第5話 プレイア

「案内したい場所?」


「うん。教会堂と図書館と冒険者ギルドだよ」


 図書館は情報収集に役立ちそうだし、教会堂も役に立つかはわからないが、まあいいとして


「冒険者ギルド?」


「何だよ。冒険者ギルドまで実在しないなんて言わねぇだろうな」

 レオが怪しげな目つきを俺に向ける。


 どうやらこの街には冒険者ギルドがあるようだ。

 確かに魔法が使えるようなファンタジー世界では冒険者ギルドがあっても不思議じゃないが……まるで物語の中の世界みたいだ。


「いや、ちょっと気になっただけだ。別に無いとは言ってないさ」


 俺は慌てて、けれど表情には出さないように気をつけて否定する。これ以上不信感を与えるのはまずい。


「俺も丁度その3つには行きたいと思っていたんだ。案内してくれるとありがたい」

 

 そう答えるとラインは嬉しそうに笑った。


「よし、決まりだね」


***


「着いたね。ここが教会堂だよ」

 10分程歩いてラインがそう言うまで、その建物が教会だと気づかなかった。


 教会と聞いて、白色の建物を想像していたが、レンガ造りの赤みのくすんだ茶色の壁に、青緑色の屋根、左右に1つずつある濃藍の縦長の窓、入り口の上の暗緑の大きなバラ窓と、目の前の建物に白色はどこにもない。


「教会堂は礼拝をしたり、聖魔術師に治療してもらったりするための施設だよ」

 ラインが解説してくれる。


「それくらい言わなくても分かってるだろ。いくらこいつが魔法も知らない世間知らずの常識なしだって」

 レオが皮肉たっぷりに言う。

 

 酷い言われようだが、実際俺はこの世界のことを何も知らないからその通りだ。

 いや、教会堂が治療するための施設だということも知らなかったから、それ以下か。


「確かに余計なお世話だね。すまない」


 申し訳なさそうに謝るラインを見て少し心苦しくなったが、ここで正直に余計なお世話じゃないなんて言うわけにはいかない。


「いや、気にするな。教会堂はさすがに知ってるが、俺が世間知らずなのは本当だからな」


「……へぇー」


 ラインが目を細めて何か言いたげに見てくる。


 ……まさか嘘がバレたのか?


「どうしたんだ?」

 動揺を悟られないように、表情にも声にも細心の注意を払って訊く。


「いや、何でもないよ」

 

 何でもなくはないだろうが、追及するのは止めておこう。さすがに嘘だとバレてはいないはずた。


「だいたい、何でお前は魔法を知らなかったんだ?」


 レオが刺すように言った言葉に思わずドキリとする。


 ……来た。

 

 いつかは訊かれると思っていた。今まで訊かれなかったのはラインが気を遣ってくれていただけだ。いや、ラインだけじゃない。きっとアリスも、レオも、気になっていたはずだ。


「一応言っとくがさっきのは皮肉だからな。魔法を知らないのは、ただの世間知らずじゃ済まないぞ。まだ、教会堂を知らない方が幾分マシだ」


 知っている。魔法は日常的に使われていると、昨日ラインが言っていたから。


 誤魔化せない。レオが言う通りこの世界の住人で魔法を知らないということはあり得ないのだ。


 ……もう本当のことを言うしかないのだろうか。


「話したくないのなら無理して話さなくていいよ」


 思考が渦巻いて、やがて一つの望まぬ結論に纏まろうとしたそのとき、ラインの声が寸秒続いた沈黙を破った。


「ライン⁉︎こいつは魔法を知らなかったんだぞ!納得できる説明をされないなら、これ以上こんな怪しい奴と行動を共にするなんて俺はごめんだ!」

 レオが噛み付くように叫ぶ。


「落ち着いて、レオ。タカツキは魔法を知らなかったわけじゃないよ」


──え?


 ラインの言葉を聞いて、思わず驚きの声を上げそうになる。

 ラインは一体何を言っているのだろう。


「……どういうことだ」

 眉間にシワを寄せてレオが問う。


「タカツキは魔の森グリムフォレストで『魔法なんて』と言っていた。それはつまり魔法の存在は知っていたってことだよ」


 ……言われてみればその通りだ。俺は魔法の存在自体は知っていた。ただそれは、ゲームやラノベに登場する空想上のものとしてだ。この世界で実際に使われている魔法とは違う。結局俺が「魔法」を知らなかったことは事実なのだ。


「……仮にこいつが魔法を知っていたて、だったら何で、魔法が実在しないなんて言ったんだ?」


「それは僕には分からないけど、なにか事情があると思うんだ。だから、これ以上問い詰めるのは止めよう」


「……何も訊かずに、魔法を知らない怪しい一文なしの面倒をみてやるっていうのか?そんなの、いくらなんでも甘すぎるだろ」


「そうかもしれないね。だけど困っている人を放っておくことはできなない。レオだって、そう思うだろう?」

 ラインが穏やかに、だが強い意志を感じさせる声で言う。


「……」

 レオは不満そうな顔のまま黙り込んでしまった。


「……条件をつけるのはどうですか?例えば、いつまでに話してもらうのか期限を設けるとか」

 アリスが控えめに口を開く。


「確かに!その手があったね。それならどうだい?」

 

「……一週間だ。一週間だけ待ってやる。それまでに理由を話せ」

 ラインの提案に、少し考えた後、レオが渋々といった様子で答えた。


「分かった。約束しよう」


 一週間も待ってくれるのはありがたい。それは逆に言えば一週間は確実に面倒をみてくれるということだし、理由を話せばその後も協力してくれるということだ。


 昨日まで無関係だった俺にそこまでしてくれるなんて、3人は本当に優しいな。


 異世界から来たことを話さない方が良さそうなら、約束を破ればいいし、大丈夫そうなら、理由を話せば良い。一週間もあれば色々とこの世界について調べられるだろう。


「ありがとう」

 俺が礼を言うと、レオはフンと鼻を鳴らした。


「話は終わりだ。そろそろ教会に入ろうぜ」

「そうだね」


 教会の入り口に向かって歩き出す3人に続いて俺も続く。


***


 中に入ると正面の奥に祭壇があり、それに続く通路を挟んで、左右に長椅子が並んでいる。右奥と左奥にはそれぞれ扉があり、別の部屋に繋がっているようだ。

 長椅子には数人の男女が座っていて、祭壇の前には牧師らしき初老の男性が立っている。


 牧師は俺達に気づくと、にこやかな笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。


 背が高く痩せていて、髪の色は青色、瞳の色も青だ。黒いガウンを着て、首には白い長い布をかけている。いかにも牧師といった服装だ。


「みなさん、こんにちは」


「「「「こんにちわ」」」」


「ラインさん、先日は治療を手伝ってくださり、本当にありがとうございました」


「いえ、気になさらないでください」


 治療?

 教会は治療してもらうめの場所でもあると言っていたが、ラインは治療する側なのか?


「今日はレオさんやアリスさん以外にもお友達を連れてきてくれたんですね」


「はい。最近合流した仲間なんです」


 合流した仲間?

 話の流れからして俺のことだろうが……

 

「そうでしたか。初めまして、私はここの教会を任されているロトと言います」


「タカツキといいます。よろしくお願いします」


「……よろしくお願いします」


 俺が名乗ったら不思議そうな顔をされた。

 この世界では珍しい名前らしいからそのせいか。


「それで、今日はどんな用件で?」


「みんなで礼拝しに来たんです。特にタカツキは初めてなので、神聖魔法の適正があるかの確認も兼ねてます」


 ……ん?

 何で俺が礼拝するのが初めてだと知っているんだ?

 それに神聖魔法の適正?


 さっきから分からないことばかりだ。


「初めて……失礼ですがご年齢は?」

 ロトさんは驚いた顔をして、俺をじっと見つめて言う。


「15歳です」


「……なるほど。なにか事情があるのですね」


 ロトさんは一瞬何か考えるような素振りを見せたが、すぐに表情を和らげた。


 15歳で初めて礼拝するのはおかしいのだろうか。


「そういうことでしたら分かりました。みなさん、礼拝堂をご自由にお使いください」

 ロトさんが再びラインと向き合う。


「ありがとうございます」


「いいえ。ラインさんにはいつもお世話になっていますから。それではごゆるりと」


 ロトさんは軽く頭を下げてから、踵を返して元の場所に戻っていった。


「……いくつか訊きたいことがあるんだが……」


「分かった。ここだと答えられないこともあるし、一旦礼拝堂に行こう。話はそこでするよ」


 ラインの言葉に従い、俺達は右奥の扉から礼拝堂に入った。


 ラインの言葉に従い、俺達は右奥の扉から礼拝堂に入った。


 礼拝堂の中は静寂に包まれていて、俺達以外には誰もいないようだ。


 中はそこそこ広く、もとの世界の教室ぐらいの空間がある。

 壁際には立派な彫像がいくつも置かれているて、片隅にはピアノがある。おそらく、彫像は神像で、ピアノは儀式がなにかに使うんだろう。


 礼拝堂が別にあるなら、さっきまでいた場所は何なのだろうか。この世界の教会は診療所も兼ねているようだし、治療するための場所なのか?


「それで、訊きたいことって?」


「いくつかあるけど、まずは……何で俺を最近合流した仲間と紹介したんだ?」


「僕達にも色々事情があってね。以前からの知り合いということにしておかないと面倒なことになるんだよ。それに、タカツキだって、本当のことを言われると困るんじゃないかと思ってね」


「それは……まあ……そうだな」

 確かにその通りだ。無一文で魔法を知らない無知な人間だと知られたくはない。


「じゃあ、ラインが治療を手伝ったってのはどういうことだ?」


「最近魔の森グリムフォレストで発生する魔物が急増していて、度々この街を襲ってくるんだ」


 冒険者ギルドがあると知った時点で薄々分かってはいたが、やはりこの世界には魔物がいるらしい。


「それで衛兵の1人がロトさんでも癒すのが難しい怪我を負ってしまったから、僕が神聖魔法を使って治したんだ」


「へぇー、ラインはロトさんより神聖魔法に優れているのか」


「はい。ラインの神聖魔法は凄いんですよ!中級の神聖魔法を使えるのは、この属領ではラインとロトさんだけです。同じ中級でもラインが使う神聖魔法は完成度がロトさんとは段違いで、ラインほど神聖魔法を扱うのに長けた人は、この国にはあと1人しかいません」

 アリスが誇らしげに言う。


「そうなのか」

 アリスの話を聞く限り、ラインは相当な実力者なんだろう。


「褒めすぎだよ。それに人を下げて誰かを褒めるのは良くない」


「……ごめんなさい」


 アリスがしゅんとうなだれてしまった。


「他に質問はある?」


「ああ。次は……何で俺が礼拝するのが初めてだと分かったんだ?」


「それは、タカツキが教会堂を知っていると言ったのが嘘だと分かったからだよ。教会堂を知らなかったら礼拝をするのは初めてのはずたがらね」


「……何で俺が嘘をついたと気づいたんだ?」


 意味深な反応をしていたが、まさかバレていたとは……。



「なんとなくかな。特に理由はないけど、確信したんだ」


「……勘か。すごいな」


「ラインは慧眼の持ち主ですからね。私も何度も助けられています」

 アリスがまたもや、誇らしげに言った。


 アリスはラインのことを尊敬しているのかもしれない。

 いや、時折アリスがラインを見つめる視線は、尊敬というよりは憧憬に近いか。

 

 さらに言えば……


「どうかした?タカツキ」


「い、いや。なんでもない」


 今考えることではないな。


「それじゃあ、最後にもう一つだけ」


「なんだい?」


「神聖魔法の適正があるかの確認って何だ?」


「言葉の通りさ。神聖魔法に適正がある人が礼拝をすると、聖光ホーリーライトが使えるようになり、信仰を深めることで使える魔法の種類が増えていく。だが、適正がない人はどれだけ礼拝しても、神聖魔法は使えない」


 なるほど。それで神聖魔法なのか。


「ホーリーライト……。俺に見せてくれた魔法か?」


「うん。そうだよ」


「神聖魔法以外も、適正があれば礼拝することで使えるようになるのか?」


「いや、神聖魔法のみだね。神聖魔法は特殊な魔法なんだ」


 魔法にも色々あるんだな。


「なに最後の質問した後に質問してんだよ」


「ごめん。つい気になって」


 レオが呆れたようにため息をつく。


「別にいいけどよ。……そろそろ礼拝しようぜ」


「ああ」


 知りたいことが多すぎて、ついたくさん訊いてしまった。


「礼拝には色々な方法があるけど、今回は神像の前で手を合わせて祈るだけでいいよ」


「分かった」


 ライン達はそれぞれ礼拝を始めた。


 俺もラインが言った通りに手を合わせ、瞑目する。

 

ーー祈る……か。


 頭の中でラインが言った言葉を反芻させる。


 この世界に来るまで、俺は神を信じていなかった。昔、科学がまだ発展途上で、自然現象のメカニズムが未解明だった時代、人々が自然の脅威に苛まれる中で仮初の安心を得るために、見出した幻想、その名残。そう思っていた。


 だが、今は違う。

 異世界に転移するという超常現象を体験して

考えが変わった。


 神は本当に存在して、もとの世界もこの世界も神が創ったもので、俺を異世界に転移させたのも神の悪戯なんじゃないか、そんなSFを妄想してしまう。そうでもしないと納得できない。

 昔、神の概念を生み出した人はこんな気持ちだったんだろうか。


 頭の端でそんなことを考えながら、何を祈るか思考を巡らせる。


 そして、ふと思いついた。


 

ーーもし、神がいるなら、話をさせて欲しい。



……ザザーー ザッ ピピーー……ピッ



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スリップ アザー ワールド selfish @Puppet

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ