ご飯を買おう(お酒は飲めない)(2)

「それじゃあ水炊きのセットと唐揚げを単品で2つ」

「あいよ」


 リリィは既に頼むものを決めていたようで、口頭でオーダーしている。リリィの注文を受けたオサムがカナタのほうを見てきたので、慌てて希望を言うと、クロエもそれに続いた。


「チキンライスのセットを1つ」

「私も同じものを」

「ほい。少し待て」


 先払いで支払いを受け取ったオサムが厨房の中にもどって、調理を始めた。と言っても、水炊きはすでに炊き上がっているものを小鍋にとって温めるだけだ。唐揚げは下ごしらえは済ませてあって、熱した油に衣のついた肉を箸でつまんで落とすとじゅわっという音といい匂いが厨房の外にまで届く。それらの作業に並行して手際よくチキンライスも作っていく。熱々の鉄鍋に油を敷いて、少し大きめにみじん切りにした玉ねぎと細切れにした肉を入れて、塩胡椒で味を付けた後、ライスとトマトソースを投入して全体を混ぜていく。


 カウンターからのぞき込むことしかできないが、オサムの手つきは熟練の料理人のものだ。カナタも家やゲーム内で料理をするとはいえ、手際ひとつ比べてもアマチュアとプロなので比較にならない。もちろん味も、自分で作るのも悪くはないと思うが、流石にプロの料理人に及ぶものではない。その手つきと漂ってくるいい匂いに感心していると、リリィに袖を引かれた。


「チキンライスは和食ではないような?」

「色々研究してるって言ってたよ?もちろん大抵の人はチキンライスくらいは作れると思うけど」

「和食の料理人とはいえ和食以外をつくれないはずもないか」


 そう会話していいるカナタとリリィの横でクロエが目をそらしたのは見なかったことにする。食べられないものを作るわけではないが、本人の名誉のためには触れないほうがいい。そういう詮無いことを考えていたら、あまり待つこともなく、おいしそうな料理がカナタ達の前に供された。


 リリィが頼んだ水炊きは大き目の底が深いお皿に白濁したスープが注がれており、白菜、手羽元、胸肉、きのこ、豆腐といった具材が盛りだくさんになっている。お盆の上には水炊きのほかに、ポン酢たれ、セットのご飯、お漬物、きゅうりとタコの酢の物、デザート用の苺のムースが乗っている。ちなみに、水炊きの皿は一見ただの陶磁器製の皿に見えるが、盛られた料理をそのままの温度で保ってくれるテクノロジーのサーモヒステリシス素材が使われている。


 さらに別のお盆の上にリリィが頼んでいた唐揚げ2皿が乗っている。見ただけでカラッと揚がっていてサクサクなことが分かる唐揚げが、流石に山のようにとはいかないものの丘のようにとはいえるくらいにんはこんもりと積まれていた。カットしたレモンとマヨネーズがそれぞれ別の小皿に分けられていた。


 カナタとクロエが頼んだチキンライスはお皿の上に半球形に盛られていて、存在感を主張している。自家製トマトソースで色付けされたパラパラの赤いお米やトウモロコシの黄色、グリーンピースとピーマンの緑色が美しいコントラストだ。そのセットの内容は飾り麩の入ったキャベツのお吸い物と、共通のお漬物と酢の物とデザートだ。


 頼んだメニューはそれぞれだが、どれもとても美味しそうで、三人とも目を輝かせていた。


「ほいよー、水炊きのセットと唐揚げ二皿、チキンライスのセット、チキンライスのセット」

「美味しそうだな」

「自分で言うのもなんだが、味は保証する。本当はここらで一番と言いたいんだが、ライバルが多いからな」


 リリィの賛辞に少し照れた様子のオサムが答えた。照れ隠しなのか、そのまま周辺の店を見渡していた。確かにカナタの感覚でもオサムが一流の料理を作ることには疑いがないものの、このフードコートにはつわものの料理人が揃っている。さらに現実とは違う食材、安定しないこともある流通、客層の老若男女の分布の違いといった悪条件にオサムも苦労しているようだ。


「それじゃああの辺にいますんで、いったん失礼します。料理ありがとうございます」

「おぅ。また来いよ」


 手に自分が頼んだセットを持って、カナタはオサムに礼を言った。クロエも同様に自分のチキンライスセットを持っている。お盆2つを持てるのかなと心配したが、リリィは器用に右手に水炊きセットを、左手に唐揚げの乗ったお盆を持っている。ふらつくこともなく安定しているので、もしかすると現実世界でもウェイトレスかそれに類するアルバイトをしたことがあるのかもしれない。


 そうして元の席のほうを見ると、デニッシュが元々使おうとしていたテーブルの隣に移っており、他にもう2人座っている。見知った顔なので特に驚くこともなく近づいていって、増えた2人にも挨拶した。


「こんちは」

「やあ……相変わらずオサムじいさんの飯もうまそうだな」

「よう。俺らもあとでつまみを追加で買いに行くかな」


 新しく増えた二人がビールのジョッキを上げて返事をしてきた。それぞれテーブルの上には誰が何を買ってきたのかはわからないが、肉まんが数個乗った皿、キャベツの上に焼鳥の盛り合わせが乗った皿、大きいハンバーガーの乗った皿が置かれていた。男3人でお酒を飲みつつ情報交換と洒落こんでいるらしい。


 カナタはお酒を飲める年齢ではないが、このフードコートで飲み会をしているプレイヤーはよく見かける。特に飲酒禁止ではないし、店舗数が多くメニュrーが様々なので色々つまめるので人気ということらしい。ちなみに、このゲーム内で未成年がお酒を飲むとお酒の味はしないくせにバッドステータスの酩酊状態になるだけで、文字通り百害あって一利なしになる。カナタも試してみたが小麦粉を溶かした味のしない水を飲んでいるようで、二度とやるまいと心に誓った。


 新しく増えた二人はどちらも青年の男性で、プレイヤー名をダニエルとソウジュウロウといった。ダニエルはカナタとは頭一つ違う長身で、民兵のような格好に掘りの深い顔が乗っている。ソウジュウロウも背は高く、日に焼けた浅黒い肌を剣術の道場着で包んでいる。両者ともにデニッシュの友人らしく、カナタは度々デニッシュが2人といるのと遭遇していた。たまにデニッシュと二人と一緒に作戦やクエストに出たので、お互いに顔と名前は一致して会ったら声をかけるくらいの仲にはなっている。


「早いですね」

「一個前の用事が中途半端な時間に終わってな、他に空き時間でできることもないからここで酒でも飲んでいることにした」


 ダニエルが焼鳥の下のキャベツを箸でつまんでかじりながら答えた。確かに予定時間が決まっている用事があるなら、時間の読めないクエストに行くよりはここで時間をつぶした方がよいだろう。そんなことを考えながら、元から使う予定だったデニッシュ達三人の隣のテーブルに自分の持っていたお盆を置いて席についた。リリィもカナタの隣に座る。と、カナタの正面に座ったクロエがリリィのことを半目でにらんでいる。


「なんでカナタにぃの隣に座ってるんですか」

「デニッシュが座っていた席が空いたからな」


 たしかに、もともとはカナタとデニッシュが片側に、リリィとクロエが反対側に座る予定だったが、デニッシュが隣の二人につかまってしまったので、デニッシュの席、つまりカナタの隣は空くことになった。リリィはそれを目ざとく見つけたわけで、何食わぬ顔でカナタの右側を占有している。


「まあまあ、唐揚げをわけるから」

「仕方がありませんね……買収されてあげましょう」


 しぶしぶ、といった態度を隠そうともせずにクロエが引き下がった。だが、カナタは別なことが気になる。


「食べるんじゃないんですか?」

「カナタは私が水炊きセットと唐揚げ二皿を一人で食べると?」

「だ、だってドーナツ十個も買ってたし」

「つまりドーナツ十個と水炊きセットと唐揚げ二皿を一人で食べると思っていた、と」


 適当に火に油を注ぐ結果になってしまい、リリィに半目でにらまれたので、あははと笑ってごまかした。その様子にひとつため息をついたリリィがテーブルの中央に唐揚げを置いて言った。


「冗談はさておき、唐揚げは賄賂だよ。聞き耳を立てるのを見逃してもらう代金とも言うが」


 そう言って、二皿のうち片方をお盆からとってデニッシュのいるテーブルに渡した。


「お、いいのか?気が利くな」

「情報料だ」


 お酒を飲んでいたデニッシュ達三人が嬉しそうにつまみに追加された唐揚げに箸を伸ばしている。それを見てカナタ達もそれぞれ自分の持ってきたセットに取り掛かることにした。



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