第3話 放課後の美術室でティータイム
あれから、僕は部活が終わった後、美術室に寄るようになった。
一応夜叉川先輩の絵の進み具合をチェックするということだがそれはあくまで建前で実質は先輩との雑談だ。あまり僕は他人と必要の無い会話は好きでは無く、おしゃべりは得意では無かったが先輩との会話はストレスは無いし、不思議と楽しいと思える。そんなことを考えているとあっという間に美術室に着いた。
「失礼します、夜叉川先輩いますか?」
ガラガラとドアを開けるとキャンパスに絵を描いている様子だった。
手や顔に絵の具がついている。
「すいません、お邪魔でしたか」
「いや、大丈夫だよ、ちょうど休憩いれようと思ったところだったから」
「そうですか」
カチャカチャと手際良く片付ける先輩。
「絵の進み具合はどうですか?」
「うーん、七割ってとこかな。あと三日あれば完成できるかも」
「早いですね、あと三日なんて」
「そう?」
「あ、あと手土産にこれを?」
先輩に紙袋を差し出す。
「わあ、マカロンじゃん。可愛い」
「喜んでもらえて嬉しいです」
「という毎回貰ってわるいよ、嬉しいけどさ」
「いえ、これくらいはさせてください。僕達、演劇部が先輩に絵の依頼をしている形なので、それに絵の進み具合を見るだけに何も手土産無しは失礼だと思うので」
「なんか玲央君って真面目だよね、普通イケメンってさ周りの人からモテるから結構イッキってる感じが多いのにそうゆう感じが無いってゆうか謙虚だよね」
先輩はそういいながらお皿にマカロンをのせていった。
「あ!まだ食べないでね写真撮るから」
「わかりました」
僕が最初、手土産にミルフィーユを持ってきたとき先輩は紙皿とかでは無く白くて金色の縁取りのある高級感のあるお皿でそれをセットに金色のフォークを持ってきたことに驚いた。インスタとかなどの投稿用の物かと思ったが絵を描くときに食べ物を使う場合用の小道具らしい。
「今回はこの花柄のお皿にしよう、あとこのポットもいれて、ランチョンマットを入れれば完璧かな?」
どうやら今回は花柄モチーフのお皿らしい。お花型の形でピンク、黄色、青色の小さな花柄が散りばめらている。同じ柄のポットにエクリュ色のレースのランチョンマット。
「玲央君、紅茶はレモン、ミルクどっち?」
「レモンでお願いします」
「了解〜」
なぜかこの美術室には紅茶用に淹れるポットがある。先輩が言うには家庭科室からお借りしてるらしい。普段は紅茶を飲むらしいがたまにココアとか緑茶とかほうじ茶なども飲むらしい。
「玲央君が持ってきた紙袋のケーキ屋さん調べたらめっちゃ有名な所だったけどいいの?こんな私に貰って。というかこれ予約一年待ちじゃん」
「いえ、父や母が沢山持って帰るのでそれに三人ではとてもたべられませんし、両親共にあまり家に帰らないので」
「そうなんだ、じゃあお言葉に甘えて」
夜叉川先輩はスマホを手に持ってパシャパシャとシャッター音を出していた。
「めっちゃ可愛いねこれ、あ!これは景子には秘密ね絶対羨ましがれるから」
「承知しました」
めっちゃくちゃ可愛いー。此れ絵にしたらどんな感じになるかな?とスマホを見ながらひとりで騒いでる先輩を見ていると年相応な感じがして高校生なんだなあと思い知らせる。
「そういえば玲央君、今日の紅茶はパッションフルーツティーにしてみたけど、どう?」
琥珀色の液体が入っているティーカップから香るフルーティーな匂いが鼻腔をくすぐる。
「とてもいい香りですね、甘い匂いがして」
「でしょ!!今回は甘さが控えめなマカロンだから紅茶を甘い香りにするものにしたの。この紅茶結構気に入っていて玲央君にも飲んで欲しいと思っていたの」
笑顔いっぱいの先輩がそう言いながら僕にティーカップを渡す。
先輩に手土産のスイーツを渡すたびいつも紅茶を用意されるが先輩は大の紅茶好きで色々な紅茶を用意してくれる。
「じゃあいただきます」
先輩が手をたたいた後に僕も手を合わせていただきますと言った。
「う~ん、やっぱりマカロンといえばフワンボアーズでしょ!頬っぺたがとろけて落ちそう。最高に幸せ」
頬に手を添えて本当に幸せそうな顔をする先輩。
「先輩、前も同じようなこと言ってませんでしたっけ?」
「えー、だって玲央君が持ってくるお菓子全部美味しいもん。むしろ頂いてるこっちが申し訳なくなるくらい。私いつか玲央君にお返ししなくちゃなあー」
「本当に気にしないで下さい、余り物みたいな物なので」
僕はバニラ味のマカロンを口にする。
甘さ控えめで僕でも食べやすい。
「えぇーもったいない。家族と一緒に食べることはないの?」
『家族』
この言葉が僕の脳内に響いた時、自然と頭の中に流れた。僕の日常が。
―蒼井宗の息子として恥ずかしくない振る舞いをしなさい。
―こんな演技しか出来ないのか?それじゃあ俺どころか母さんも越えられないぞ。
―玲央、今日お母さん遅くなるから適当に、出前でもとって一人で食べてなさい。
「両親はいつも忙しいのであまり一緒に何かを食べるってことないんですよね」
「そうなんだ」
先輩は察したのかまるで僕の話に飽きたかのようにマカロンを食べ続けていた。
このほうが僕は気が楽だ。多分先輩はとても目がいい。先輩の澄んだダークブラウンの瞳は僕のほんの僅かの表情を見逃さない。
少し僕がひきつったような歪んだ顔ですぐに想像し、理解する。
先輩は周りの人とはやっぱり違う。
中学時代は僕があの蒼井宗の息子だということが何故か漏れてしまい、尋問のように言葉が飛び交った。
―なあなあお前蒼井宗の息子だろ?お母さんに会わせろよ
―蒼井君は何処に住んでいるの?
―ぶっちゃけ両親年収どれくらい?タワマンとか余裕で買える感じ?
―蒼井君は彼女いないの?もしいないなら立候補したいなあ
―お前の父さん女優のAと愛人関係って本当なの?
僕がどんな気持ちでいようが土足で踏み入れる邪悪なハエたち。あの時の自分の精神状態は結構不安定だった。
新しい中学に転校しても基本的には優しかったがあくまでもそれは社交辞令だということは理解していた。だから中学時代は親友どころか友達という友達も持てなかった。
それでも僕はよかった。自分の演技が認めてもらえばそれでも満足だった。
睡蓮高等学校は演劇部がとても有名で進路を考える時期になったら僕はその高校を第一志望にした。両親からも承諾できたが父から条件を言い渡された。
それは演技試験ではなく、一般入試で合格すること。
父は勉学が出来ない奴に演技なんてする価値もないという理由があったから。
幸い僕は、中学から学年五位以内に入ってたし、睡蓮高等学校は偏差値は六十五という高めだったが僕はすぐにA判定を貰えた。
それでもコツコツ勉強し、試験当日まで頑張った。
それで晴れて合格し、演劇部に入部したがたった一ヶ月で僕は主役に選ばれ、見事先輩方の嫌がらせの的になったわけ。
そこから夜叉川先輩と出会い今に至る。
「玲央君は、どうしてお芝居を始めようと思ったの?」
「始めたきっかけですか?大した理由ではありませんよ。両親がそうゆう仕事に関わっていたので自然と始めた感じですかね」
「なるほど。楽しい?」
「楽しいですよ。じゃなきゃ十年もやってません」
「そうだよね、好きなことは楽しいもんね」
「先輩は絵はいつから始めたんですか?」
そうね…と紅茶を飲み干した先輩が語った。
「中学に入って位かな?玲央君、私のこの鱗、生まれつきだと思う?それとも後天性的な物だと思う?」
夜叉川先輩の秘密が明かされる。
僕の瞳にはきっと真っ直ぐな先輩が映っているんだろう。それに対して先輩の瞳に映る僕は急な展開に驚きと先輩の秘密がまた知れるという喜びが混じったような顔をしていた。
夜叉川先輩にオレンジ色の光が射し込む。
まるでこれから物語が始まるかのように。
いや、これから夜叉川萌音という半生の物語がたった今、開幕となろうとしていた。
カメレオン色の青春 想月ベル🌙 @yuika0215
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