第3話 二回戦

 蜂須賀商業は強かった。


 万作の火の玉速球に対し、蜂商はひたすらミートに徹し確実に弾き返した。蜂商のエースは、美馬打線が到底太刀打ちできる相手ではなかった。一回戦のツル高こと剣山高校が万作の球にキリキリ舞いしたのと同じく、先輩たちは三振と凡退を繰り返すばかりだった。

 万作と市松が必死で出塁し、盗塁まで決めても、最後まで二匹がホームを踏むことはなかった。

 蜂商のランナーがホームインする度に、動員された全校生徒の歓声が球場いっぱいに轟いた。ブラスバンドのコンバットマーチは高らかに鳴り響き、スクールカラーに染め上げられた何本もの旗が右へ左へとなびいた。


 満塁のピンチ。市松はマウンドに駆け寄り、蜂商一色のスタンドをぐるりと見渡すと、万作にイタズラっぽく微笑みかけた。プロテクターの内側に右手を突っ込んで引っ張り出した緑色のものを見せると、緊張していた万作の表情がふっと緩んだ。


 美馬高校側のスタンドは閑散たるもので、野球部OB、部員の家族親類、そして二塁手と控えの三年生の彼女が前の方に集まっているだけだった。阿波おどりの連に入って囃方をはじめたばかりのOBが、最前列に陣取って微妙なリズムの鉦をチャンチキコンチキ鳴らしている。日陰の方を見ると、ふらりと入ってきた地元住民がゴロリと横になり、麦わら帽子で顔をおおって昼寝を決め込んでいる。


 采配は全てキャプテンが行った。米津先生はベンチの奥で腕組みしたまま無言だった。


 九回裏、挽回不可能な点差のままツーアウト。キャプテンに肩を叩かれて、控えの三年生が代打でバッターボックスに立った。


 あと一人!


 声にならない声。

 固唾をのむ蜂須賀商業スタンド。


 両手を力一杯組んで、顔を伏せては思い出したように上げる彼女。


 カン!


 当てた!


「ファウル!」


 たちまちツーストライクを取られた三年生は、蜂商エースの人を小ばかにしたような抜いた球を、渾身のスイングでミートした。


 あっ!


 ファーストライナー。


 一塁へヘッドスライディングすらできぬまま、試合終了のサイレンが鳴った。


 スタンドの前に整列すると、球場を揺るがす蜂商スタンドの声援と拍手を縫うように、二塁手と控えの名を叫ぶ甲高い声が耳に届いた。


 次の瞬間、列は崩れた。


 二人は両手で金網を掴み揺すぶっては、彼女の名を声の限りに叫んだ。

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