第6話 五年後の二人
「ところで、話は変わりますけど、わたし来週誕生日なんですよね」
「えっ、誕生日プレゼントは何がいいかですって?」
「それじゃなんか、わたしが催促したみたいじゃないですか」
「まあ、遠藤さんがどうしてもあげたいって言うのなら、もらってあげてもいいですけどね」
「って、今のは冗談なので、本気にしないでくださいね」
「で、話を戻しますけど、わたし、来週の誕生日で二十歳になるんですよ」
「わたし自分の中で、女性アイドルは二十五歳が限界と思ってるんです。なので、あと五年したらグループを脱退するつもりです」
「えっ、なんでそんな大事な話を僕なんかにするのかですって?」
「言われてみれば、確かにそうですね。こんな話、メンバーにもしたことないのに……」
「でも、逆に言うと、遠藤さんだからできたのかもしれませんね。遠藤さんて、いい意味で緊張感がまったくない人だから」
「えっ、グループを脱退した後はどうするのかですって?」
「そうですね。五年先のことなので、正直言ってまだ何も考えてません。もしかすると、その前に強制的に脱退させられる可能性もありますしね」
「あれ? なに笑ってるんですか? ここは笑うところじゃなくて、そんなことないですよって励ますところでしょ?」
「あはは。今頃言っても、もう遅いですよ。ほんと遠藤さんって、要領が悪いっていうか、不器用っていうか」
「でも、遠藤さんのそういうところ、嫌いじゃないです。これからわたしと一緒に成長していきましょうね」
【五年後】
「ファンやメンバーとの別れの挨拶も済ませたし、これでわたしのアイドル生活も無事終わりました」
「えっ、今後の進路はどうするのかですって?」
「そうですね。とりあえず芸能界は引退しようと思ってます。わたし、お芝居が下手だから女優は無理だし、人前で話すのも苦手だから、バラエティーの仕事も回ってこないでしょうしね」
「わたし、十三歳の時にこの世界に入ったから、恋愛経験が一度もないんですよね。だから、早く素敵な彼氏を見つけて、今まで恋愛できなかった分を取り戻そうと思ってます」
「遠藤さんも、この五年間本当によく頑張ってこられましたね。正直、ここまで続くとは思っていませんでした」
「だって入社した頃は、言っては悪いけど、ほんとポンコツでしたもんね」
「えっ、それはちょっと言い過ぎじゃないかですって?」
「いえいえ、全然言い過ぎじゃないですから。なんなら、その頃遠藤さんがしでかした数々の失敗を今から言いましょうか?」
「えっ、それはやめてくれですって?」
「あはは。やっと認める気になったんですね。でも、あの頃に比べたら、遠藤さんも格段に成長しましたよね」
「えっ、それはお互い様だろですって?」
「あはは。確かにそれは言えますね。あの頃はわたしも、グループのお荷物でしたもんね」
「それが今では、ゆいゆいと人気を二分するまでになったんだから」
「そのきっかけになったのは、なんといっても握手会での『耳元囁き作戦』。遠藤さん、憶えてますか? 遠藤さんと初めて会った時に、練習台になってもらったことを?」
「えっ、忘れたくても忘れられないですって? それじゃなんか、わたしが無理やりやらせたみたいじゃないですか」
「まあ、実際そうなんですけどね」
「あの時はほんと迷惑かけてすみませんでした」
「えっ、そんなに素直に謝られると、気味悪いですって?」
「まあ、今日で遠藤さんと会うのも最後ですからね。最後くらい素直になった方がいいかなと思ったんですよ」
「あれ? どうしたんですか、そんな暗い顔して?」
「もしかして、もうわたしに会えなくなるから寂しいとか?」
「って、そんなわけないですよね。逆にグループ一の厄介者がいなくなって、清々してますよね」
「遠藤さんにはこの五年間、たくさんわがままを聞いてもらったので、お返しに一つだけわがままを聞いてあげます。何にしますか?」
「えっ、それなら、耳元で囁いてほしいですって?」
「あはは。本当にそんなのでいいんですか?」
「分かりました。遠藤さんがそれでいいのならそうします。で、なんて囁けばいいんですか?」
「なになに、僕が今から言うことに、返事をしてくれですって?」
「ということは、とりあえず遠藤さんが何か言うのを待ってればいいんですね? 分かりました。じゃあ、いつでもいいですよ」
「はい? 今、なんて言ったんですか? 声が小さくてよく聞こえなかったんですけど」
「えっ! 僕と付き合ってくれですって? ……遠藤さん、突然何を言い出すんですか。冗談にも程がありますよ」
「えっ、これは決して冗談なんかじゃないですって?」
「それ、本気ってことじゃないですか!」
「まさか遠藤さんが、わたしのことそんな風に思ってたなんて……だって、今まで一度もそんな素振り見せたことなかったじゃないですか!」
「えっ、見せてたけど、君が気付かなかったんだろですって?」
「それじゃなんか、わたしが鈍感女みたいじゃないですか!」
「……まあ実際、気が付かなかったんだから、そうなんですけどね」
「で、返事をしないといけないんですよね。まったく想定してなかったから、今、軽くパニックになってるんですけど……」
優香、しばし考えた後、「分かりました。じゃあ、わたしの素直な気持ちを伝えますね」
優香、遠藤の耳元に口を近づけ「わたしで良かったら、よろしくお願いします」
「キャー! 言っちゃった! これ、めちゃくちゃ恥かしいんですけど!」
「あれ? 遠藤さん、どうしたんですか。目なんか閉じちゃって?」
「もしかして、幸せを噛みしめてるとか?」
「やだあ、そんなことされたら、こっちまで照れちゃうじゃないですか」
「もういいですから、早く目を開けてくださいよ」
「……って、遠藤さん、気絶してるじゃないですか!」
「男らしく告白してくれたから、メンタルが相当強くなったと思ってたのに、これじゃ、まだ前の方がマシじゃないですか!」
優香、遠藤の身体を揺さぶり「遠藤さん! こんな所で気を失ってる場合じゃないですよ! 早く起きてください!」
「遠藤さーん!!」
了
芸能事務所の新人マネージャーが底辺アイドルの長話にとことん付き合わされる件 丸子稔 @kyuukomu
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