武器を購入しよう(ネタ武器はいらない)
つなぎを着た女性が、新しく来たリリィとついでにカナタに気さくな様子で挨拶をした。
「チナツだよ。ようこそC6uへ」
「リリィだ」
「新しいお客さんを歓迎したいところだけど、先に早く終わる客の相手をしよう」
そう言ったチナツが、カナタのほうを手招きしたので、カウンターに寄った。カナタには見えないが、ウィンドウを操作したチナツがカウンターの上に二振りの刀を置いた。どちらも鞘に入っているが、片方は先日修理を依頼して預けていた風燕で、もう片方は新しく注文した刀だ。
まず白い鞘に入っている風燕のほうから受け取って、周りを確認してから鞘から刀を抜いた。ハマーリントで酷使して、ぼろぼろだった刀身がまるで新品のように、というかゲーム的には耐久値が復活したら新品と変わらないのだが、きれいになっていてきらりと光を反射する。周りにいるリリィやデニッシュも感心したようにその刀身を見ている。
「代金をもらえるなら仕事を選ぶつもりはないけど、何を切ったらあんなに刀がぼろぼろになるんだ」
「あはは……」
ハマーリントでの出来事はリリエルに秘密だと言われているので、詳細はチナツには話しておらず、単に刀だけ渡して修理してもらった。だが、渡した時にも、修理しているときにも、折れる寸前といって差し支えない刀の状況を詳細に見たチナツから疑念の目を向けられるのは避けられなかった。もっとも、秘密にしなくてよくてもコンクリート素材、熱で赤くなっている鉄骨、燃えている真っ最中の木材を切りました、と言ったら流石に怒られる気がするので、どちらにせよ愛想笑いでごまかすしかない。
そして、愛想笑いの代償というわけではないのだが、半ば押し売りされたのがもう1本の刀だ。風燕はカナタのステータスと戦い方に合わせて物理攻撃力と魔法攻撃力の両方が上がる特殊なカスタム品だが、もう1本の刀は物理攻撃力のみが上がる一般的な物理武器だ。ただ、NPCの店で売っている刀よりは当然いい性能をしている。新しい刀も同様に抜くと、こちらは金属の色なのか暗紫色の刀身が空気にさらされた。
「修理代金を取っておいて言うのはあまりよくないんだが、風燕はスペック的に限界だと思うよ」
「ですよねぇ」
風燕はアイテムランク6の武器で、ランク6の武器が主流だった時には最高級品の一歩手前くらいだったのだが、アイテムランク8の武器が出てきた今となっては型落ちを避けられなかった。それでも修理してもらったのは色々と愛着があったからだ。
もう1本の刀、アイテム名は〈CK080-黒菫〉、は特別な能力などは何もないものの、性能だけ見るとランク7の武器の中でも上のほうに位置しており、今でも十分に通用する。
カナタはリリエルからもらった瑠璃薄荷をメイン武器にして、黒菫は予備の武器、風燕は修理はしたものの倉庫行きとするつもりだった。だが瑠璃薄荷のことは当然秘密なので、チナツが型落ちとなっている風燕の更新を勧めるのは当然ともいえた。
「で、風燕の次はいつ注文してくれるんだい?」
「あはは……お金ができたらですかね?」
今瑠璃薄荷のことをチナツに知られてしまうと、上客を逃したと拗ねられてしまう可能性が非常に高いので、笑ってごまかした。実際問題、カナタは装備が物理と魔法の両対応にする関係でいつも金欠で、風燕の次を誂える余裕はなかった。また、いずれは他のプレイヤーにも見られてどこで手に入れたか詮索されるだろうとは思うものの、幸いにして直近では他人がいる場所で戦う機会もなく、誰にも見せていない。
「デニッシュの首狩丸もそろそろ更新の時期だと思うよ。風燕より差し迫ってるということはないけど」
「む?」
「自分でわかってるくせに。最近の敵相手に攻撃力が足りてないか手数が足りなくなってるかしてるでしょ。柄や刃で攻撃を受けた跡が増えてるよ」
「それなんだよなぁ。次は攻撃力と取り回しを両立させられるだろうか」
「なんとかするよ」
話を振られたデニッシュも難しい顔をしている。デニッシュが背負っている大きい斧が首狩丸だ。カナタも何回もその斧に助けられたことがあるが、どうやら更新時期のようだ。そんなカナタとデニッシュの様子を見たリリィが、店舗の様子を眺めながら呟いた。
「悪い武器屋ではなさそうだね」
「それはどうも。それで何かお求めかな」
「片手剣がほしいんだけれど」
リリィが腰に下げている剣を見せながら答えた。鞘から判断するとNPCの店で売っているC32Fリニアブレードだ。カナタ自身は持っていないが、悪くはない武器だそうで持っている知り合いも結構いる。
「とりあえずこれカタログ。急ぎじゃないならオーダーメイドも承るけど」
「見せてもらおう」
チナツがリリィにタブレットを渡している。チナツの店では素材を持ち込んで自分専用のカスタムで武器を作ってもらうこともできるし、ある程度テンプレに沿ってチナツが作っておいた武器をカタログを見て買うこともできる。先ほど渡されたカナタの風燕は前者で、黒菫は後者だ。
渡されたリリィが形のいい指でタブレットでページをぱらぱらとめくる。片手剣は人気なので常に一定の需要があるから、品揃えも豊富だ。
「この〈CSW221-シグナルサーベル〉と〈CSW218-エンハンスブレード〉〈CSW227-ブルーロッド〉を見せてもらっていいかな」
「あー、ブルーロッドは昨日売れたから在庫ないかも。前二本はあるはず。どっちにしろ倉庫見てくるよ」
リリィから見せてほしいと言われた剣を取りに、チナツがカウンターの奥に引っ込んでいった。その間にリリィは剣以外のページも見ているようだ。
「棍と棍棒と金棒のページが分かれているし、十手まである。鎌と鎖鎌と大鎌もページが分かれてる」
「十手はネタ武器だよ」
「ネタ武器という割には種類が多いな」
「ネタ武器でも愛好者はいるし、あと武器の研究目的で一定の需要はあるみたい」
驚いた様子のリリィにカナタは解説してあげる。実際に、カナタも刀をもった相手に対する十手の立ち回りを研究する、という変わった実験に付き合ったことがある。確かに鈎の部分で刀を受け止めるという使い方をされるとかなり戦いづらかった。
納得したような理解不能なものを見たような目でリリィがさらにページをめくっていった。
「ガンショップはさっきこことは別にあったが、銃も取り扱ってるのか?」
「ほとんどは委託販売だったりOEMだったり、あと店頭受け取りサービスはやってるかな」
今度はクロエがリリィの疑問に答えた。〈鍛冶〉関連のスキルに特化したチナツが作ることができるのは概ね剣や槍や斧で、〈銃作成〉関連のスキルが必要な銃器類はいいものを作ることはできなかった。
しかし、どちらかといえば利用者の利便性のために、別の銃職人が作った銃を委託してもらって販売していたり、取引した物を預かっておいて受け渡すといったサービスをしている。クロエが受け取ったライフル――特殊合成樹脂の固定式ストック、8発しか入らない弾倉、ボルトアクション、前側の二脚という彼女のこだわりの仕様――も、そういうサービスで別の銃職人に渡した整備上がりをここで受け取ったものだ。
「40ワットのフェイズドプラズマライフルは売り切れか」
「おまたせ。ブルーロッドもあったよ。売り文句にするわけではないけど最後の一本だね……在庫のために作っておかないと」
「ありがとう」
リリィが他のページの内容も確認していると、戻ってきたチナツが剣を3本カウンターに置いた。どれも細身の直剣で、扱いやすくプレイヤーに人気の武器だが、最近は火龍族にしろ氷狼族にしろ防御力が上がっていて攻撃力が不足しがちになってもいる。リリィはそれを気にした様子はなく、持ってこられた3本の剣を順に検品しだした。
「んー」
1本目のシグナルサーベルを鞘から抜いて、少し見た後で何かが気に入らなかったのか、微妙な顔をして鞘に戻してカウンターの上に置いた。
そのまま2本目のエンハンスブレードを手に取って、飾り気のない灰色の鞘から、こちらも飾り気のない銀色の剣を引き抜いている。エンハンスブレードはお気に召したのか、周りを確認した後で振って使い勝手を試していた。剣捌きを見る限りではかなりこの類の剣を使っているようで、振られた剣の軌跡には迷いも歪みもない。ひとしきりの型を試した後、チナツに礼を言って鞘に納めてカウンターに戻した。
最後の3本目のブルーロッドは青い鞘に入っていて、名前の通りリリィが引き抜いた刀身も青い。カナタは自分の武器には使ったことがないが素材として〈青石灰石〉が入っているとこの色になったはずだ。単に人気の色がつくだけでなく、武器の性能をシンプルに強化してくれる人気素材なので採取の依頼は何回も受けている。こちらの剣もリリィは気に入ったようで、袈裟切り、唐竹割り、突きなど、何回か剣の型を試している。しばらくしてから鞘に戻してこれもカウンターに置いた。
その様子を眺めていたチナツが感想を聞く。
「どう?」
「試し切りをさせてもらっても?」
「どうぞどうぞ」
よくあることなので、チナツが布を取り出してカウンターの上に置いた。試し切りの後に刀身を拭く用だ。一つ頷いたリリィが、一旦カウンターの上に戻したエンハンスブレードとブルーロッドを鞘から抜いて、エンハンスブレードのほうを左手に持った。
カナタは見ていて何をするのかと思ったが、それをリリィに聞く前にリリィが右手に先ほど買ったドーナツを取り出して、上に放り投げた。その場にいた全員の視線が高く投げられたドーナツに集中する――と、その刹那、剣閃が二回走った。ちょうど120度ずつ、みっつに分割されたドーナツが重力にひかれて落ちてくるのを、リリィが両手で受け取る。二本の剣はいつの間にかカウンターに並んで置かれていた。
全員が顔に疑問符を浮かべているが、代表してチナツがカナタも聞きたかったことを聞く。
「ドーナツに剣が触れてなかったような気がするし、いつの間に剣をカウンターの上に戻したかわからなかったんだけど」
「どちらかと言えば手品に近い。いい剣だね」
リリィが、チナツに受け答えをしながら、3等分したオールドファッションドーナツをチナツとクロエとデニッシュに渡した。三人とも不思議そうな目で渡されたドーナツを見ていたが、結局は思い思いに口に入れた。
そして試し切りに使った2本を布で拭きながら、リリィは注文を決めたようだ。
「この二本をもらおうかな」
「二刀流?」
「できなくはないけど、予備だね」
「そっかー。二本買ってくれるなら新顔だしおまけしちゃおうかな。合わせて1.8Mで」
値段を聞いたリリィが手元の端末を差し出して、チナツの端末で読み取って、リリィが自分の端末で確認を行って、支払いが完了した。端末を締まったリリィが、今まで下げていた剣を鞘ごとインベントリに格納して、新しく買った二本を左右の腰に一本ずつ吊るしている。もともとは一本だったのだが、二本に増やしてもその立ち居振る舞いに何の違和感もない。
「さて、私の用件は終わったが」
そう言ったリリィがカナタやクロエやデニッシュを見回す。当然、カナタ達より先に来ていたクロエやデニッシュの用事は終わっているし、カナタもリリィの前に受け取りを済ませており、他に補充しないといけない消耗品などもないため、特にここですることは残っていなかった。なので、クロエとデニッシュも誘って、次の予定の場所に行くのがよさそうだ。チナツとチフユは残念ながら店にいないといけないので一緒に来ることはできないが。
「次の場所に行きましょうか」
そうして4人で共有会の場所、ここから少し行ったところにあるプレイヤーの店舗や屋台が並んでいるフードコートのような場所に向かって歩いて行った。
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