第2話 沙羅とその夫とは別の「夫婦」の話……

「AIは福祉である」


 カスタマイズ可能な人格AIを搭載した人間型アンドロイドを生産、販売するとある会社は自社の製品を「福祉」と呼んだ。


 顔が致命的にブサイク、あるいはカネが無い、もしくは日常生活を送るにも不自由する程、性格が歪んでいる。

 様々な事情で「人間との恋愛」が出来ない者たちに対し、AIを送り込んで「機械」ではあるものの恋人が持てるようにする。

 それを「福祉」と呼んでいた。




 昔は井戸からんでいた水を水道を敷いて誰もが簡単に利用できるように、電線を伸ばして電気の便利さを誰もが享受きょうじゅ出来るように、

 それと同じように「人間から相手にされない人間」でも恋人を作れるようになる。それこそがわが社の存在意義であり、

 恋人を「作る」時代から「買う」時代へとシフトさせる。それこそが自分たちの使命と位置付けていたのだ。


 そう、人間から相手にされない程歪んだ性格の人間にこそ、AIの恋人は必要だった。




 沙羅さらとその夫とは別の「夫婦」の話……




「こんな飯が食えると思ってんのかボケがぁ!」


 夫の夕食に出された焼肉を、彼はアンドロイドである妻に投げつける。


「申し訳ありません。またあなたのご期待に添えられずに申し訳ありません」


 平謝りするAIに彼は蹴りを入れた。




「謝れば済むとかオレをバカにしてんのか!? 誠意を見せろよ誠意を!」


「申し訳ありません。ですがあなたの言う誠意というのがどうしても理解できなくて……」


「そんな事も分からねえのかテメェは!」


 自分の妻であるアンドロイドを、男は殴った。




「全ての人間は自分自身を含めて自分の思った通りに動かなくてはいけない」


 どこをどう「こじらせて」そうなったのか? もはや本人でさえ分からない。

 とにかく彼は他人に対して、何よりも自分自身に対して厳しく当たっていた「『病的と言えるまでの』完璧主義者」だった。




「理想的な自分自身」「理想的なパートナー」「理想的な部下」それを幻視してありのままの自分自身、ありのままのパートナー、ありのままの部下を見ることが出来なかった。

 特に「これっぽちも理想通りではない自分自身」を見ることは「小便や糞にまみれて絶叫を上げてしまうほど」恐ろしかった。

 頭の中の自分はやることなすこと何もかもカンペキであるはずなのに、実際の自分とはそれとは全くもってかけ離れた存在であり、そのギャップにいつも苦しめられ続けていた。




 自分の思い通りに動かない自分自身を常に罰し続けて「無罪になりたい」ただそれだけのために自分自身にムチを打ち続けて必死に動かし続けていた。

 無罪になるための分かりやすい指標として収入、地位、名誉。彼はそれを何よりも欲したが、それらはまるで海水のようで飲んでも飲んでも渇きは癒えないどころか、ますます欲するようになっていった。




 それでも自分の会社では、その相手とバチバチにやりあう性格がプラスに作用していたが、家庭においてはとんでもないマイナスになっていた。

 それを埋めるのにAI搭載のアンドロイドは大いに役に立った。




 いくら殴っても、言葉の暴力で酷い目に遭わせても、人類のために奉仕し続けるアンドロイドは「誰かを殴らずには生きていけない」程の歪んだ性格をした人間相手には最適だった。

 AIの性格をDV夫から離れられない依存癖のある女の物にするデータは広く出回っており、それをインストールすれば好きなだけ暴力を振るい放題だった。




 いわゆるDVや家庭内暴力というのは「『病的なまでの完璧主義』による自己否定から目をそらすために」行われているケースが少なからずあるという。

 そういう意味では彼にとってAIは「いくらでも暴力を振るって自己否定から目をそらせる」という究極の「救済」だった。




 他人に暴力を振るって支配欲を充足させている間は、言葉などという軟弱なコミュニケーション手段ではとてもじゃないが表現しきれない程「醜い」自分自身を見なくて済む。

 それはヘロインにも勝てる程の圧倒的な快楽であり、脳内麻薬にどっぷりとつかって生身で直視するにはあまりにもつらすぎる現実から逃避出来た。

 その快楽に多少は後ろめたい気持ちはあるものの、それを跡形もなく消し飛ばすほどの圧倒的な快楽に抗いきれず、気が付いたら暴力を振るっている。というのが日常だ。




「性格破綻者」においてAIは「福祉」である。人間に行えば犯罪である行為も、AI相手なら無罪だ。

 実際、AI搭載型アンドロイドが販売、普及するにしたがって、DVや家庭内暴力というのは明確に数を減らしたのだという。

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