第3話 ユグドラシル

 巨大樹の中は驚くほど賑わっていた。当たり前のようにレンガ造りの家々が建ち並び、その間を縫うように人々は蠢いている。

 どうしたって木の中なので街の端は木の壁に覆われているが、不思議なのは内側にも枝が生えており、その巨大な枝の上にはたくさんの店が構えられていることだ。おそらく所どころにある滑車を利用して枝に上ったりするのだろう。

 

 「ほえぇえ。木の中ってこんなに、こんななんだぁ。」

 

 シナが語彙を捨てるのにも納得がいってしまう。

 

 「ねね、見てよ。あの家のドア、ちょーちっちゃい。」

 

 言われるがまま指す方を見ると、その家自体は周囲とそれほど違わないにもかかわらず、玄関だけ明らかに小さい家があった。隣の家のドアノブぐらいしかない。

 

 「ほんとにちっさ……ぇ?」

 

 ふと目の前を横切った人の顔を見ると、明らかに人とは違うモフモフした毛に包まれていた。よく見渡せば、誰もが人……いや、私やシナとは異なる様の二足歩行生物ばかりだった。顔だけで見れば、カモノハシ、オカピ、デメニギス、ネコ、三つ目、他にも私の語彙では表現できない骨格の生物もいる。服装は来ているが明らかに体形の異なる者も多くいた。

 あっちにも、こっちにも普通の人間がいない。

 

 「ねぇ、みんな、人じゃないじゃん。」

 「ね。びっくりした。」

 

 シナは私以上に目をぱちくりさせている。すると突然怪訝な顔をして振り返ってきた。

 

 「でもどうしてこんなに見られている気がするんだろ。」

 

 言われて初めて気づいたが、確かに変な目で見られている。

 

 「こんなソリに乗せられてるからじゃない?」

 

 とは言いつつも明らかに私たちというよりはシナの方を見ているような……。

 

 「お前の左腕のせいだろ。」

 「「あ。」」

 

 シナが平然とし過ぎていたせいで忘れていたが、大男に言われて腑に落ちた。凝固したことで黒みすら帯び始めた左腕は今もじっと見れたものじゃない。

 

 「本当にそれ大丈夫なの。」

 「気にしたら負けだよ。」

 「何を言っとんや、こいつは。」

 

 何の前触れもなく大男は方向転換をし、大通りから外れの暗がりへと向かい始めた。

 少し外れただけで、明らかに先ほどとは空気感が違う。街灯も数が少ない。

 耳をすませば、大通り特有のざわざわした音が聞こえてくる。大通りとはそれぐらいの距離感で確立されている異様な空間だった。少し煤の匂いもする。

 薄暗い裏道を運ばれていると、そこに黒いフードを纏った者が現れた。

 

 「連れてきてくれたか……さすがサンタだな。」

 

 その声は複数の音が何重にもなっているように聴こえ、鼓膜を打つ振動が普通とは明らかに違う。

 すると隣でごそごそと近づいてきたシナが耳打ちしてきた。

 

 「ね、このでかい人ってサンタって名前だったんだ。かわいい名前。」

 

 そう言いながらくすくすと笑い始めた。

 前の二人は気にせずに話を進めている。

 

 「頼まれたものは届ける、それだけだ。こいつらでいいんだよな。」

 

 黒いフードがずずっとソリの方に近づいてきて、私たちの方を見ている、ような気がする。

 フードのせいなのか、薄暗いせいなのか、顔は良く見えない。

 

 「ああ、違いない。助かった。」

 

 この言葉で満足したのか、サンタは私たちにソリから降りるように告げてきた。

 そそくさと降りるとサンタはソリを白い袋にひょいと片付け、こう言った。

 

 「よし、なら俺はこれで。」

 「ちょっと待て。」

 「なんだ。」

 「サンタ。こいつら、どうやって連れてきた。」

 「ソリに乗せて連れてきた。」

 

 淡々と答えるも、フードが求める答えはそうじゃないらしい。

 

 「違う。どうしてこいつらはソリに乗ることを許容してるんだ。」

 「元気そうだから、ついてこいと言って連れてきた。それ以上は何もない。」

 

 言ってることは事実なんだけど、どう解釈しても違和感しかない。

 こんなことよく堂々と言えるね、このサンタさん。

 

 「は?」

 

 フード男は疑わしい顔でこちらをうかがってくる。

 そうですよね、そうなりますよね。でも本当にその文言でソリに乗ってきたんです、すみません。ほぼ強制的で仕方なかったんです。

 あのシナでさえ黙りこみ、微妙な空気になってしまった。そのことを気にしてか、咳ばらいを挟んでからフードは話し始めた。

 

 「ま、まぁいい。道中は問わない。」

 「ああ、願い事は連れてくることだったからな。」

 

 そういってサンタは私たちをソリから下し、薄暗い細道のどこかへと行ってしまった。

 

 「私たちは一体どうしてここに連れてこられたんですか。」

 「とにかくついてこい。歩きながら説明する。」

 

 そう言ってフードはサンタと真逆の方向へと歩き始める。

 ふさふさと鳴る地面に、煤の香りが充満している環境のせいか、どうしても落ち着かない。加えて、周囲の音が街の環境音からサァーとホワイトノイズのような音に塗り替えられていった。

 まだ振り返れば、私たちはサンタと別れた場所が見える距離感にいる。

 そのタイミングだった。

 

 「行こう!」

 「え、今!?」

 

 シナはニコニコしながらさっき来た道を全力で逆走し始めた。逃げようなんて言ったときにはどうするつもりかと思ったが、こっそりとは無縁すぎだ。

 

「あ、おい!ちょっと!」

 

 そりゃフードもこうなりますわ。脱兎のごとく駆け抜けるシナを私も全力で追いかける羽目になった。

 落ち合っていた場所を抜け、大通りへと飛び込む。ここまでくれば大勢に紛れることができる。

 振り返っても誰も追っては来ていない。息を切らせながらもホッと胸を撫で下ろす。シナは何食わぬ顔でこちらを見ていた。

 

「ほら、案外行けたでしょ?」

「何となくだけどフード諦めるの早すぎない?」

「それだけ私たちが速かったんだよ!」

「そうかなぁ……。」


 疑問は尽きないが考えても仕方がない。今はこれからどうするかだ。


「これからどうする?」

「ねぇ、どうしてみんな耳をヘッドセットで守ってるんだろう。サングラスしてるし。」

「え?」


 ……確かに。

 そういえば大通りに出たはずなのにさっきからホワイトノイズが止まらない。裏道とは別に関係なかった?


「もしかしてこの音って……」


 世界が一瞬、ピカカカと光った。

 シナと目が合う。


「違うこれ、雨の音じゃん!」


 その瞬間、とてつもない轟音が私を殴打し、視界が暗転した。

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星をカケル少女:The Girl Who Shifted Through World かしい @cathyett

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