情報交換をしよう(姉も見つからない)

「まあ、都市、というかここリントンもそうだが、俺らの勢力圏に近づけば近づくほど相手の補給線は伸びてこちらの防御能力は上がるから、どこかで逆転するのかもしれないが。さてビールを追加で買ってくる。デニッシュもソウジュウロウも追加がいるだろ?」


 そう言ったダニエルが、空になったジョッキをデニッシュとソウジュウロウから受け取って、ついでに空になった皿もトレイに乗せて持って、席を立った。ダニエルが慣れた手つきでウェイターのように片手でトレイを支えているのを見たデニッシュが、別の話を振ってきた。


「電影通信オンラインの記事は見たか?」

「リリエル……さんをつけたほうがいいのか?のインタビュー記事だよな?」


 ソウジュウロウがキャベツをぽりぽりと齧りながら答えた。カナタやクロエも数日前に記事出た時には話題になっていたので見ていたので頷く。


「あの記事だと氷狼族もきついと言っていたが、とても俺らの実感とは合わないんだよな」

「だが氷狼族と火龍族とが同じくらいの戦力を持っている、と仮定すると、俺が戦っている火龍族との戦線は一応持ちこたえているから、氷狼族のほうもそうなるだろう、というのは妥当じゃないか?希望的観測かもしれないが」


 ソウジュウロウは西側の戦線で火龍族と戦っていて、今回情報収集と武器整備をかねてここに来ていた。その火龍族との戦線は激しい戦闘が続いているものの、膠着状態ではある。なので、同程度の戦力とされている氷狼族との戦線も同様にどこかで止まるだろう、というのは確かに頷ける。


 デニッシュがうなりながらリリィのほうを見て、視線で意見を促した。


「リリィは東から来たんだっけか」

「そうだな。東の氷狼族との戦線も徐々に南下しているけれど、こちら側よりは押されていないな。補給線の距離、というのはいかにもありそう」


 デニッシュやカナタが聞きたかったことを察したリリィが端的に答えた。氷狼族の本拠地、蒼桜庭園までの距離は単純な直線距離でも西側のほうが東側より近い。地形を考慮すると東側のほうがより遠いといって差支えない。それはわかるのだが、カナタは素直に疑問に思ったことを口に出した。


「ただ、流石に膠着状態を延々と続けられるとは思えないんですが、メタ的にも」

「それはそうだな。俺らが知恵を絞ってるのと同様にAIも何か考えてるんだろうな」


 デニッシュが、食べつくしてしまった焼鳥の下に敷いてあったキャベツを名残惜しそうにさらっている。焼鳥のたれがかかっていて美味しいらしい。その様子を見るに本当に知恵を絞っているかは疑わしかった。


「ここは飯も食えるしつまみもうまいが、注文を取りに来てくれる店員がいる店でないのだけが残念だ……」

「居酒屋じゃなくてフードコートだからなあ。好きなつまみが色々食えるのがいいんじゃないか」

「それはそうなんだが、っと。お帰り」


 デニッシュが戻ってきたダニエルの持っているお盆から、新しいジョッキと山盛りのフライドポテトの皿を受け取ってテーブルの上に置いた。しかもフライドポテトは二皿あり、一皿はこちらのテーブル用とのことで、リリィに渡している。


「ありがとう」

「なに、唐揚げのお返しだ」


 リリィが受け取ったポテトをテーブルの上に置く。ひとつ摘まむと、適度に塩が振られている揚げたてのじゃがいもの素朴な味がする。これは手が止まらなくなるタイプのポテトフライだ。カナタと同様にポテトを摘まんでいたソウジュウロウが、ふと思い出したように切り出した。


「そういえば、姉貴は見つかったのか?」


 ソウジュウロウの質問に、カナタは首を振って答える。それを不思議そうに見たリリィが、隣にいたカナタに尋ねた。


「行方不明か何かか?ゲームしてていいのか?」

「いや、居場所がわからないのはゲームの中だけでだから、現実世界では隣で寝てるから」

「同衾してるのか?」

「げほっ」


 リリィが真顔で確認してきたことに何故かクロエがむせている。だが、クロエと対照的に頭の上に疑問符を浮かべているカナタの様子を見たリリィが、ため息をついて説明してくれた。


「その、女性と隣で寝てるというのは、同じベッドで寝てるってことを言うぞ」

「……隣の部屋で今すやすやと寝てるはず」


 クロエとリリィから非難するような視線を向けられたし、顔も赤くなっているのを自覚しているが、今度こそ誤解されないように説明する。今寝てるはずだというのは今日カナタの姉は学校で体力を使い果たすことがあったらしく、カナタが夕食をとっている時間にふらふらと帰ってくるなりご飯も食べずにシャワーだけ浴びてさっさと自分の部屋に入ってしまった。あの様子だとおそらく朝まで起きない。


「まあそれ以上のことを想像したおませさんもいるけれど……それになんで今寝てるっていうのを知っているかっていうのも気になるけれど……このゲームで行方不明というのはろくでもない状況じゃないか?」


 リリィの質問にポテトをつまみながら頷きを返す。カナタの姉のミナトはしばらく前、ミナトの所属していたクランの〈東州旅団〉の解散直前くらい、からゲーム内での連絡がとれず、行方も分からなくなっている。


 前提として、マナプラネットオンラインでは、基本的にフレンドやクランの各メンバーとの連絡はゲームのシステムとしてサポートされている。連絡の種類も、動画チャット、動画メッセージ、音声チャット、音声メッセージ、テキストチャット、テキストメッセージの各種がある。もっとも、現実世界にあわせて、動画チャットはビデオ会議、音声チャットは電話、音声メッセージは留守電、テキストチャットは単なるチャット、テキストメッセージはメール、という俗称で呼ばれることのほうが多い。


 このゲームのシステムでの連絡だが、イベント上の都合やダンジョンの中にいるといった理由で、不通になることはある。その場合、フレンドやクランのメンバーの側からは対象のプレイヤーには連絡不能と表示される。ミナトとカナタは姉弟でフレンド登録をしているが、ミナトはずっとその連絡不能状態のままだ。


 ついでにいうとゲーム上で再現されている携帯電話などの端末での連絡もとれない。こちらは当然ゲームシステムより不便でプレイヤー間の連絡ではあまり使われておらず、カナタもその例に漏れないから、もとから連絡先を知らない。


 カナタの姉に限らず、ろくでもない、というリリィの心配はその通りである。さらに加えて、よりによって行方不明なのがカナタの姉だ、というのがある。


「本人に聞いてみたのか?」

「ゲーム内の情報をゲーム外でやりとりするのは好みじゃないってさ」

「なりきりを楽しむプレイヤーによくある返事だけれど、単に何かを秘密にしたくて居場所も隠している、ということかな」

「あの姉さんのことだからろくでもないことを秘密にしてそうだから、大事になる前に探したいんだよね」


 カナタと一歳差の姉は、見た目はカナタとそっくりで――ただしこれはカナタの言い分で他人からは弟のカナタが姉にそっくりと言われる――物静かでどちらかと言えばインドア派の印象を与える少女だ。運動も苦手というわけではないし、成績もよく、人当たりも悪くはないので、学校でも悪くない評判を得ている。カナタとも仲が悪いわけではないし、頼めば勉強も教えてくれる。世間から見ると仲の良いよく似た姉弟――もしくはカナタのことを女の子と誤認していて姉妹――というところだ。


 ただ、シミュレーションゲームやテーブルゲームでの戦略はかなり意地が悪い。陽動や罠を駆使するのは序の口で、リアルタイム性のあるゲームなら手数で相手の頭での情報処理が追いつかないようにする飽和作戦まで使ってくる。姉曰く、情報の並列処理は得意だから、とのことだ。


 そういう、頭がいいといって差支えなく、一方でゲームをする上では控えめに言っても性格の悪い姉が、何かを秘密にしていてしかも意図的に行方をわからなくしている、というのはかなり、ミナトが何かしでかさないかが、心配だった。


「俺は彼女の人物像についてはよく知らん」


 リリィから視線を向けられたダニエルの言葉にあわせて、ソウジュウロウも首を振っている。ダニエルもソウジュウロウも、カナタが知る限りではミナトとあったことはないはずだ。


「プレイヤーとしてみる分には他のプレイヤーと変わった印象は受けなかったが」


 こちらは、東州旅団がまだあったときに何回かミナトと顔を合わせていたデニッシュの評だ。氷狼族に対していくつかのクランが合同で作戦を行ったことがあり、その時に交流している。


「私も現実のことをゲーム内に持ち込むのはよくない、という派閥ですが……ただ、現実のことを加味しても、あまりしゃべらないから何を考えてるかわからないけど、多分エキセントリックな人ではありますね。なんでカナタにぃと同じ顔なのにあんなに違うんですかね」


 そしてこれが現実でもミナトのことを知っているクロエの評価だ。クロエの家族とカナタの家族は親同士が仲が良く、クロエの兄、クロエ、ミナト、カナタは幼馴染という間柄だ。幼馴染で同性のクロエから見てもミナトは何を考えているかわからないことのほうが多いと普段からぼやいている。自分とそっくりなのに中身が全然違うのが何でかはカナタのほうが聞きたい。


「スクリーンショットか写真かはあるか?」

「一応」


 そう言って、カナタは自分のもっているスクリーンショットのうち1枚をウィンドウに表示して可視化して、隣にいるリリィに見せた。このスクリーンショットは、以前クロエのスクリーンショットを請われて撮ったときに、隣にいたミナトの分も別に撮ったものだ。カナタとそっくりな顔だが、無表情で何を考えているかはわからない少女の姿が写されている。東州旅団の制式装備の緋色のジャケットの下に、白いシャツ、橙色のショートパンツを身に着けていて、首元を少し細めの黒いリボンで飾っている。この時は街中だったので武器の類は何も持っていない。


「許可がもらえるなら知り合いにも聞いてみるが」

「このスクリーンショットを共有するのはかまいませんが、そこまでするほどのことでも」

「聞く分にはタダだ」


 リリィが聞いてきたので、一応カナタは頷いて許可を出した。するとリリィは何かウィンドウを操作して、おそらくフレンドに連絡を取ってくれている。


 ただ、リリィが協力してくれても、望み薄なのは変わりがなかった。リリィが氷狼族との戦線の東側から来たと言っていて、そちらにミナトがいるなら、東側にいるカナタの知り合いから何か情報が入ってもよさそうなものだ。だが、東側にも結構知り合いがいてカナタから情報交換のたびに訊いているにも関わらず情報が入ってこないので、おそらく東側にはいないとは思っていた。


 そのカナタの様子を気にすることもなく、リリィがぽつりと呟いた。


「しかし、カナタに似ているな」

「リアルでもゲームでもよく言われる」


 このゲームのプレイヤーのキャラクタークリエイトでは、顔は現実の顔をベースに編集することになる。なので、元となる現実の顔が似ていたら必然的にゲーム内でも似ることになる。たとえばチナツとチフユは、一卵性双生児で、しかもキャラクタークリエイトでもわざわざそっくりにしているので、ゲーム内でも見分けがつかないほど似ている。ミナトとカナタも、カナタにとっては不本意なことに、よく似ているので、ゲームでも似ているのは避けられなかった。


 リリィも感心したようにその写真をみて、おそらく知り合いにメールを書いている。だが、その時――――


「面白い話をしているじゃない」


 底冷えするような声と共に、いつのまにかテーブルの横に立っていた、リリィに瓜二つの顔の少女が、ガツンッ、という音を立ててテーブルに大振りなナイフを突き立てた!


「あっ」


 ナイフを突き立てた相手を見たリリィが、珍しく少し間抜けな反応をしていた。

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ラスボスさんはまけたくない -仮想戦記Mana Planet Online- 十六夜たると @tarte_izayoi

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