第3話 ケンと5人の妻

「AIは福祉である」


 カスタマイズ可能な人格AIを搭載した人間型アンドロイドを生産、販売するとある会社は自社の製品を「福祉」と呼んだ。


 顔が致命的にブサイク、あるいはカネが無い、もしくは日常生活を送るにも不自由する程、性格が歪んでいる。

 様々な事情で「人間との恋愛」が出来ない者たちに対し、AIを送り込んで「機械」ではあるものの恋人が持てるようにする。

 それを「福祉」と呼んでいた。



「ケンちゃん。もう朝よ、起きてちょうだい」


「お兄ちゃん、もう朝だよ? 起きてってば」


「起きてよお父さん。ねぼすけだねぇ」




 3体のアンドロイド……妹と母親と娘の手でケンは起こされる。


「ああ、おはよう」


 アンドロイド達からケンと呼ばれた男は起きて1階の居間へと降りた。その際には彼を起こしに来た3体のアンドロイドと同伴していた。




「おはよう、ケン。朝食は出来てるからね」


「おはようございます、あなた。朝食は今日も姉さんと一緒に作りました」


 居間に降りてくると妻と姉のアンドロイドが朝食を作ってくれていた。

 今日の朝食はハムと目玉焼き。ハムはプロの料理人が手掛けたようなちょうどいい焼き加減で、目玉焼きも白身はしっかりと火が通り、黄身は半熟という絶妙な焼き加減だった。




「おはよう。今日もうまそうだな」


「あなたのためですもの。当然の事です」


「弟のためだもの、これくらいは出来て当たり前じゃない」


 妻と姉は自信ありげにそう返す。ケンは食事を始めた。素材自体はありふれたものなのに調理の腕がいいのか、要は彼女らがコントロールしているAI家電の性能が高いのか、実に美味だ。

 ケンは調子よく食事を終えて、着替えのために寝室に戻って来た。




「お父さん。今日は私が着替えを手伝ってあげるね」


「お母さんも忘れないでね。一緒に着替えさせてあげるから」


 そう言ってアンドロイドである彼女は『父親』あるいは『息子』のパジャマを脱がして仕事着であるスーツを着せていく。


「いやぁ、お前みたいな父親思いの娘を持てて幸せだよ俺は」


「もう、何言ってるのお父さんったら。これくらい、なんてことないのに」


 そう言いながらも彼女らは手を止めない。5分とかからずにパジャマからスーツへの着替えが終わる。

 アンドロイドを5体も持てて維持管理ができるくらいの経済力を示すがごとく、スーツはもちろんネクタイや靴下に至るまで一流の仕立てであった。




 嫁、妹、姉、母、娘。5体の「妻」と共にケンは生活していた。


 日本では重婚は法に触れるがアンドロイド相手なら無罪だ。そのため「ごく一部の」男の夢である「ハーレム」を合法的に作ることだって出来た。

 しかも女たちは実際のハーレムと違いお互いに憎しみや恨みを持つことも無く、誰もがただ純粋に夫を愛してくれる。

 そんなフィクションの中だけでしか描かれなかった「理想通りのハーレム」が現実のものになる。となれば、抗い難い魅力があった。




 もちろんアンドロイド自体買うにはそれなりの額が必要な上に、修理やメンテナンスの費用もかかるためしっかりとした経済力が無ければ出来ない事だが、

 それでもフィクションで代用することなく「現実の世界でハーレムが築ける」事は大きな魅力だった。


「じゃ、行ってくる」


「行ってらっしゃいませ、あなた」


「お兄ちゃんいってらっしゃ~い」


「お父さんお仕事がんばってー」


「行ってらっしゃい、ケンちゃん」


「ケン、お仕事がんばってね」


 5人の妻から送り出され、ケンは意気揚々と職場へと向かった。

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恋人は「作る」から「買う」時代へ あがつま ゆい @agatuma-yui

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