武器屋に行こう(悪い人たちではない)
「それでー、ラブホのそばで二人は何してたのかなー?」
「げほっげほっっなにを言い出すんですかいきなり」
チフユは運転しながらリリィから譲られたドーナツをもぐもぐと食べていたが、少し走ったあたりで、唐突にチフユがカナタに聞いてきた内容は、カナタの思いもよらないことでむせてしまった。
「いやだってラブホのあるほうから来たじゃん」
「それが、今日会ったばかりなのに連れ込み宿のほうへ連れていかれたのだ」
否定はできない事実ではあるのだが、おそらく悪乗りしたリリィが言いながら、バックミラーごしにカナタのほうを意地悪な表情で見てきた。
「女の子がラブホラブホ言うんじゃありません!!」
「おぉー可愛い顔をしてカナタ君もやるなー」
「してませんからねっ!?」
「あははー。知ってるよー。カナタ君の年だとこのゲームでは悪いことできないだろー。でも男は狼なのよって言うからなー」
むー、と口をとがらせてチフユのほうを見たが、全然気にしてもらえない。肩をおとして助手席に深く座りなおして、行儀悪く膝をかかえてしまう。するとカナタをからかうのに飽きたチフユが今度は矛先をリリィに向けた。
「でも最近は女の子のほうが狼の場合もあるなー」
「そそそそそんなことはないぞ私はおしとやかだぞ」
「なんでそんなに慌てるのさー?もしかしてリリィさんのほうが連れ込んだとかー?肉食系だなー?」
「私は雑食だぞ決してカナタのことをおいしそうとか思ったとかそんなことはないぞドーナツのほうがおいしいぞ」
「んー?」
あまりにもリリィが動揺するので、疑問に思ったのかチフユがカナタのほうに視線を向けてきた。よくわからないがこの益体のない話を続けていても仕方がないしいつ次の爆弾が放り込まれるかもわからないので、ここは強引に話題を変えることにする。
「西のほうはどうですかね?何か目新しい情報あったりします?」
「んー、特にイベントが起こったとは聞いてないけど、今日最新情報を聞けるかなー?」
リントンの街から西にいくと、グリムウッド城塞という人族側の拠点がある。さらにそこから西にいくとプリエ河という大きい河川がある。そのグリムウッド城塞とプリエ河の間の土地で人族と火龍族とが睨みあっていて、戦闘行為が続いている。一進一退というよりは若干押され気味だが、河川のおかげで何とかなっている、と聞いている。
カナタの持っている情報はフレンド経由のものだが、職人で色々な話を聞くチフユも特に目立った情報を持っていないということは、概ね状況は変わっていないようだ。今日の状況共有に西で戦っているプレイヤーが来たら、何か別な情報を持っているかもしれないが、それより前に同乗者にも話を振ってみる。
「リリィは何か知らない?東から来たって言ってたから詳しくないかもしれないけど」
「伝聞情報では、錬金術の釜のようだ、とは聞いた」
「なにそれ」
「戦線は維持しているが、アイテムや人のリソースを無限に飲み込んでいるらしい」
「それは事実だよー。前線に付随してる職人の子が泣いてた。ただレベリング効率はいいらしいよー」
うわぁ、という感想しか出てこないリリィからの情報だが、チフユによって肯定されてしまった。ちなみに、リーズラント公国を選択した新人プレイヤーは首都近辺で少しだけレベリングをした後、ハードな最前線でレベリングをするのが通例になっていて、リントンの西側の戦場はそのレベリング場所のひとつにもなっている。
幹線道路を車を走らせること10分、カナタの乗った車は路肩を超えて駐車場に入った。駐車場が広く、まばらに色々な乗用車やバイク、トラックや装甲車が停まっている。その中にはカナタのフレンドの見知ったスクーターやバギーもある。
チフユが駐車場の中を斜めに運転して、建物の近く、駐車場の奥のほうに車を止めた。
「さてついた」
「倉庫に見えるけど」
カナタは何回もここにきているが、初めてのリリィが興味深そうに目の前の建物を見ている。リリィの言う通り、目の前の建物は日本のものよりも大分大きい倉庫だった。カナタ達がいる面からみると、側面にはトラックを横付けして物を運び出せる荷出し場もある。
この倉庫はプレイヤーが合同で借り上げていて、中にはプレイヤーの店がいくつも入っている。隣にいるチフユの店もそうだし、他にもカナタがお世話になっている薬屋や魔法店もここにある。
「いくつかのクランとプレイヤーで合同で建物ごと借りてるんだ」
「ここと隣がそうだよー。うちの店もこの中にある。そういえばもう1個隣も借りませんかっていう話が来てたなー」
「ふむふむ」
車を降りながらリリィに説明すると納得して、また建物を見上げている。カナタも初めてここを見たときにはその大きさに戸惑ったものだ。
「ここに来たら必要なものは大抵そろうと思うよー」
「便利だが、車が要りそうだな」
「なんと借主との契約で街との間のバスも運航されています。チフユさんに拾ってもらわなかったらそれに乗るつもりだった」
「それはすごい」
トランクから荷物のハンドキャリーを回収したチフユが、木箱の乗ったハンドキャリーを引きながら歩き出したので、カナタとリリィはついていく。建物の入り口をくぐると、内部には広い天井と対照的に雑然とした床側の店舗の並びが現れた。
入ったところの左側にはガンショップがあり、現実にありそうな拳銃やライフル類や、あるいは現実にはないレーザーライフルなどの光学銃や魔法銃が所狭しと壁にかけられている。ただ、以前カナタが店番をしている人に話を聞いたところ、実際にはここの店は出張店舗とのことで、プレイヤーとのやり取りはアイテムの受け渡しがメインで、展示されているのは見本らしい。
右側にはハロウィーンのような怪しい装飾のレンガ風の壁で囲まれた店があり、店頭では火もないのに寸胴鍋くらいの大きさのフラスコの中で毒々しい紫色の液体がぐつぐつと煮えて泡を立てている。こちらはカナタは入ったことがないので中で何を取り扱っているのは知らなかった。と、いうか誰かが入っていっているのをみたこともない。
通路となっているところを3人で進んでいくと、左側にシンプルな白地に紫でサンセリフ体でC6uと書かれたロゴの店に到着した。ここが目的地なのだが、それを紹介する前に、またリリィに袖を引っ張られた。
「なんかすごいのがいる」
「あー、どっちも知り合いで問題ないから」
カウンターのところに、背の高いスキンヘッドの男と、とんがり帽子にマントをつけた小柄な女の子がいた。男のほうは砂漠仕様の迷彩服の上にプロテクターをつけて、背中に大きい斧を背負っている。女の子のほうは一見魔法使いのように見えるが、長いスナイパーライフルを抱えている。
店に入ってきた三人に気付いた女の子が、自分たちの話を中断してこちらに話しかけてくる。
「あ、カナタにぃじゃん」
「おっす。見ない顔がいるな」
カナタが手を上げて二人に答えると、男が新顔のリリィに興味をひかれた様子で話を振ってきた。
「よろしく、リリィだ」
「デニッシュだ」
「クロエだよ……リリィさんはカナタにぃとどういう関係なのかな」
リリィはデニッシュ、クロエの順に握手をしていたが、クロエが何故かリリィの手を握って離さないまま話を続けている。心なしか笑顔がぎこちなく、手には力が入っているように見える。
「お子様にはちょっと言えないようなところに一緒にいく仲だよ」
「幼馴染の私というものがありながら」
クロエはカナタの現実世界での親友の妹で、カナタとカナタの姉とクロエとクロエの兄の四人は小さいころから家族ぐるみの付き合いがある。クロエの年齢はカナタの1つ下なので、本当はお子様と言われるほど小さいわけではないのだが。
だが、リリィはそんなことを気にせずに言葉を継いでいく。
「こう、レディースコミックみたいなあれやそれやふぎゃ」
「嘘八百を並べない」
このままだとあることないこと吹き込まれそうなので、後頭部にチョップを入れて止めた。リリィとは今日が初対面だが、カナタの姉と同じく放っておくと碌なことにならないと脳みそのメモ帳にしっかり書いておく。
「ま、まぁ私はカナタにぃを信じてたからな。実は巨乳好きだったなんて疑ってないぞ」
「確かにカナタは私の胸を見てたな」
「見てません」
実際には割と大きいのを見ていたし何なら触ったのだが、ここは名誉のために見なかったことにする。そして名誉のために急な話題転換もやむをえない。
「で、ここがチフユさんとチナツさんの武器防具屋です」
「ふむ……カナタの武器や防具もここで調達してるのか?」
「基本的にそうですね。NPC店売りの武器を買うことはあります」
「いい店だよね」
クロエの言葉に、カナタも、苦笑しながら様子を見ていたデニッシュも、異論はないので頷く。実際、カナタもクロエもデニッシュも武器の調達や整備でお世話になっているから今ここであったわけだし。
すると、いつからいたのか分からないが、カウンターの中から緑色のつなぎを着た女性に声をかけられた。
「寸劇は終わったかな」
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