ご飯を買おう(お酒は飲めない)(1)

AD2051-04-05 21:30 (JST, 現実時間), 08:30 (MPO Local Time, ゲーム内時間)

プレイヤー共同拠点内フードコート



 倉庫の入り口側は武器や防具を販売している商店で区画が埋められているが、奥側はフードコートのような場所があり、周りに飲食物を売る店が存在している。しっかりとした店舗を構えているプレイヤーもいれば屋台をだしているだけのプレイヤーもいて、統一されていない印象を受ける。


 カナタはリリィ達を連れてフードコートに来ていた。まだ予定の時間までは大分あるので、席の埋まりはまばらだ。椅子もテーブルも無垢の木のように見えるSF的な最新素材で、そこだけを見ると落ち着いた印象を受ける。ただ、天井の広さや装飾の少なさも相まって全体としては少し閑散としていると表現して差支えない。しかしゲーム内ではまだ早い時間で人も少ないのに、すでに営業は始まっており、様々ないい匂いが鼻孔をくすぐる。


「この辺でいいかな」

「前のほうに行かなくていいのか?」

「話の中身は知ってるし、前のほうは西側で戦ってる人たちが来るだろうし……リリィには必要だったら僕らから補足はするけど」


 カナタが指したのは端のほうの長方形の四人掛けのテーブルだ。リリィが目線を向けてクロエとデニッシュのほうを確認したら、二人とも頷いてそれぞれ椅子を引いていた。長方形のテーブルで、クロエがカナタの正面、デニッシュがカナタの横だ。


 さらにクロエが口を開いて補足する。


「なんなら今回の共有内容は私が報告した内容も含まれているし」


 そう言ったクロエは少し自慢げだ。カナタも聞かされたが、ついに敵の指揮官であるリリエルとプレイヤーで初めて邂逅することができたらしい。もちろんこれまでも遠目に存在を確認できてはいたが、至近距離で会話できたのは初めてのことで、得られた情報も多かった。


「ふむ。それならここでよさそうだな。私も前のほうに座って何か質問をしたいわけでもないし」

「そだねー。ご飯を買いに行こうか。何にしようかな」


 クロエは、ここに来たときはいつもそうだが、既に食べ物に意識が向いているようだ。他に人が来てもいくらでも空いている席はあるが、一応クロエがインベントリから取り出した空の薬瓶で席を利用中であることを主張しつつ、まわりを見渡している。


「おすすめはあるのかな」

「オサムじいさんの店に行こうかなと」


 このフードコートは料理をするプレイヤーが腕をこらして店を構えていて、そのレベルはどこも高い。NPCもわざわざ食べにくるくらいで、今は時間がずれていて人は少ないものの、ゲーム内で夜の時間にもなれば混雑して席をみつけるのも難しい。


 その中でもいくつかカナタがお世話になっている店があり、いわゆる安牌の店の名前を挙げた。


「メイリンの嬢ちゃんの肉まんとワカツの旦那の焼鳥も捨てがたいが」

「適当に持ち寄るってことでどうかな?デニッシュさんもどうせ色々食べるっしょ?」

「そうだな」


 一方で、デニッシュもお気に入りの店を挙げている。デニッシュがここに来た時にいつも最初に頼んでいるメニューで、どうやらお酒を飲むつもりだ。結果としてクロエが提案して、各人が思い思いに買った皿を持ち寄ることになった。


 なので、カナタが先ほど挙げたオサムじいさんの店に向かって歩き出すと、何故かリリィもクロエもカナタについてきた。


「この流れならリリィさんはデニッシュさんについていくべきなんじゃない?」

「初めて来たところで何があるのかもわからないから、まずはついていって周りの店もみようかと。買い足したっていいわけだしな」


 カナタを挟んで女の子二人が言葉を交わす形となって微妙に居心地がよくない。だが、どうせ店まですぐなのであまり気にせずに歩いていくと、二人が少し遅れてついてくる。カナタが歩いている方向を見たリリィが、店について聞いてきた。


「あの、和食屋、か?」

「うん。オサムさんはリアルでも料理人だったらしいよ」

「過去形なのか」

「ちょっと前に息子さんにお店を譲ったんだってさ」


 リリィが、達筆すぎて読めない屋号の書いてある古い木の看板を見て、不思議そうな顔をしているが、カナタの説明でとりあえず和食屋であることはわかったようだ。


「リアルのお店にも招待してもらったことがあるけど、美味しかったよ」

「行ける範囲に住んでてよかったよね……お漬物すら感動する味だったからね……」


 少し前にクロエとカナタはオサムの息子が継いだという店に招待してもらったことがあった。思っていたより高級店というか本当に高級な割烹で、とてもカナタやクロエの自腹では入れないような店だったが、客の少ない日のランチをオサムと一緒にご馳走になったのだ。


「その様子だと期待できそうだな」

「うん。今日のメニュー何だろうね」


 二人を見ていたリリィも味に思いを馳せているようで、顔がほころんでいた。ただ、味は保証できるものの、仕入れた素材によってメニューが日替わりなので何が食べられるかはカナタにもクロエにもわからなかった。


 確保した席から遠くない場所にあるので、それ以上の会話をする間もなくテーブルの間の通路を通って店の前についた。カナタがカウンターを覗き込むと、カウンターに背を向けて、白髪だが体格のいい老人が厨房の寸胴鍋に向かっていた。


「こんちはー」

「んー?その声はカナタだな。ちょっと待て。えらく早いな」


 老人が味見用に手に持っていた小皿を台に置いて、こちらに向くと深い彫りの顔が露になる。一般的な成人男性と比較しても大柄な体には屋号が白い文字で書かれた緑色の前掛けを身に着けている。腰には調理用の包丁とは別に鉈のような長い刃渡りの刃物を下げていた。


「ご飯でも食べながら今日のミーティングを適当に聞こうかと思って」

「忙しくなりそうだからいろいろ仕込んでいたが、そうか。もう気の早い連中は来るのか」

「気が早いわけじゃないけど、用事が終わって時間が空いてる」

「そういうこともあるか」


 老人は背が高く、カナタもクロエもリリィもカウンター越しに見上げる形になってしまう。厳つい顔つきではあるものの、孫のような年齢の3人に見上げられて、その顔には笑みが浮かんでいた。


「新顔がいるな」

「リリィだ。よろしく」

「じじいがゲームをやっているのは珍しいな、と思っていそうだな」

「よくわかったな」

「顔に書いてある」


 横にいたカナタにもリリィが好奇の目を向けていたのはわかった。カナタは正確な年齢は知らないが、現実世界で会った時の印象ではオサムの年齢は60歳を越えているはずだ。


 マナプラネットオンラインでは体格はあまり現実と違う形にはできないが、顔の造形は体形よりは自由度が高い。だが、目の前のオサムは現実よりは少ししわが減っているもののそれ以外は特に変更しておらず、老人だということがわかる顔だ。


 そしてこのゲームに限らずほとんどのVRゲームのプレイ層は10代後半から40代くらいまでが中心なので、60歳を越えているプレイヤーは珍しかった。カナタの知り合いではオサムを含めて片手で数えられるくらいしかいない。


「まあ、いろいろあってこのゲームをやることになって、な」

「何か続けている理由が?」

「こう……タイヤくらいの太さのボアを自分で狩って調理する体験は現実では出来ないからな。そもそもそんなサイズの蛇なんかいないし」

「なるほど」


 リリィがカナタの横で興味深そうに相槌をうって、老人を上から下までじっくりと見ていた。もう少しじろじろ見ていたら失礼にあたるくらいにはじっくりと観察していた、と言ってもいいだろう。だが、その観察は老人の言葉で中断されてしまった。


「で、何食うよ」

「メニューは?」


 リリィの質問に、オサムがにっと笑って左側にあるタブレットを指さした。カナタも確認すると、一応和風のフォントで、長尾鳥の水炊き、長尾鳥の唐揚げ、長尾鳥のチキンライス、地元のじゃがいもと牛肉のコロッケ、などが並んでいる。この店のお品書きは注意書きがない限り、どれも単品の注文もできるし、ご飯とお吸い物をつけてのセットでの注文もできる。


「今の話だと蛇料理が出てくるかと思った」

「あれは……俺が料理してもなかなか美味しくはないな」


 オサムの苦い顔を見たリリィがこちらを見てきたので、カナタとクロエはそろったように首を振る。食べさせてもらったことはあるのだが、オサムの腕をもってしても、あのキングリバーボアの肉は、何というかうま味の抜けたささみ以上のものにはならなかった。もちろんカナタや他のプレイヤーが料理しても同様だ。最終的には、タンパク質源として加工されるんだろうということでNPCに売るのがよい、というのがプレイヤー間での一致した見解となっている。


 頭を切り替えてメニューを見なおしたカナタも気になったことがあった。


「鳥が多いけど」

「あれ、知らないか?ニキータの嬢ちゃん達が大量に長尾鳥狩ってきてな。何でも〈長尾鳥の羽〉が欲しいらしい。それで余った肉や骨はこうして食材になっているわけだ」

「そういえば尾も安くなってた」

「羽以外は不要なんだろうな。で、肉を俺みたいな料理人に大量に卸してるわけだ。こういう風に食材の価格が短期間に大幅に変動するのも現実世界ではやってこなかったことだから、それに合わせてメニューを考えるのもまた楽しいところだ」


 現代の日本では様々な分野でAIやロボットが投入されて自動化も進んでおり、第一次産業も例外ではない。カナタの家でも、カナタの父がサラダ好きなので工場で完全に人の手を介さずに水耕栽培されたレタスがほぼ毎日食卓に上がっている。もちろんオサムの店では昔ながらの天然の素材も食材としているが、そういう素材も流通面での技術の進歩の恩恵には預かっていた。結果として、ほとんどの食材の値段は概ね安定しているといって差し支えなかった。


 それがこのゲームの中では、例えば戦争・プレイヤーによる乱獲・日本では起こらないような災害といった要因で、食べ物の仕入れ値も乱高下することが度々あった。今回も長尾鳥の供給量が短期間に増えて安くなったのでメニューに占める割合が多くなっている。

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