また会えたね

原田楓香

 また会えたね。

「また、会えたね」

 彼女が言った。

「うん。会えたね」

 僕も、答える。


「今回は、長かったね」

 彼女が、ちょっと待ちくたびれた顔で言った。

「そうだね。96年って、ちょっと長かったよね。ごめんね。いっぱい待たせて」

 僕は、彼女に、ペこりと頭を下げる。


「いいよ。待ってる間、今回は、ずっと赤ちゃんからおじいさんになるまでのあなたを見られたから」

「そうか。なんかちょっと恥ずかしいな。」

「可愛かったし、カッコよかったし、素敵だったよ。……だから、あんまり退屈はしなかったよ」

 

 彼女は、僕を担当してくれている死神だ。僕専属の。

 僕の生まれてから死ぬまでを見守って、死ぬと、魂を迎えに来てくれる。そして、次の新たな人生に僕を案内してくれるのだ。

 初めて僕たちが出会ったのは、僕が、わずか19歳で死んでしまったときだ。僕は、アイドルになって初めての主演舞台が決まったばかりで、最高に張り切っていた。それまで、次々活躍の場を広げる仲間たちを横目で見ながら、僕はなかなか出番がなくて、やっとこれからだと思ったところだった。

 その日、稽古場に行く途中、歩いていた歩道に突っ込んできた車にはねられた。

 一瞬だった。


 はじめは何が起きたか分からなくて、だから、僕は、迎えに来た彼女に、思い切り八つ当たりして文句を言って、暴れた。

『なんで、オレが!』と荒れ狂って、目の前のビルの壁に拳を叩きつけようとした。―――もちろん、その手は、空を切ることすらなかった。何かに触れることも動かすことも、それどころか、もう声すら、生きている人たちに届かないと、そのとき、知った。


 そんな僕のそばに寄り添ってくれたのが、彼女だった。

 彼女は、多くは語らない。気の利いた言葉で、僕を励ましてくれるわけでもない。

ただひたすら、そばにいて、僕の心を静かに受け止めてくれた。そうして、やっと、現実を受け入れられるようになったときに、

「じゃあ、行こうか」

 そう言って、新しい人生に、導いてくれた。


 2回目の人生では、もっと早く、僕は、彼女に再会した。

 わずか、9年だった。

 そのときは、訳も分からず泣きじゃくる幼い僕をそっと抱きしめて、背中をさすってくれた。

 別れ際、僕は、彼女から離れたくなくて、彼女の黒いスカートの裾を握りしめていた。

 

 3回目は、もっと短くて、2年だった。

 彼女は、僕を抱っこして、新しい人生の入り口まで、連れて行ってくれた。


 4回目は、少し長くて、43年だった。

 ハードな職場で、日々くたくたに疲れていた僕は、むしろホッとして、彼女との再会を喜ぶだけの余裕?があった。


 そして、5回目の今回、僕は96年間の大往生とも言える歳月を生きた。

 そして、これまでと同じく、彼女に再会した。

 

「また会えて、嬉しいよ」

 僕は、長い旅の果てにやっと出会えたような気がして、そう言った。

「私も嬉しいよ」

 

 いつもは、新しい人生の入り口まで見送ってもらって別れるのだけれど。

 今回、僕は、彼女に伝えたいことがあった。

「ねえ」 

 僕は、彼女に切り出す。

「何?」

 怪訝そうな表情の彼女。

「あのさ、もう、……いいんだ」

「何が?」

「もう、待たなくていいよ」

「どういうこと?」

 彼女の瞳が不安そうに揺れる。

 僕は、思い切って、問いかける。

「……君のそばに、このままずっといたらだめかな?」

「……」

 彼女がうつむいている。

「生きている間、いつも僕は、感じていたんだ。僕をずっと見守ってくれている眼差しを」

「……」

「誰だか分からないけど、いつも誰かが僕を見守ってくれているって。生きている間は、前世のことも、君のことも、すっかり忘れて暮らしているけど、でも、確かに、僕は、見守られていることを感じていたんだ。おかげで、僕は与えられた寿命を、長さには関係なく、精一杯生きてこられた。そうやって、いつもいつでも、僕を見守ってくれていたのは、君なんだ。君がいてくれたから、僕はがんばれたんだと思う」

 

 彼女の姿に釣り合うように、僕は、19歳で初めて出会ったときの自分に姿をかえる。そして、彼女を、そっと抱き寄せる。


「だからね、もう、待たなくていいし、迎えに来なくていい。これからは、ずっとそばにいるから」

「……ばか。そんなことしたら、もう生き返ることができなくなるよ」

 僕の腕の中で、泣きそうな声で彼女が言う。

「いいよ。もう十分に生きたから。合計169年だからね」

「あなたまで、死神になってしまうかもしれないよ」

「それもいいかな。初めての仕事だな」

「何言ってるの? せっかく人間として生まれ変われるのに」

「それよりも、君のそばがいい」

「どうして?」

「どうしても」

 僕は、彼女を腕に抱きしめたまま、じっと待つ。

 169年待ってもいいと思う。


 長い沈黙のあと、彼女が言った。

「……ほんとに、ほんとにいいの?」

「いいよ。今まで、待たせてごめんね」

 小さく首を振った彼女が、僕の背中に腕を回して、ぎゅっと力を込めて抱きしめてくれた。

 僕もそっと想いを込めて抱きしめ返す。

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また会えたね 原田楓香 @harada_f

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