第45話 魔王の帰還

 目覚めると病院だった。

 母さんも凪姉も泣いていたし、おじさんにはがっちりと抱き締められた。


 俺は順調に回復したが、いたずら心でシオンには連絡しなかった。

 おかげでサプライズ登校したら教室内で抱きつかれ、愛を囁かれてしまった。

 一大スクープになったのは言うまでもない。


 俺はそっとしておいて欲しかったのだが、ダンジョン業界を牛耳っていた鷺ノ宮エンタープライズ社長の息子で、反逆者かつ救世主『ラビ』の中の人で、異世界から帰還した人間となれば世間が放っておいてくれなかった。


 ちなみに、高校卒業と同時に「おじさん」呼びを止めて今では「父さん」呼びも様になってきた。


 ダンジョンがなくなっても鷺ノ宮エンタープライズが存続しているのだから、父さんの腕は一流のようだ。

 母さんは退職して専業主婦になったし、凪姉は弁護士になってからも勉強を続けている。いずれは鷺ノ宮エンタープライズの顧問弁護士になるのが夢らしい。


 佐藤さんは夢を叶えて研修医になり、バリバリ働いているようだ。


 そんな中、俺はなにをやっているんだ。


「結婚式は和装がいい」

「なんでだよ。普通は洋装だろ。フランス式じゃダメなのか」

「せっかく、おばあちゃんの国で結婚式をするんだから」

「まぁ……それなら」

「では、日本とフランスの両方で式を執り行うというのはどうでしょうか!」

「あ、そっか!」


 ウエディングプランナーの一声にシオンが笑顔を輝かせる。


 俺とシオンは下らないことで口喧嘩していた。

 いや、訂正しよう。下らなくない。重要なことだ。


 今更だが、元インフルエンサーとの交際は思った以上に大変だ。


「ブライダル業界の策略に乗せられた気がする。有名人の婚約者も考えようだな」

「宣伝のお礼で安くしてくれるんだからWin-Winの関係だよ」

「どこに行っても目立ってしまうな」

「それ、アタシのせいじゃなくて、シンのせいだよ。ね、元魔王さん」

「やめてくれ。もう何年も前の話だぞ」

「そうだ! 披露宴のタキシードにはウサギの意匠を……ってゴメン」


 顔に出てしまったようだ。

 俺は首を振りながら微笑んだ。


 転校初日にシオンが言った通り、俺は彼女のことを好きになった。

 というより、一目惚れに近い感情を抱いていたのかもしれない。


 ウェルヴィのおかげで自分の気持ちに素直になれたのだろう、と自己分析していたりする。


 禁句というわけではないが、シオンは気を遣ってウェルヴィの話をしようとはしない。

 こんな調子で結婚してから大丈夫か? とも思うが俺にそんなことを言う資格はない。ずっと支えてくれたシオンには感謝している。


「シオン。ウェルヴィのことはもういい。俺が好きなのはシオンだけだ」

「うん。ありがとう。でもね、アタシはウェルヴェリアスとじゃれ合っているシンを見ているのも好きだったよ」

「そうか……。なぁ、式が終わったら引っ越ししよう。心機一転したい」

「いいよ。どこにでもついて行く」


 無事に挙式を終えた俺たちは東京から関西地方へ引っ越した。

 別にどこでも良かったが、シオンが『銀兎ぎんとのダンジョン』の跡地に家を建てると言い出したことがきっかけだった。


「うちのパパも、シンのパパも気合い入りすぎだよ。二人暮らしでこの家は持て余しちゃうね。ペットでも飼う? それとも子供?」

「その選択肢ならペットだな」


 大手企業の社長二人の本気を見せつけられてしまった。

 ダンジョン跡地は不人気で土地が余っているおかげもあって、大豪邸ができあがった。


「爬虫類だけはやめて欲しいかも」

「安心しろ、俺も苦手だ」

「ワンちゃん? ネコちゃん? 小鳥ちゃんもいいかも。それとも――」


 初めてペットショップに入った俺は元気いっぱいの動物たちを眺めながら散策する。

 ……動物って高いんだな。


 そして、一つのケージの前で足を止めた。


「うさぎさん?」


 シオンは満面の笑みだった。

 俺の考えが分かりきっていたような表情に思わず頬が緩む。


「素直になっていいんだよ」

「じゃあ、うさぎさんで」


 店員がケージを開けた瞬間に俺の胸に飛び込んできた真っ白なうさぎ。

 その赤い瞳は彼女を彷彿とさせる。


「手続きをしますので、少々お待ち下さいね」


 店員が離れたそのとき――。


「飼っていいのは、飼われる覚悟のある奴だ」


 シオンは口を押えながら視線を彷徨わせて、俺の腕を何度も叩いた。


「分かりきっていることを言うな。初めて会ったあの日から俺がお前を育てると決めたんだ」

「お前の母親には内緒だぞ」

「もちろんだ。シオンもそれでいいな?」


 シオンは笑顔を綻ばせ、何度も頷いて俺とうさぎを抱き締めてくれた。


「なんだ、子作りはまだか」

「それは夫婦間の問題だ。口出しするな。で、なんでここにいる?」

「あの日、わたしの一部がシンと一緒にこっちの世界に戻って来たのだ。綿毛のように漂ってこの体の親に宿った。そして、わたしが産まれたというわけだ」

「なるほどな」


 戻って来た店員にうさぎの飼い方の説明を受けて、料金を支払った。


 なんか変な感じだな。

 当たり前のことだけど、あいつを金で買うのは違和感しかない。


「ケージはどうしましょう。移動用と室内用をご用意いたしましょうか?」

「いえ、どちらも要りません。ありがとうございました」


 怪訝そうな顔をする店員に背を向けて、うさぎを抱くシオンの元へと急ぐ。


「もう人の姿にも魔物の姿にもなれないんだって」

「残念な限りだが、残りの力は全て寿命に注ぎ込んだ。シンならそうするだろう?」

「さぁ、どうかな」

「しっかり看取ってやるからな」


 異世界の魔王はうさぎの平均寿命を余裕で超えるつもりらしい。

 今からギネス世界記録認定員にアポを取っておくか。


 俺の腕の中で赤い瞳が見つめてくる。


「ただいま、シン」

「おかえり。ウェルヴェリアス」


 俺は長い年月をかけて自分の夢とウェルヴィの願いを叶えた。


 あの日からウェルヴィは人間の世界にまぎれ、目立たないように暮らしている。

 

 俺たちの共存はこれからも続く。

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お前たちが苦戦しているダンジョンのボスを育てた俺、なぜか魔王と呼ばれるようになったけど、本物の魔王は別にいるからな? 桜枕 @sakuramakura

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