第12話

「――と、そんなことがあったんだ」

「ふうん――あ、そこ適当に入れない。ちゃんと計量して」

「へい」


 明くる日、大学の講義が終わった後で、俺は約束通り瀬名の家で料理を習っていた。

 とはいえ、あくまでも目指すのは家庭料理の範疇。

 料理人を目指すわけではないし、瀬名もそこまで出来るわけではないだろう。

 そのため雰囲気は比較的ゆるく、自然と雑談を交えたものになっていた。


「ええと……で、時原さんとは仲直りできてないの?」

「ああ。朝も不貞腐れてたのか布団から出てこなかったし」

「それは――……空岡、またタイマー忘れてる。さっきちゃんと使うように言ったでしょ」

「あ、すまん」


 言われるがままにタイマーをセットする。

 ふう、と一息ついたところで、瀬名が言った。


「空岡は手際が悪いわけじゃないんだけど、ちょっと雑にやっちゃうところあるね。レシピを見ても何を入れるかだけで、どれだけ入れるかとか、いつ入れるかとか、順番とか、全然見てないでしょ」

「よくわかるな」

「それと切り方も。みじん切りは荒すぎだし、いちょう切りは半月でやめちゃうし」

「そんなに変わるものか?」

「当たり前でしょ。それを計算してレシピは作られてるんだから。食感も違えば火の通り方も違う。慣れてから意図してやるんならいいけど、物ぐさなだけなのはダメ。味見だってしていないみたいだし」


 そう言われてもいまいち実感はわかない。

 実家では計量なんてしていなかったし、母親は確か調味料を容器から直接注いでいた。


「味見しても何を足せばいいかなんてわからないしなー」

「それでも塩辛いか甘いかくらいわかるでしょう。そうしたら、次から入れる量を増やすか減らすか判断つくじゃない。そのとき計量をしてなかったら、それもできないでしょ?」

「たしかに。じゃあ近々買って来るわ」

「買ってすらなかったのね……」


 元々の印象通り、瀬名はきっちりとした作り方を好むようだった。


 俺の周りにはあまりいなかったタイプで新鮮だ。

 俺を含め、適当なやつばかりだったからな。

 もちろん程度の差はあるけど。

 永遠はその代表格と言っていい。


 とはいえ、瀬名は難しいことを要求してくるわけじゃない。

 レシピだって比較的簡単なものを選んでくれたし、一読してわからないところは丁寧に教えてくれた。

 これなら俺でも練習すれば永遠に教えられそうだ。


 その後も細かく注意を受けながら料理に励む。

 ほどなくして主菜一品と副菜二品、そして汁物が完成した。


「さて、ではいただきましょうか」


 二人掛けのダイニングテーブルに向い合わせに座り、手を合わせて「いただきます」と唱和する。

 俺の家ではいろいろ兼用しているローテーブルに座っているから、こういうのもまた新鮮だ。

 自然と背筋が伸びる。


「お、美味っ。上手く言えないけど、なんか深い味がするような気がする」

「ね? そんなに大げさな手間かけなてないのに十分な味でしょ」

「ああ」

「私は薄味が好きだから、普段はもう少し抑え目にするけどね。空岡も好みに合わせて調整しなよ。例えば、お砂糖を減らしてみりんを少し多めにするのとやわらかい味になるからオススメ」


 あれこれと作った食事に関する瀬名の話を聞きながら、箸を進める。

 すぐに実践できそうなことしか言わない瀬名の話は、素直にためになった。


「さっきの話だけど」


 食事も終盤に差し掛かったころ、瀬名が箸を置き、改まったように切り出す。


「空岡は時原さんがなんでそんな態度とったのか、結局わかっていないのよね?」

「うん。瀬名にはわかる?」

「私にわかるわけないじゃない」


 瀬名は呆れたようにため息を吐く。


「前も言ったと思うけど、あなたはもっと時原さんとちゃんと話す時間を作るべきだと思う。私からすれば、ちょっと幼なじみって関係性に甘えすぎなんじゃないかと思うわ。……空岡と時原さん、お互いにね」

「そう……なのかな」


 言われてみれば、思い当たる節はいくつもあった。

 俺は永遠のことを、思っている以上に全然わかっていないのかもしれなかった。

 今だけでなく、これまでもずっと。


「次にこうして私の家うちに来るときは、それが解決してからにしなさい。でないと、せっかく練習しても意味ないわよ?」

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可愛いだけが取り柄のポンコツニートな幼なじみとの同居生活 金石みずき @mizuki_kanaiwa

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