エピローグ 失ったものと得たもの

 事件解決から数日後の昼休み。


 あいも変わらず賑やかな食堂で俺とタケルは向かい合わせに座っていた。


 ほぼ無意識に購入したカレーを頬張る俺に対して、タケルは何も口にすることなく無言だった。


 今日俺を呼び出したのはタケルの方だ。何か言いたいことがあるのだろうと思っていたのだが、こいつにしては珍しく何やら言いあぐねているようだった。


 やがて話を切り出す決意をしたタケルは、ようやく口を開いた。


「九条に告白された」

「マジで?」


 その内容はあまりにも予想外のものだった。


「いやだって……昨日の今日だぞ?」


 事件解決して1週間も経っていない。こんな言い方もなんだがタケルと九条はかなり気まずい関係のはずだ。時間がなんとかしてくれることを祈っていたのだが、まさか九条がこんな強硬手段を取るとは。


「あいつ……まじで肉食系だな」


 恐るべし九条真弓。恋する乙女を侮っていた。


「それで、どうなんだ?」

「ど、どうとは?」

「とぼけんなよ、その告白受けたのか?」


 九条は恋愛許可証を持っている。2人が付き合うことになんの問題もない。


「いや、断らせてもらった」

「はあ? なんでだよもったいねえ」


 なりは小さいがあんな可愛い子の告白を断ったのかこいつは。


「俺はまだ未熟だ。色恋にうつつを抜かすことなく、柔道に集中したかったんだ」

「全く、クソ真面目な」


 こいつらしいと言えばらしいんだが。


「それに、許可証を持っているのはあくまで九条だ。女子の持っている許可証を当てにして男女交際するのは何か違うと思わないか? こう、なんというかヒモみたいな感じで」

「まあ、言いたいことはわかるけどよ」


 要するに男のプライドの話だ。


「九条にもそう言って断ったんだが、俺が許可証を手に入れるまで待つと納得してくれたよ」

「へえ、そう…………ん?」


 それ、お前が許可証を手に入れたら交際するルートに入ってないか?


「それで俺のことを全面的に応援してくれると言ってくれてな。なんと柔道部のマネージャーに志願してくれたんだ。いや本当に助かった」

「ああ、そういや水崎マネージャー辞めたんだっけか」


 流石にあんなことがあった以上、柔道部にはいられないだろう。


「部長も『責任をとって辞める』なんて言い出してな。思いとどまらせるのに苦労した。全く、責任感が強いというのも困りものだな」

「……言っとくが、お前は人のこと言えねえからな」


 まあ何はともあれ一件落着。収まるところに収まったという感じだ。


「それで、だな」

「ん?」


 何やら言いづらそうにこちらをうかがうタケル。


「九条がだな、俺のために栄養バランスを考えた弁当を作ってくれたらしくてな……それで、その」

「ああ、今から2人で飯食ってくるって話か」


 九条マジで積極的だな、なんて思いつつ苦笑する。


「行ってこいよ。俺なんかに気を遣ってんじゃねえ」


 またしばらくぼっち飯になると思うと気が重いが、こいつの今後のためならしょうがないだろう。


「すまん」

「いいって。それでどこで食うんだ?」


 弁当ということはこの食堂ではないだろう。開いてる教室なりなんなりこの学園にはいくらでもある。


「屋上だ」

「屋上」

「ああ、俺も聞いてびっくりしたんだが、この学園は屋上が解放されてるらしい。そんなの今時あるんだな」

「……屋上」


 そこって確か、学園公認のカップルたちの聖地。そんなところで手作り弁当を一緒に食べるのか?


 お前を応援する名目で柔道部のマネージャーになって、健康管理を名目に手作り弁当を恋人達の聖地で食べる。


 タケルお前……外堀を埋められにきてないか?


「じゃあ、そろそろ行く」

「あ、ああ。頑張れよ」


 色々と。


 食堂を後にしようとしたタケルが立ち止まり、またしても何やら言いづらそうに視線を泳がせる。


「あー、吉岡」

「なんだよ」

「その、似合ってるぞ」

「……うるせえよ」


 気を遣うんじゃねえって言っただろうが。


 そう思いながら、俺は自分の頭を撫でた。



 事件の顛末を語ろう。


 結果から言えば俺の機転のおかげでタケルも部長も停学にならずに済んだ。


 と言っても、別に大したことはしていない。俺がしたことはただ頭を丸めて、自分がガラスを割ったと学園に嘘の自首をしただけだ。


 筋書きはこう。落ちていた野球ボールを拾った俺は柔道部の壁を使って壁当てをして遊んでいたところ、誤って窓ガラスを破損してしまい、その場から逃走。それを目撃していたタケルは学園一の不良と呼ばれ評判の良くない俺が退学になってしまうのではないかと考え、自らが割ったと嘘の報告を学園におこなった。


 友人が自分を庇って柔道部を辞めようとしていることに気づいた俺は、そこにきてようやく反省。長かった金髪をバッサリ刈り上げた上で、学園に俺がやりましたと名乗り出る。こんな感じだ。


 正直に言ってツッコミどころはたくさんあるだろう。だが学園一の不良の丸坊主は相当なインパクトがあったらしく、深く事情を聞かれるようなことはなかった。……まあ、学園側としても有望な柔道部のホープを処分するよりはいいと判断したのだろう。


 結果としてタケルはお咎めなし、俺は反省文の提出を言いつけられた。


 処分が随分と軽い気がしたが、よくよく考えれば今回の事件の被害は窓ガラスが割れただけのもの。意図的に割ったのであれば話は変わるが、そうでないのならよくある学校のトラブルの一つだ。停学も覚悟していただけにかなりホッとした。


 何はともあれ万々歳。やってもいないことの反省文を書く煩わしさ、また一つ増えた俺の悪評、そして失った自慢の長い金髪と、色々犠牲にしたものはあるが、得たものを考えれば上々だろう。


 タケルはこれからも柔道に専念できるし、九条も想い人を支え続けることができる。


「九条やっぱ肉食系だよなあ……タケルが食われるのも時間の問題か」


 なんてくだらない独り言をしみじみと呟くと、それに反応する声があった。


「何下品なことを言ってるんですか」


 呆れたような声。


 ここ最近で随分と聞き慣れた声だった。


「よう」


 桐花咲が手を後ろに組んで立っていた。


「また1人飯ですか? ほんと寂しい人ですね」

「うるせえよ」


 こいつの軽口にも随分と慣れたもんだ。


「にしても随分と思い切って刈り上げましたね。前の長髪が嘘みたいです」

「まあな。あれに慣れちまってたから首元が涼しくて落ち着かねえだ」


 頭を触ると感じるジョリジョリとした手触り。まるで自分のものではないみたいだ。


「最も、丸坊主で反省を示すという割には髪は金色のままですけど」

「あたりめえだ。そこは譲れねえよ」


 このためにわざわざ新しく染め上げたのだ。トレードマークまで失ってたまるか。


「でも……本当に良かったんですか?」

「あん? 別に髪なんてそのうちーー」

「そうじゃなくて。吉岡さんが1人悪者になる形になったんですよ。それで良いんですか?」

「ああ、そっちか」


 今回の事件が残した爪痕。


 タケルは友人のことを身を挺して庇おうとした友情に厚い男として評価を上げた。


 だが俺の評価はかなりマイナスになった。今までは恐れられある意味で敬われていた存在だったのだが、今回の件で友人に罪を被せたクズとして扱われるようになった。不良が反省すると好感度が上がるというわけにはいかなかった。


 今も周りから遠巻きにされながらヒソヒソと何やら言われているのがわかる。


 気にしないと言えば嘘にはなるが。


「別にいいさ。元々マイナスだった好感度がさらにマイナスになっただけだ」

「ですが……」

「いいつってんだろ。俺が失ったものなんてこの髪ぐらいだ」


 ま、強がりだ。女の前でうだうだと泣き言がいえるか。


「なるほど……吉岡さん、その髪型似合ってますよ」

「うるせえな。タケルもそうだが、気を遣うなってーー」



「いえ、本当に。かっこいいですよ吉岡さん」



 穏やかに微笑む桐花。


 初めて見る表情。何も言えず、思わず見つめてしまった。 


「あー、っとだな」


 背中がむず痒い。なんと言えばいいのかわからない居心地の悪さ。


 それを誤魔化すために俺は話題を変えようとした。


「それより、タケルと九条が一緒に飯食うために屋上に行ったぞ。お前は行かなくていいのか?」

「あ! そうだ聞いてくださいよ! なんか学園側に私が屋上にいると落ち着いて昼食を取れないって苦情が入ったみたいなんですよ!」

「ええ……」

「酷くないですか? そのせいで屋上出禁を言い渡されたんです!!」

「なんだよ屋上出禁って。そんな日本語聞いたことねえよ」


 憤慨している桐花には悪いが、妥当な処分だろう。


「おかげで日課の恋人観察ができなくてすごいイライラするんです。欲求不満なんですよ!」

「頼むから声のボリューム落としてくれねえかな」

「このストレスをどう発散すればいいのか考えた時にですね、良いことを思いついたんですよ」


 そう言ってキラキラと輝いた笑顔を見せてくる。


 この笑顔はまずい。碌でもないことを考えついた時の笑顔だ。


「人の恋愛事情をこちらから探すのではなく、あちらから来てもらおうと思いまして。今回みたいに依頼を受けて解決する部活動を新たに作ろうと思うんですよ!」


 もう本当に嫌な予感しかしない。


「そうか、頑張ってーー」

「なのでまず部員ですね。部の申請には4人必要ですから、後2人集めないと」

「ああやっぱりそう来た! なんで俺がすでに頭数に入ってんだよ!?」


 こっちの承諾なしで話を進めやがる。


「え? でも吉岡さん私の助手になってくれるって言ってくれましたよね?」

「いやそれは、あれ一回こっきりの話だろうが!」

「私の足を舐める覚悟があるって」

「そこまで言ってねえよ!!」


 ああ、だめだ。嫌なパターンだ。


 ここでキッパリ拒絶しないと押し切られる。


 だけど不思議なことに俺にはそれをすることができなかった。


 桐花は後ろ手に持っていた物、意外なほど可愛らしい包みに覆われていた弁当箱を取り出し笑顔でこう言った。



「とりあえずですね今後のことを話し合うために、一緒にお昼いいですか?」

「…………おう」





これにて終了となります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

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これ以降の作品は「恋に恋せよ恋愛探偵![連載版]」にて掲載しています。

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恋に恋せよ恋愛探偵! ツネキチ @tsunekiti

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