『ふしぎのオオカミちゃん!』×『不死の呪いと魔法使い』

ヒミツのオオカミさん!

【character select】


 こむらさき作『不死の呪いと魔法使い』より、カティーア

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884402503


『ふしぎのオオカミちゃん!』より、鏡文月(12才のすがた)、香春隆文もふもふさん


【time stamp】


『ふしぎのオオカミちゃん!』本編終了後(2007年9月)


【START】



 土曜日。

 大都会、新宿。の駅構内。


「お、おわ……」


 ここに口をあんぐりと開けてぐるぐる目になっている一人の少女と、


『突っ立っていると危ないすよ』


 成人男性サイズの白くてもふもふな犬がいる。


 本来、介助犬のような訓練された犬ではない場合、カバンに入れなくてはならないのだが、この大きさでは入りきらないだろう。だからといってリードもなしに歩き回らせてはいけない。


 この白い犬が本来は許されざるこの場所でお座りするのを許されているのは“大人からは見えない”からである。見えなければ、そこにいないのと同じだ。


『ほら』


 白い犬こともふもふさんは当然のように喋っている。これはもふもふさんがとある(自称)神サマの力によって、白い犬の姿に変えられただからである。だから、犬の姿でありながら人語を理解して会話する。そんな『ふしぎのオオカミ』なのだ。


 元の姿に戻るために、四月からこの少女の家で暮らしている。


「ひゃっ! す、すいません!」


 少女――かがみ文月ふづきはご覧の通りになっていて、自力での解決を図って案内図を眺めていた。が、都内随一の利用客を誇る新宿駅はとにかくでかくて広いのでその規模感に圧倒されて、まず自分がどこに向かわなくてはならないのかがわからなくなっている。そこに歩きスマホでまったく前を見ていない大人がぶつかってしまった。


 文月は慌てて謝って、大人はチッと舌打ちをして通り過ぎる。もふもふさんのことはスルーだ。見えていたら説教どころでは済まされない。


「ふぇえ……もう帰りたいよお……」

『ここまで来たのに?』

「もふもふさん、道の案内をして」

『帰り道の?』

「違うよお。その、ナントカっていうデパート」

『高島屋』

「そう、それ!」

『それを忘れてたら探しようがないじゃないすか』

「こうやって文字がどーんってあると、何を探していたかわからなくなっちゃって。ほら、本屋さんにお目当ての本を買いに行っていたのにいろんなタイトルを見ているうちにお目当ての本のタイトルを忘れちゃうみたいなの、もふもふさんはなかった?」

『ありそうなところを見て、なかったらすぐに検索機を使うか書店員さんに聞く』

「そうかあ……でも、もふもふさんのおかげで思い出したから大丈夫! やっぱりもふもふさんは頼りになるなあ」

『で、何を買うんだっけ?』

「いいもの!」


 妹の環菜は水泳記録会のために、両親が付き添って隣の県のプールに出かけている。姉の文月としては帰ってきた妹のためになんらかの『いいもの』を用意しておきたくて、はるばる新宿までやってきた。サプライズプレゼントである。


 なぜ新宿なのか。バラエティ番組にちょこっと出てきた『いいもの』を見て、環菜が「わあ……いいなあ……」とつぶやいていたのを横で見ていたからだ。その『いいもの』が新宿でないと手に入らないので、電車を乗り継いでここまで来た。


 文月にとって、三学年下の妹は大事な存在であるが、これまで姉として何かできたかというと少し思い当たらない。こういうときにこそ、姉らしく、妹にプレゼントしようと決心した。誕生日も近い。予算も――おそらく、足りている。


 これまでの文月は、一人では行動できなかった。行動しようとも思わなかっただろう。なんだか億劫で、腰が重かった。


 今はもふもふさんがいる。困ったときは、もふもふさんがなんとかしてくれるに違いない。そんな信頼関係が、一人と一匹には築き上げられていた。


「えっと、サザンテラス口ってところが近いのかあ……」


 確認した。案内図から離れようとする。


『待って』

「? 何?」

『なんか、がしない?』

「どぇえ?」


 黒い鼻をヒクヒクと動かすもふもふさんに『妙なニオイ』と言われて、自分のからだを嗅ぐ文月。自分の体臭は自分ではよくわからないものだ。


『文月じゃない』

「よかったあ」

『よくはない。……アイツか?』


 アイツ、と聞いて文月がもふもふさんの視線の先を見る。派手な金髪に、たくさんのピアスと、色付きのサングラス、紫を基調としたヒョウ柄のジャケットにえんじ色のスキニージーンズの男が柱に寄りかかっていた。


 見られていると気付いたのか、サングラス越しの赤い目とこちらの目が合う。文月は心臓を掴まれたような感覚がして、小さく飛び上がった。イタズラを仕掛けていたのがバレたような……ただし、身に覚えはなく、昨日から今日にかけて悪いことはしていない。強いて言えば、冷蔵庫にあった環菜のプリンを食べてしまったことぐらいだけれども、これは先週の話。


『文月、代われるか?』

「うん」


 もふもふさんのからだが文月に吸い込まれて、文月の頭から一対のオオカミの耳が生えた。これにて文月もふもふさんとなり、もふもふさんの意思で文月の肉体を操ることが可能になる。声帯が付け変わるわけではないので、声は文月のままだ。


「おまたせ、♪」


 文月本人は浮かべないような小悪魔的な笑みとともに、スキップしながら近付いて、限りなく自然に話しかける。無論、初対面である。


「人違いだ」


 言われた男は怪訝な顔をして、一歩ぶん距離を置いた。妹を名乗る不審者への妥当な対応だ。


 文月に兄はいない。この男――カティーアに妹はいない。カティーアはとある世界の英雄の名であり、不死の魔法使いである。呪いを身に宿したこの男は、最愛の人へのプレゼントを購入すべく遠路はるばるこの国を訪れていた。


「そうかな?」


 文月に扮するもふもふさんは、カティーアを上目遣いに観察する。外国籍らしい顔立ちではあるが、そのナチュラルピンクの唇から流れ出すワンフレーズは流暢な日本語だった。しかし近付くと、よりいっそう、離れていても嗅ぎ分けられるような異質なニオイが際立って感じ取れる。


「おにいちゃん、珍しい香水を付けているのね。わたしにしていない?」


 桐生きりゅう貴虎きとらという、文月の同級生の少年がいる。この少年の祖父には『大人には見えない』はずのもふもふさんの姿が見えていた。


 文月と関わりのある人の中で、この祖父だけを警戒していればもふもふさんとしては安泰だ。だが、他にも『見える』大人がいる可能性はある。ゼロではないので警戒し続けなければならない。特に、目が合った人間ならなおさらだ。


「俺の秘密を知りたいか?」


 カティーアはにいっと口角を上げて、距離を詰めてくる。平均的な成人男性の背丈のカティーアではあるが、145センチメートルの文月の視点では大きく見えてしまう。とはいえ、中身は(人間であった頃の背丈は184センチメートルだった)もふもふさんなので、変に萎縮することはないのだが。


「しかし、お前に教えてやる義理はないな。あっち行け」


 カティーアも伊達に長生きはしていない。不死の魔法使いの長年の勘か、あるいはその不死性の由来となっている動物的な本能か。文月の中にある『ふしぎのオオカミ』を察知して、しっしっと追い払うような仕草をする。


「期待させておいてなんすか、それ」

「俺も暇ではないのでね。俺の宝物が俺の帰りを待ってる」

「そのわりにはぼけっとしていたような?」

「何もいないところに話しかけている女の子がいたんでね。遠くから拝見させてもらっていた」


 なるほど。誤解は解けた。


 文月は気にしなくなってしまったが、傍から見れば奇異に映るだろう。事情を説明してもいいのだが、この国の人々、とりわけ都会に住むような連中は、事なかれ主義だ。自ら(無と会話しているような)危険人物に関わろうとはしない。基本的には、見て見ぬふりをする。


「見世物だったのなら、お代は渡してやろう。それとも、妖精か何かが見える性質タイプか?」

「当たらずとも遠からず」


 ふうん、と興味のなさそうな声を出す。それから時計を見て、表情を一変させた。


「まずい!」

「なんすか。十二時のベルが鳴ったら魔法が解けるんすか?」

「まあ、そんなところだ。何か、この辺で贈り物になりそうなものは知らないか?」


 それなら、こちらもこれから買いに行こうとしていた。もふもふさんは文月から抜け出す。頭からオオカミの耳が消えて、白い犬が文月の隣に現れた。ちなみに、このオオカミの耳も大人からは見えない。


「わっ!? ッて!」


 文月に入れ替わっている間の記憶はない。なので、目の前にカティーアが立っていて、驚いて尻餅をついた。


「大丈夫か?」


 手を差し伸べられて「わわっわっわ」と後ずさりする。文月の知り合いに色付きのサングラスをかけるような人種はいない。バチバチにピアスを付けまくっているようなオシャレさんもいない。


『文月、このおにいちゃんと目的地まで行こう』

「どぇえ!?」

「……本当に大丈夫か?」

『見た目は怖そうだが、話してみるとイイヤツだったから心配しなくていい』

「う、うん」

『時間がないらしいからさっさと行かないと、遅いってキレられるんじゃないすかね』

「そんなあ!」


 ***





 右に左にとせわしなく視線を動かしている12歳のかがみ文月ふづきと、短めの金髪に鋭い目つきの(異世界から来ている)青年・カティーアは、白い尻尾を振りながら進むもふもふさんの後ろをついていく。ちなみに、もふもふさんの姿はカティーアには見えていない。


「こっちで合っているんだろうな?」


 先導する犬の姿が見えていない上に、文月は縮こまってきょろきょろしているものだから、正しくたどり着けるかと心配になってしまう。地図らしいものを持っているわけでもなし。


「は、はいっ! もふもふさんが、案内してくれているので!」

「もふもふさん……?」

「えっあっ」


 繰り返す。もふもふさんの姿は、不死の呪いのかけられた魔法使いには見えていない。


『どうするんすか?』

「えっと……あの、おにいさんには見えていない、と思うんですけど、」


 前置きをしつつ、歩道の端に寄って「ここに、白くてもふもふの大きな犬がいて」と、言いながら、ふたりの会話を聞きながらすまし顔でおすわりしたもふもふさんの両肩に手を置く。


「犬か」

「はい!」


 カティーアが目を細めつつ、顔を近づけてくる。文月はもふもふさんを盾にするようにしゃがんだ。


「君は『見えていない』と言ったな?」

「原理は、わたしにもよくわからないんですけど、その、オトナの人には姿が見えなくて、子どもにしか見えないので……ね、もふもふさん?」

『くぅーん』

「なんでそういうときだけホンモノの犬のフリをするの!?」

『わんっ!』


 手袋をはめた左手であごをなでながら、カティーアは考えていた。カティーアの帰るべき世界(ジュジへのお土産を購入してから帰る世界)には、妖精たちがいる。先ほどの会話から察するに、白くてもふもふの大きな犬の姿をしたこの土地の妖精、のような生き物が、案内してくれている、としよう。


 当たらずとも遠からず。

 とも言っていた。


 この世界に由来する魔素が関わっており、異世界の民には見えない仕組みなのだと考えれば、妥当だろう。時間も押しているので、これ以上は考えないこととする。


「君のようなが一人で出歩くなんて、ずいぶんと治安がいい世界だな」

「もふもふさんがついてきてくれているので! 何かあったら、もふもふさんがなんとかしてくれます! ねっ?」


 その姿がオトナには見えないのであれば、その『なんとか』はできないのではないかと思うカティーアである。話を振られたもふもふさんは犬らしく鼻を『ピィピィ』と鳴らした。犬は他の生き物にかまってほしいときにこういう音を出す。


「――俺を利用しようって魂胆か」

「そそそそそんなことないです! ないですよねもふもふさんっ!?」

『そんなことあります』

「そうなの?」

『おにいさんは待たせている恋人へのお土産を売っている場所まで案内してもらえてラッキー。文月は、このおにいさんと行動していれば他のヤバそうなヤツからは話しかけられなくて済む。双方が得をしている』

「そうかも……?」

「話し合いは終わったか?」

「あっ、はいっ、すみません! そういう魂胆だったらしいです!」

「……まあいいか。俺の買い物はあとでもいいから、まずは君の買い物を終わらせよう」

『さっさと環菜へのお土産を買えってさ』

「う、うん! わかりました! 買います!」


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