情報交換をしよう(本当のことは言えない)
チキンライスにスプーンを伸ばして口に運ぶと、パラパラに炒められたご飯、少しカリカリになっている鳥の皮、コーンやグリーンピースといった野菜が一度に舌の上に乗る。おそらく自家製であろうトマトソースの複雑な味わい、鳥の脂のうまみ、米と野菜の甘さがカナタの舌を楽しませた。
「おいしい」
素直に感想が口に出た。カナタも自分では料理をするほうだと思っているが、やはりプロの業とは違うものだ。
最近の味覚エンジンは現実と遜色ない味覚の再現をしてくれるし、食材や調理方法もおおむね現実に沿ったものとなっている。これについてゲームを制作しているAltR社が「わざわざ甘い唐辛子のデータを作る工数があったら他のことに工数を使う」とインタビューで言っており、ほとんどのプレイヤーが理解を示している。もちろん仮想空間でする料理現実でする料理は違うものだというのも理解しているが、それでも流石だ、とうならせるだけの味だった。
横を見ると、リリィも自分の水炊きの鳥肉を右手に持った箸でつまんで口に運んでいて、はふはふと味わっている。箸が止まる様子はなく、もしかしてお気に召さなかったらカナタが分けてもらおうかと考えていたが、そんな分は残りそうにない。
「なるほどカナタ達が勧めるだけのことはある」
「うん、でもライバルが多いから大変って言ってた」
「それはここのメニューを色々と食べてみないといけないな……今日ではないが!日を改めてだが!!」
大食いの疑惑をかけられたことを根に持っているらしく、リリィが今日ではなくまた来ることを強調している。ただ、そのリリィの視線に釣られて隣のテーブルを見ると、焼鳥と肉まんとハンバーガーが順調に減っていた。ついでにビールと唐揚げも順調に減っている。
焼鳥と唐揚げをつまみにビールのジョッキを四分の三ほど空にしたソウジュウロウが、口を開いた。
「でだ、俺達はハマーリントが焼けた件について聞きたいわけだが」
「そうだな」
ダニエルも頷いた。ソウジュウロウとダニエルは氷狼族との戦線ではなくそれぞれ別の場所で戦っている。今日は情報収集で来ているというわけだ。カナタは火災の件についてリリエルとの約束があるので知らないふりをするしかなく、スプーンでチキンライスを口に運びながら、クロエに視線を向けた。話を振られたクロエがお吸い物のお椀を置いて話を始めた。
「私もあの火災の件はみんなに共有されていること以上に知ってることはないんですが?」
「街が一個燃えて、何もわかってないと?」
「これもおそらく共有されていると思いますが、あの日プレイヤーもNPCもほとんどが氷狼族との戦闘でハマーリントの北に出払っていました。もちろん私達オニキスの主要メンバーもそうですし、オニキスより大きいところ、たとえば〈セセナゼ傭兵団〉や〈サニーヴェルクラン〉も言わずもがなです。火災が起こったタイミングで数名のプレイヤーがハマーリントにいましたが、有効な証言は得られていません」
クロエは火災が発生した翌朝の捜査でハマーリントに調査に向かったメンバーの一人で、プレイヤーで選抜された調査担当とも頻繁にやり取りしている。だから調査情報もカナタより詳細に持っているが、それでも原因などは不明のままらしい。
「火災直後にたまたま私とスイカが現地を見る機会もありましたし、一回限りですが氷狼族がプレイヤーとNPC合同の調査団を受け入れましたが、何も情報はありませんでした」
「んー、犯人が氷狼族なら完全に証拠を消したということか?氷狼族がやったというのが主流なようだが」
「それか他の犯人にやらせたとか」
クロエが自分でも信じていないような口調で答えた。カナタとクロエは仮想空間でも現実でも近くにいることもあり情報交換をしていて、クロエは明言はしないものの、氷狼族が犯人であるとは考えていないらしいというのはわかった。
そのクロエの様子を見て、これまでは聞き手に徹していたダニエルが、挙手代わりにビールのジョッキを少し音を立てて置いて、質問した。
「それで、公式にまとまってる情報や一般的には氷狼族の仕業だと考えている連中が多いのは一旦横に置いといて、四人はこの件の真相をどう思うんだ?俺はそれが聞きたい」
「俺の感覚では、白よりの灰色、くらいだな。これまで氷狼族と何回も戦闘してきたが、作戦の傾向は基本的に戦力をまとめて殴ってくることが多かった。いきなり後ろ側の街を焼く、というイメージはない。もちろんこれまでは民間人のいる場所からは遠いところで戦闘していたから、実は街は焼くのがデフォルトの戦術なのかもしれないが」
ダニエルに視線を向けられたデニッシュが、唐揚げを飲み込んでから答えた。カナタも氷狼族と何回も戦っているが、デニッシュの言うように、戦術自体は奇をてらったものではなく、集団戦闘で押し込んでくることがほとんどだった。これは氷狼種や人狼種がステータスが高いうえに集団戦を得意としているからでもある。デニッシュの言う、街を焼くのはイメージと違う、というのはもっともだった。
デニッシュの説明に納得したのであろうダニエルが、今度はカナタのほうに視線を向けてきた。
「……僕は特に追加情報を持ってないので、なんとも。これまで普通に戦闘で勝って南下してきているんだから、ハマーリントも同じように手に入れられたんじゃないか、とは思いますが」
「つまり白だと?」
「公式にまとまってる情報からの推測以上のものではないです。つまり掲示板で白なんじゃないかなあ、って言ってる人たちと同じ」
だが、リリエルとの約束があるので、適当に掲示板からの受け売りを言ってごまかした。カナタが確認した日では黒6割と白4割くらいの論調のようだった。知っていることを話さないことに心は痛むが、約束は守らないといけない。
そのカナタの返答に納得したのか興味を失ったのか、ダニエルはクロエのほうに視線を移した。
「直接話した印象ですが、氷狼族は白ですね」
「ある意味一番聞きたかったのがクロエの判断だが、白か?」
「私の勘も大分入ってますが、白です。幸いにしてハマーリントを俯瞰できる場所まで私達は近づけたんですが、確信はできてませんが、見た感じ捜索をしている氷狼族がいました。自分達で焼いたなら捜索じゃなくて確認になると思うんです。あれは調査をしている動きだった、と思っています」
「なるほど、確認になるが、クロエとスイカが見ているからそういう動きをした、というわけではないんだな?」
「気づかれたのは、私達がハマーリントを見回した後で試みた狙撃に反応したんだと思ってます。何チームか接近を試みているのに気づいて、私達だけ通して、調査をしているふりだけ確認させた、という可能性は残りますが」
「裏の裏を考えていくと、ありとあらゆる疑念が否定できない、か」
ダニエルの言葉にクロエもデニッシュも頷いている。カナタは自分が発言するターンは終わったので、クロエ達が会話する様子を見ながら、タコときゅうりの酢の物を食べていた。どう手を加えているのか、とてもタコが柔らかい。
クロエから話を聞いて、しばらく考え込んだダニエルが最後にリリィのほうを見たが、リリィは首を振った。
「私は今日この街に来て、今こうして美味しい唐揚げを配って情報を仕入れているわけだ」
「新顔だと思ったが、そうだったのか」
答えたリリィはそう言いながらマヨネーズをつけた唐揚げを美味しそうに食べている。すると、ダニエルの質問の間は黙っていたソウジュウロウが今度は話を始めた。
「ハマーリントのことは置いておいて、氷狼族との戦闘状況はどうだ?」
「芳しくはないな。結局、旧ブランコ国立公園でも押し込まれた。そして改善の兆しというか対処法が見えてない。勝てる回もあるんだけど、肝心なところでシンプルに押されてる、って感じなんだよな」
デニッシュが若干不機嫌そうに状況を答えた。すると、聞いていたダニエルも苛立たしそうに言葉を継いだ。
「気に食わんな」
「そう言われてもな」
「あーいや、すまん。非難したかったわけじゃない。うちのクランがセセナゼやサニーヴェルとは別の方針で動いてるのは知ってると思うが」
セセナゼ傭兵団やサニーヴェルクランは、氷狼族や火龍族との戦闘に勝利することでゲームを進めることを目的とした大手クランだ。サイズは違うものの、カナタやクロエの所属するオニキス傭兵団もだいたい同じ方針だ。それに対してダニエルがクランマスターを務めている〈グランテックスクラン〉は点在するダンジョンの攻略を主にしている。氷狼族や火龍族と直接戦うことでしかゲームが進まないと考えているのが前者で、氷狼族や火龍族の弱体化スイッチのようなものがあるのではないか、と考えているのが後者だ。非公式的には前者は戦争派、後者はダンジョン派、と呼ばれている。
もっとも今のところどちらのアプローチもあまりうまくいっていない。前者の方針を採っているクランはいくつもあるが、火龍族との戦線は何とか持ちこたえているものの、氷狼族には押し込まれている。後者の方針を採っているクランは小規模なダンジョンの攻略はできているものの、肝心の〈七十二大迷宮〉の攻略がさっぱり進んでいない。七十二大迷宮というのはその名の通り大陸にある最大規模の72個のダンジョンだ。もっとも72個の中には名前はわかっているが場所がわかっていないもの、名前もわからないもの、場所は判明していても到達できていないものもある。何があるかはわからないが、何か進展があるとすれば七十二大迷宮だろう、というのはほとんどのプレイヤーの共通した予想だ。
カナタも当然有名どころのクランの状況くらいは知っていて、ダニエルのクランが氷狼族や火龍族との戦闘に重きを置いていないのは承知していたので、話の続きを促すように頷いた。
「今回、事前に協力依頼があってな、普段より多めに資源の融通をしたんだ。もちろんレートは変わってなくて、量が増えたってことだ」
「確かに、〈黒錆スライムコア〉なんかを私も融通してもらいましたね」
クロエが思い出したように補足した。〈黒錆スライム〉はリントンの南側にある攻略済みのダンジョンに生息していて、そのコアは魔力を帯びた樹脂系の素材と非常に相性がいい。クロエの銃にはふんだんに使われているはずだ。
氷狼族から得られるアイテム、火龍族から得られるアイテム、ダンジョンで得られるアイテムは当然いずれも違うので、プレイヤー間で取引されることになる。ダニエル達はダンジョン産のアイテムを売って、他のアイテムを買っていたわけだ。
「でだ。今回の作戦のために、うちの倉庫の在庫を緊急用の予備部材を残してほとんど吐き出した。うち以外のダンジョン派も似たようなものだと思う」
「それは……随分と思い切ったな」
「だろう?もちろん慈善事業じゃないからその分の金やアイテムはもらってるが」
ダニエルの言葉にその場にいた全員が感心したような目でダニエルを見た。
このマナプラネットオンラインでは、どこのクランも、あるいは個人単位であっても、入手したアイテムを使い切るというのは、推奨されない事柄だ。反対に装備の作成や補修用に余裕を持たせておいて、継続的な戦闘に耐えられるようにしよう、というのがベストプラクティスになっている。カナタも風燕の補修部材は自分で確保していた分から出した。
そういう事情があるのに、グランテックスクランの倉庫から緊急用の確保分に近づくまで融通した、というのはかなりの決断だったはずだ。
「方針は違うがセセナゼにしろサニーヴェルにしろ実力は確かなはずだ。それにうちが資源を渡して、それでもなお状況が解決しなかった、というのはかなりまずいぞ。相当まずい」
そこまで説明して、ダニエルはビールを一気に呷った。
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