んだとして、全員を正式な探偵に昇格すると通達があったが、要するに人手不足なのだろうと推測できた。

 内ヶ島は、この街を本気で変えようとしているらしい。最近は議事堂に出入りしている。今度、まともな区長を決める選挙の手伝いをするとか言っていた。区長のコンピューターは解体され、粗大ゴミに出された。オーパーツ研究所も、その扱いに困ったためだった。内ヶ島は今でも、星田や志鷹には定期的に会っているらしい。まあ、頑張っているらしい。私のことは、今でも倒すべきライバルだと認知しているようだ。そのままのあんたでいて欲しい。

 大岩根は心を入れ替えたのか、私を恐れているのか、多川との約束なのか、真面目に探偵に勤しんでいった。私に、時々仕事のアドバイスを聞いてくるが、適当な答えを口にすると、彼はそれで満足して帰っていく。

 前波は、私への執着を無くして、仕事に従事しているようだ。それでも私が冷やかしに店に顔を出すと、嬉しそうな顔をする。鶴居と仲良くなっているのか、たまに店で一緒になる。鶴居の方は、私のことをまだ好きなのかもしれないが、まあそれでも、英雄視されていない私に、以前ほどの興味も無いみたいだった。

 祖母は、内ケ島の団地に預けた。もう、顔も見たくない、以前のような、祖母に従うだけの人間に、戻れそうにないからだった。



 街の、最北端にある、長い道。継院枯区の、端。ここには廃墟が多く、もうすぐ外だというのに、その鬱屈とした雰囲気は、とても外が近いようには見えなかった。街中よりも、暗い。

 適度な荷物と、内ヶ島からの餞別であるバイクを引きずってきた私を待っていたのは、あの女だった。

「対崎」箭原ノノコ。コンクリートの上に座っていた。「待ってたよ」

「待ってたってあんた……」私は呆れる。「探偵の仕事は?」

「対崎だって、すっぽかしてるでしょ。私も同じ。めんどくさいもん」

「私の場合はあんたのせいで、推理力がまだ戻らないからよ」

「ねえ」箭原は手を出す。「私との契約、覚えてる? 報酬をくれるって言ったよね」

「……そんなこと言ったかしら」

「無報酬なんて……それじゃあ私の人生から時間を一方的に吸収したんだ、対崎は……」

「何言ってんのよ」私は箭原を眺める。彼女も荷物が多い。「話はそれだけ?」

「……私も、街にいる理由、無いんだよね」箭原は吐露する。「生きる意味すらもう無いから、どうしようかなとか思ってたんだけど、そういえば対崎から報酬もらってないことに気づいて」

「死ぬつもりなら、報酬なんていらないじゃない」

「私は、欲に正直なんだよ」

「しょうがないわね……いつか払ってあげるわ」

 私は内ケ島のバイクに跨る。ここからなら道は直線。区の外までは、どのくらいあるのかわからない。箭原は、私の後ろに座った。そんなところに腰掛けて大丈夫なのか、内ヶ島に確認を取っていないが、まあ大丈夫だろう。

「推理も出来ないのに、どうやって稼ぐの?」

「は。誰のせいよ。いつか治るんだから、その時よ」

「心配だね。見張っておくよ、逃げないように。困ったら代わりに推理とかしてあげるけど」

「払う報酬は変わらないわよ」

 私は背中に、このクソ生意気な女〈相棒〉を乗せて、バイクのアクセルを捻った。

 区外までは一瞬だった。

 そこには、倒壊した無数の建物と、いたるところに生えた植物と、あれだけ恋い焦がれた青い空が、余るほどに広がっていた。思わずバイクを止めて、その景色に見入ってしまった。

 外、か。話には聞いていたが、それはプロパガンダだったのかもしれない。

 外から見る継院枯区は、真っ黒い要塞みたいだった。もう、どうでもよかった。

 私たちは、走りながら外の世界の景色を、目が乾いてしまうまで、ずっと見続けた。

 幸せになりたい、なんて昔の夢のことを、そのまま思い出していた。

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観察女、推理女 SMUR @smursama

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