第4話 狸火

「なあ市松、今日……」


「蜂商、強かったな」


「蜂商ええな。あないに応援ようけ来て……」


 夕闇せまる大クスの根かたで、狸の姿に戻った二匹は、試合のあとに米津先生から部員ひとりひとりに「ご苦労さん」と配られたトウモロコシをモクモクとかじっていた。


「ほなけんど、よう考えたら、わいらかてそない捨てたもんやない。ちゃうで?」


 市松は狸火をひとつ灯して地面を照らすと、こぼれたトウモロコシの粒を探して口に入れた。


「万作、先輩たち、ちょっとうらやましいな」


「何言うてんのや、来年こそは甲子園に行ってわいらが先輩たちをうらやましがらせたるわ」


 万作は右の前足をぷるぷる振りながら言った。


「そやな。またバッタ捕まえて仕込んでおかんとな。……そや、来週の日曜、文化会館でブラバンの定演があるやん。行くで?」


「来週の日曜? 新チームになったばっかりやんか」


「夕方開演やったら、行けるんちゃう?」


「そない行きたいんえ?」


 市松は後ろ足で耳のあたりを掻きながら、かじりかけのトウモロコシとにらめっこしている。


「そういうわけちゃうけど……」


「なんや、正直に言うてみいだ」


 大クスの葉の間で、白い試合用のユニが並んで夜風を受けている。


「あんな、わい、昨日、ブラバンの子から聞いたんやけど」


「何や、市松」


「米津先生、昔、蜂商のブラバンにおったんやて」


「ほんま?」


「ほんで、一年の途中で、やめてしもたんやて」


「……何でやろか?」


「そこまでは聞いてへん。ほなけんどわい、何となくわかるような気がするんや。今日の試合で、蜂商の応援見て、あれ、ブラバンもそやけど、野球部もなんか、あれやと正直、ちとしんどいなって思た」


 試合のあと、米津先生はトウモロコシを配りながら、引退する三年生に「これからも、野球やりたい思うか?」って聞いていた。「これで終わりやとか、野球はもうする気ないとか、そう思いさえせんかったら、それでええ」って言っていた。


 万作は両の前足をもたげると、市松の狸火の横にもうひとつ火を灯した。暗がりの中から藤兵衛狸の祠が浮かび上がった。


「しもた、祠にお供えする前に、トウモロコシ全部食べてもうた」


「ほんまや。鳴門のバッタでこらえてもらうか?」


 市松はエナメルバックに首を突っ込むと、つぶれたバッタをくわえて出した。二匹は顔を見合わせ、うゆんうゆんと大笑いした。


「市松、文化会館行ってき。昼公演でもかんまんけん」


「……うん、行ってくるわ」


 吉野川の土手の方から、子どもたちの声が響いてきた。打ち上げ花火がポン、と上がり、金銀砂子がきらきらと夜空に広がった。続いてシュー、という音がして、少し離れたところから火花が噴水のように吹き上がる。


 二匹は目くばせし合うと、花火に負けじと狸火を次々と空に飛ばした。ひとだまの形の炎がひとつ、またひとつ舞い上がり、大クスの周りをくるくると飛ぶ。炎は長く尾を引いて、木のてっぺんまで高く高く昇ると、パッ! と弾けては宵闇に吸い込まれていく。


 川の方から、今度はポンポン! と二連打ち上げ花火の音が響いてきた。赤青黄色の火花が夜空にいくつもの花を咲かせる。

 子どもたちのシルエットが浮かび上がった。てんでに大クスの方を指さしては、何や何や! と大きな声を上げている。


 夏は終わり、そして始まる。


 今日は少しだけ、夜更かししよか。

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狸火 野栗 @yysh8226

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