デートのようなもの(いかがわしくはない)

AD2051-04-05 20:20 (JST, 現実時間), 07:20 (MPO Local Time, ゲーム内時間)

リントンの街の南東部



 カナタはリリィと隣り合って歩いていた。2人してさっきドーナツショップで買ったドーナツを食べている。カナタはオールドファッションとチョコグレーズドを買って、今食べているのはチョコのほうだ。リリィはオールドファッションを3つ、オレンジチョコのかかったドーナツを2つ、ストロベリーチョコのかかったドーナツを3つ、生クリームの入ったドーナツを2つ買っていた。この後行く予定の場所にもご飯処やスイーツ店はあると説明はしたのだが、リリィは気にせずに合計10個もドーナツを購入した。ただ、全部食べるつもりはないらしく、今食べているオールドファッション1個以外はインベントリに入れていた。


「カナタおすすめの店なだけあるな」

「ホールドーナツ2号店はこの辺で美味しいお菓子が食べられる店の1つですね。愛用してます」

「ところで、だ」

「はい?」


 ドーナツからいったん口を離したリリィがカナタのほうを向いて話題を変えてきた。


「カナタと私はさっきの曲がり角で右に曲がったよね?」

「そうですね」

「そしてその前と、前の前の曲がり角でも右に曲がったよね?」

「そうですね」

「それで私達は今またホールドーナツ2号店の前にいるわけだ」

「あれ……?」


 リリィの指摘に首をかしげるが、確かに角地に店舗を構えているホールドーナツ2号店が目の前にある。まさにここで先ほどドーナツを買ったのは記憶にある。店員のお兄さんもさっきと特に変わっていない。店内で美味しそうにドーナツを食べている客の数はちょっと増えてはいる。


「氷狼族か火龍族か新手のスタンドの攻撃を受けている?」

「そんなわけないだろう」

「気を取り直して、こっちですね」


 せっかくなのでドーナツの包み紙だけ捨てた後、あらためてウィンドウに地図を表示して、目的地も表示して、向いている方向も確認して歩き出した。






 地図を確認して向きも確認してしばらくはよかったのだが。カナタは慌てた様子のリリィに呼び止められてしまった。


「待て待て待て」

「はい?」

「こう見えても私も女の子なわけです」

「僕が男の子に見えないという人はいても、リリィが男の子に見える人はいないと思いますよ?」

「それではここで周りを見回してみましょう」


 今カナタ達がいるのは、バーや居酒屋やケーキ屋が並んでいた大通りと交差していた小さな水路沿いの道だ。カナタ達が歩いている側も、水路を挟んで反対側も、おおむね石造りの3階から5階建ての建物が並んでいる。たまに6階よりも高い建物もある。ただ、建物は石造りといっても、実際には石造りに見えるSF的な最新素材らしい。


 そして、現実では夜だがゲーム内ではまだ朝なので、店もほとんど開店前だし、人通りはほとんどなく、きれいな水路で泳いでいる魚のほうが数が多い。


「……?」

「かわいく首をかしげてもだめだぞ……」

「……???」

「もしかして、本当にわかってないのか?」


 リリィがカナタの傍によって、耳に顔をよせてきた。内密にするような話はないと思うのだが。


「このへんの建物は連れ込み宿だ」

「っぅっ!」


 少しだけ恥ずかしそうに小声で聞かされた内容に思わず大きい声を出しそうになったが我慢した。それでも顔は赤くなる。だが、顔を離したリリィから追いうちされた。なぜか腕でカナタの視線を遮るように胸を隠している。


「あんなことやこんなことをしたいのかもしれないけどだめだぞ」

「しません!」

「それはそれで傷つくが、法律2つとカナタの住んでるところにもよるけど平均して条例0.3個とあと利用規約の違反だぞ」

「というかシステム的にできないじゃないですか」

「それはそうなんだけど、その、私達がどう周りから見られるかを想像してほしい」

「……ごめんなさい」

「あと、ぬけみちがないわけでもない」


 最後にリリィが小声で何かを言っていたのは聞き取れなかったが、言い訳のしようもない失敗なので素直に頭を下げた。さらに悪いことに、この道は昼間だが普段から何回も通っていたことを思い出した。確かに一人でいても何か変な目で見られることはあった気がする。


 ただ、カナタが想像できなかったのも無理はない。マナプラネットオンラインに限らず、たいていのゲームでは「そういうこと」をするのは18歳以上の年齢制限がかかっている。カナタはこの制限にひっかかっているので「そういうこと」は出来ないわけだ。それに、マナプラネットオンラインでは「そういうこと」用の追加機能はないし、何より街中でも安全とは限らない――お楽しみの最中に手榴弾を投げ込まれたり迫撃砲を撃ち込まれたりするくらいなら別のゲームをするだろう――ので、大人にも需要はほとんどないので話題にも上らない。


「もしかしてこれまでここを通っていた時も」

「まー、見た人がカナタを女の子だと勘違いしてくれれば……いやだめか。そんなに睨まないで」

「僕は男ですからね!?」

「確かに女の子を連れ込む可能性が高いのは男だからカナタが男の蓋然性は高いとは言える」

「……条件付確率でごまかされたりしませんからね?」

「武器屋に行こう。時間を無駄にすることはない」

「ごまかされたりしませんからね?」

「遺憾ながら直進したほうがここを抜けるには早そうだ」


 そういってすたすたと歩き出したリリィに、ため息をひとつついてからカナタもついていった。






 幸いにして何事もなく路地を抜けて、再び少し大きい通りと直交したのでそちらを進む。と言っても流行していない商店街のような場所で、こちらも人はあまりいない。並んでいる店はショーケースに服が並んでいたり、おそらくあと何時間かすれば精肉が売られるであろう棚があったりする。


 これまでに通ったことがない通りだったので、興味深そうに周りを見渡していたら、リリィのほうから声をかけられた。


「そういえば用事があるとか」

「ここから北にいったところにある旧ブランコ国立公園跡とハマーリントでの作戦結果の共有会がこの後に」

「……ニュースでは見たけど、かなりまずいよね?」

「旧ブランコ国立公園の防衛線も突破されて、ハマーリントも失陥。この街が防衛線になってしまったのも痛いですが、何より人間の街がついに防衛できなくて失われた、というのが尾を引いてます」

「それは痛いね」

「ハマーリントの奪回のために攻撃を企図していますが……私見では、ここから大規模な戦力を北に送るのはどうかと」

「西に火龍族がいるから?」


 リリィの質問にうなずきで肯定を返す。ここリントンの街はカナタ達リーズラント公国の勢力圏の北西に位置していて、北に氷狼族、西に火龍族がいる。正確にはここから北にはハマーリントの街があって、その北の旧ブランコ国立公園が最前線だったのだが。とにかくここリントンは防衛戦略上、北や西に戦力を補充する重要な拠点だ。なので、そこから大きく戦力を北や西に送ると、どうしてももう片方が手薄になる。カナタはそのことを懸念していた。もっとも、ハマーリントの鉱山を取り戻さないといけない、という事情もわかる。


「で、そこら辺の作戦を検討も行われていると思うんですが、ひとまず今日のところは行われた作戦の情報共有の場ということになってます。参加してなかった人もいますし、西側で火龍族と戦うのをメインにしてる人もいますし」

「その様子だと私も行ってもいいのかな」

「いいんじゃないですかね?出席も取らないような集まりだし」

「なら聞くだけ聞いてみよう」

「あと、美味しい店の近くでやることになってるから美味しいものが食べながら聞ける」

「カナタについていけばいいわけだな!」


 さっきドーナツを食べたにも関わらず、リリィが目を輝かせている。現金だなと思うものの、実はカナタも報告される内容は知っているので、お目当ては料理だったりする。予定の場所はプレイヤーが武器屋やガンショップや魔法屋や食堂を開いている場所の近くなので、近所で装備関連の用事を済ませて何か食べながら情報共有を聞こうと思っているプレイヤーは多そうだ。


 人が混みそうだから少し急いだほうがいいかもしれないと思いつつ、わくわくしているリリィを連れて少し歩いたところで、後ろから車のクラクションを鳴らされた。振り向いてみると、小型の四輪駆動の車の運転席からメイド服の女性が手を振っている。


「おっすー。カナタ君じゃん。何してんのこんなとこで」

「チフユさん?」

「そだよー。姉貴は店番してる。誰か来るとか言ってた。誰も来なくても店番はいるんだけど」

「行くのは僕ですね、他にもいるかもしれませんが」


 声をかけてきたのは防具屋を営んでいるチフユだ。チナツという武器屋を営んでいる姉がいる。リアルでも双子の2人が、ゲーム内でもわざわざ似た外見にしているため、確認しないと見分けがつかなかった。


 カナタは先日ハマーリントからの脱出時にぼろぼろになった刀をチナツに預けて補修を頼んでいて、今日取りに行く予定だった。チフユと話していると、リリィにくいくいと袖を引っ張られた。


「誰?」

「チフユさん。これから行く予定の店の人」

「ということは武器屋か?」

「残念ながら私は防具屋だよ、おじょーさん。武器屋は姉貴のほう。武器も防具もひいきにしてくれると嬉しいんだけど」

「リリィだ。よろしく。もしかしてカナタが言っていた連れて行かないと怒られ系イベントが発生する人か?」

「それも姉貴のほう。もちろん私だってお客さんが多いほうがうれしいけど」


 リリィが自己紹介とあわせて要らないことをいうのを止められなかったが、チフユは気にしなかったようだ。


「んで、うちに来るなら乗ってく?」

「いいんですか?」

「お届け物の帰り道で他に用事もないし、調達した物もトランクに入ってるからこっちはあいてるし」

「のせてもらおう」


 どうする?とカナタがリリィに聞く間もなくリリィが返事をしてしまった。確かに予定していたチナツとチフユの店まで歩くよりは大分楽だ。


「私は後ろに乗せてもらおう」

「それじゃあ僕が助手席に」


 カナタはチフユと反対側に回って助手席にのる。チフユの趣味なのか、助手席には緑色でデフォルメされた寸胴の猪のぬいぐるみが置いてある。現実世界でもゆるキャラとして売られている「ゆるしし」というキャラクターで、このゲーム内にもタイアップの店舗があってそこで買える。ぬいぐるみの上に座るわけにはいかないので、シートベルトを締めたあとで抱える。


「シートベルトは締めてねって締めてるか。えらいえらい」

「はい」


 バックミラーで確認したら、リリィもシートベルトを締めていた。このゲームでは、現実で運転ができるか、あるいはゲーム内のスキルを持っていれば、運転は可能だ。例えば現実では免許の取れない年齢のカナタも、ゲーム内では運転していて怒られることはない。同様に、シートベルトを締めていなくても、「傭兵だしー」で済ませることはできる。


 にもかかわらず、プレイヤーのほとんどは車に乗るときはシートベルトを締めていた。これは遵法精神からではなく、単純に危険だからだ。車に乗っている間にPKにいきなり魔法を撃ち込まれたり、カーチェイスに発展したり、モンスターに襲われたり、暴走族や世紀末集団に扮したプレイヤーに襲われたりしたときに危険な運転を行うことがあるので、車に乗るときは安全側によせるのがベストプラクティスになっている。当然それにしたがってカナタもリリィもシートベルトは締める。


「んじゃいくよー」


 チフユがアクセルを踏んで、静かに車が走り出した。人通りは少ないが、市街地なので安全運転でそろそろっと走っていく。




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