第8話 大団円

 ただ、まだ疑問は残る。二つ目のポイントとして挙げた、

「行方不明が多い」

 ということだ。

 奥さんの失踪といい、竜二の彼女の失踪といい、同じ事件の中の失踪であっても、まったく違った側面を持っているものだ。

 二人とも殺されているということはないと思うが、表に現れないというのはどういうことだろう?

 赤石の様子を見ていると、犯行は彼女の中で完遂しているのではないかと思えた。

 だとすると、殺されているのであれば、どこかで死体が見つかっていてもいいだろうが、そういうわけでもない。浅川は、いろいろ考えてみることにした。

 奥さんは別にして。竜二の彼女は竜二が生きていればこその利用価値だったはずである。しかし、竜二が殺されたとなっては、もう必要のない相手だ。だからと言って、放免にするには、彼女はあまりにも知りすぎた、監視下に置きながら、金を生むタマゴとして、

「飼っている」

 という状況が、組織には一番いいのかも知れない。

 これほど卑劣なことはないのかも知れないが、彼女の方とすれば、ひょっとすると竜二の死を知ることもなく、組織にいいように利用されているのかも知れない。

――こんなことなら、竜二のことを全面的に信じてあげればよかったわ――

 と考えているかも知れないと思うと、

「彼女こそ、一番の被害者なのかも知れない」

 と思った。

 それぞれ悪党や知能犯が群雄割拠の中で、ただ利用されただけのオンナ。

「まずは彼女を助けてあげなければいけない」

 と思った。

 浅川刑事は、組織が隠すにはどこがいいかということの検討はついていたが、何しろ存在を知っているだけで、顔も名前も知らない女性である。名前を知っていたとしても、それは本名かどうか、分かりっこないのだ。

 思いついたというのは、風俗の店だった。

 この事件はここまで浅川刑事の想像通りであり、いずれ解決に向かうことになるだが、ここから先は真実のお話で、浅川刑事の想像と合致しない。それだけに話が混乱してしまう読者の方もおられると思うが、そこはご了承いただきたく存じます。

 組織は資金稼ぎのために、自分たちの直営店も持っていれば、自分たちの息のかかった店というだけの、みかじめ料と用心棒を兼ねた店を持っている。竜二は直営店の用心棒だったが、彼女の方は、直営店ではなかった。バレては困るという考えがあったからだ。

 ただ、竜二の方も女の方も、お互いに愛し合っていたというわけではない。あくまでも用心棒とその周りのオンナというだけの関係で、彼女とすれば、

「どうして私があんな男のためにこんな目に遭わなければいけないのかしら?」

 と感じていた。

 相手が愛している男であれば、少しは抵抗もあるだろうが、愛も何も感じていない相手のことでこんな目に遭っていることで、抵抗する気力もなくなっていた。

 下手に騒いで、男たちの慰め者になることをよしとはしなかった。

 子供の頃の苛めっ子と苛められっ子でも同じではないだろうか。

「苛められる時に下手に逆らって、相手の神経を逆なでさせるよりも、黙って相手が疲れるまで待っている」

 というやり方が一番いいのではないだろうか。

 そんなことを考えていると。自然と逆らうこともなくなってきた。何とか今の立場に慣れることを考えるようにしたのだ。

 そうすれば、商品として大切に扱ってくれる。逆らうだけ損だということだ。

 だから、彼女は、半分諦めていたのだろう。

 それも組織の計画通りだった。

「女なんて諦めさせてしまえば、後は言いなりさ。逆らえば痛い目に合わせれば、それですぐに気持ちは収まるというものさ」

 と言って、女を見て見下すような嘲笑をしていることだろう。

 それも、慣れれば気にもならなくなる、彼女はそういう意味では従順だと言ってもいいのではないだろうか。

 そんな時、そのお店で、お互いには知らなかったのだが、自分のことを助けてくれる女性がいた。彼女の方もその女の子が、まさか竜二の彼女だとは知らなかったのだが、これも実に何かの埋め合わせではないか。

 その女というのは、実は鶴橋氏の奥さんだった。失踪したことになっているが、整形を施し、自分の素性が分からないようにしてから、カモフラージュのために、この店で働き始めた。

 彼女がずっと行方不明だったのは、整形をするためだった、彼女は何とか生き抜こうと考えたのだが、旦那のかたきを討つつもりなのかどうかまでは分からない。そしてこの店が竜二の組の関係の店(直営店ではない)と知っていた。

 知っていて、わざと相手の懐に飛び込んだのだ。

 まさか渦中のオンナがまさか、こんなところにいるわけはないという理屈と、整形にそれなりの自信があるということであった。

 彼女は実は結婚前の学生時代。アルバイトで風俗にいたことがあったので、

「昔取った杵柄」

 とでもいうべきであろうか。

 そのおかげで店では、新人なのに、人気があり、お客さんのリピーターも多かった。その分、姉御肌のところもあり、売られてきた竜二の彼女に同情し、優しく接していたのだ。

 本当に彼女は可哀そうな身の上で、これほど風俗が似合わない女性もいないと思わせるところで、彼女が売られてきたことはすぐに分かったのだ。

「私、あいり、よろしくね」

 これが奥さんの源氏名だった。

「あっ、わ、私は、あみといいます。ど、どうぞよろしくお願いします」

 と、礼儀正しい姿に、あいりは感心した。

「あなた、初めてなの?」

「ええ、実は売られちゃったんです」

 とオドオドしている割に、いうことが大胆なあみに、あいりは少しきょとんとしたが、息が合いそうな気がした。

 二人hささっそく仲良くなったが、店では自分の部屋に一日中いることになるので、終わりの時間が会う時しか、一緒に帰ることはなかった。それでも、大体の時間は決まっていて、あみの都合にあいりが合わせることで、同じシフトを結構組んでいた。

 一緒に食事にも行く中になり、そのうち、あみの素性があいりにも分かってくるようになった。

 あみが、まさかあのチンピラの彼女だったとは思わなかった。彼は殺されてしまったことも知っているようだが、もういまさら彼下の思いが残っているわけでもなく、それよりも、言あの自分のたちはを自虐することに精いっぱいで、余計なことを考える暇すらなかった。

 毎日、好きでもない男の相手をさせられることに屈辱を感じていたが、

「でもね、たまに童貞の男の子なんかが来るとね。お姉さんが教えてあげるなんて気分になって、結構楽しいわほ」

 というと、

「そんな、私はあいりさんのように、男性に癒しを求められるような大人の女はないわ。しかも、若くてかわいいならまだしも、私のようにおばさんだったら、どうしようもないわ」

 と言って、あみは少し首を竦めた。

 おばさんということであれば、あいりの方が年上である。あみは、あいりに比べて三つほど年下だった。しかし、生来の暗さからか、年齢としての若さが感じられない。そんなあみをあいりはm何とかしたいと思うのだった。

「大丈夫よ。こっちがオドオドするのではなく。相手と一緒に楽しむと思えばいいのよ。だって、相手だって、初めての男の人だったら。こっちをどんな人なんだろうって、ドキドキしながら来てくれるでしょう? そして、リピーターだったら、自分のことを気に入ってくれているわけだから、自信を持てばいいのよ。可愛がってあげるというくらいの気持ちになれれば、お互いに楽しいものよ」

 とあいりは言った。

 あいりの話のおかげか、あみにも結構リピーターがついた。本指名ランキングでもbエストファイブに入るくらいっで、みるみるうちに、彼女は貫禄がついていった。

「あみちゃんは、売られてきたと言っていたけど、付き合っていた彼氏に売られたの?」

 と聞くと、

「いいえ、彼はそんなひどい人出はなかったわ、ただ、組織の何かを知ってしまったんでしょうね。失踪して、見つかった時には殺されていたわ」

 というではないか。

 そこまではあいりも知っている話だったが、あいりの方としても、どうしてここにいるのかを全部は話せないが、話せると思ったところまで話をした。

「じゃあ、あいりさんは、組織から逃げているというの?」

 と言われて、

「いいえ、逃げているという感覚じゃないわ。もし、逃げるつもりなら、もっと遠くの誰も知らないところに逃げると思うの。でも、私にとってここは私に関係のある場所でもあるの。私の殺された旦那が、この組織を探っていたのよ」

 というと、

「じゃあ、お互いに彼氏であったり、旦那さんを殺されたことになるのね? あなたは、それで復讐を企んでいるというの?」

 と訊かれて、

「いいえ、違うわ。私の旦那は組織に殺されたわけではないと思うの。組織がやったのであれば、もっとうまく死体の処理をしたりするわ。やっていることは大胆なんだけど、その結果はお粗末なのよ。完全に素人のすること、それを思うと、殺された旦那が不憫でならないわよね」

 t、あいりは言った。

「一体、この事件はどういう事件なのかしら? あいりさんには、事件の全容が掴めているというの?」

 と訊かれて、

「いいえ、すべてが分かっているわけじゃない。そういう意味で、あなたに出会えたのは私にとってよかったことなのよ。だから、今度はあなたが私と出会えてよかったと思わせたいと思っているのよ」

 というあいりを、あみは頼もしい目で見つめていた。

「私は助かるのかしら?」

「ええ、大丈夫よ。もう犯人が警察によって検挙されている頃かも知れないわね」

「犯人の目的って何だったのかしら? あの人は、ただ利用されただけだったんですよね?」

「ええ、結果としてはそういうことになるわね。でも、元々は犯人がかつて詐欺を働いていたことを、編集者の人に嗅ぎつけられたことから始まっているのよ。その編集者というのが、二人目の犠牲者となった私の旦那というわけよ」

 とあいりは言った。

「じゃあ、犯人と私の彼との関係は?」

「実はあなたの彼だった男性は、かつて、人殺しをしていたの、二年前に犯人がマインドコントロールをしていた女性、彼女が性格的に少し神経質すぎたのね。マインドコントロールが効きすぎて、被害妄想がひどくなり、どうしようもなくなったところを、犯人はあなたの彼に押し付けたの。そして、あなたの彼はその女性を毒殺した。でも、彼はきっと何も知らなかったのね、それを犯人に見つかったと思って、あとはその犯人の思いのままになっていたということよ。私の旦那はそのことも分かっていた。極秘で、その時に殺された名古屋紗耶香という女性が殺されたことを発見した。もちろん証拠もないので、犯人に近づく前に、実行犯のあなたの彼に近づいた。この事件の大きな特徴は、犯人がある程度特定されているのに、まだ犯罪がすべて表に出ていないということ、まだまだ余罪が出てくるかも知れないわ」

 と、あいりは、言った。

「そんなことがあったなんて……」

 とあみは、彼はただのチンピラで、

「どうせ、大したことのできない小心者だ」

 と思っていたが、小心者というのは本当なのだろうが、それを犯人にここまで利用されるというのは、自分にとっても、

「どうしてあんな男を好きになったんだ?」

 と感じさせるものだった。

 しかも、自分はそんな男のために、売られてしまっている。悲劇のヒロインと言っても、ここまでさせるとは、

「神も仏もないものか」

 とあみは思った。

 世の中ここまで不公平であっていいものか、犯人はとことんまでまわりを不幸にしている。自分の目的を達成するために露骨なまでの貪欲さが、あのオンナにはある、

「人を見かけで判断してはいけない」

 だって?

 そんなのはただのきれいごとであり、あのオンナこそ、人間の皮を被った悪魔なのだ。しかもそんな悪魔はあれだけ計算高いのに、自分の計画したことだけの一部だけしか見えていない。当然、あみのことなど分かろうはずもないに違いない。

「私の旦那は末期がんだったの。そういう意味で、覚悟もできていただろうし、きっと最後は自分のことだけを考えて死んでいったと思うの。もちろん、私のことも考えてくれていたはずなんだろうけど、先が見えている人間は、最後は結局一人なのよ。あの犯人のオンナの誤算はそこになったのかも知れないわね。そんな彼を殺してしまったこと、黙って死ぬのを待っていれば。警察もうちの旦那を警察が意識しないで済んだはずだからね」

「そうだったんですね。この事件はどのように計画されたものなのかは私には分かりませんが、今お話を伺っている感じでは、明らかに犯人の計算外のことが起こっていて。そこが却って事件を複雑にしているように思えるんですが、でももっと考えると、計画殺人なんて、大なり小なり、どれも変わりがないということなのかしら?」

「そうなのよ、あなたの言う通りなのかも知れないわね。この事件には、ポイントがある。私の旦那が末期がんだったということ。そして、この事件に関してはあなたの彼氏は大した役割を持っているわけではないということ。でも。絶対的に犯人に利用されるだけの過去があった。彼は犯罪者であり被害者でもある。きっと、警察もそのうちにこの犯罪にも気づくでしょうね。そして、この事件のもう一つのポイントが、この事件には行方不明者が多いこと。一人は闇で殺された名古屋紗耶香さん、そして一人はあなた。そしてもう一人はこの私。三人が三人ともまったく違った形よね。一人は殺されている、もう一人は、組から人質のようになって、ソープに売られた。これはあなたのことよね? そしてもう一人は、組織から逃げるための、真相を究明したいという意識もあって、犯人の店に潜り込んだこの私。そこが特徴だと言ってもいいわね。そして、もう一つ、それは私とあなたの彼氏、最初に死体が発見されたのがどちらであっても、犯人にはあまり関係なかったということ。これって、本当に恐ろしいことだと思うわ」

 と、奥さんは推理していたが、この推理は、浅川刑事の推理とほぼ一緒である、

 ということは、二人はある意味において、事件に対して立っている位置が同じだということになる。

 同じ位置から事件を見ることで、それぞれの立場から見ていたのだろう。

 そして、あいり、つまり鶴橋あやめは、彼女を救い出すことが自分の役目だと認識している、

 さらにここが大事なのだが、二人が揃って警察に出頭することで、きっとこの事件は解決すると考えられる。

 あいりの考えは別に夫の仇を取り隊だとか、正義感に燃えているものではない。

 この世において、想像を絶する空前絶後と言ってもいいほどの悪党である犯人を、完膚なきまでにやっつけたいという意思があったのだ。

 そして警察にも、

「そんな恐ろしい悪党がたった一人いるだけで、因果が勝手に結びついてしまい、まわりのどれだけの人に影響を与えて、死ぬ必要のない人ばかりが死んでしまうことになる」

 ということを知らしめたかった。

 そう、この事件の特徴は、殺された人全員が、殺される必要などない人たちばかりである。

 だから、本当はもっと犯人の特定に時間が掛かるものなのだろうが、この犯人の特徴が強すぎて、却ってすべての事実が犯人を指し示しているのだろう。

「あみさんは、きっと彼から何かを預かっているんでしょう?」

 と訊かれて、あみは事件の全貌を知ることで、彼から預かっているものが役に立つことを確信していた。

「ええ」

 と答えたあみは、この前までの怯えたあみではなかった。

 すでに店では最初とはまったく違ったあみに対して、

「何があったんだ?」

 と感じさせるような、まるで別人のようであった。

 あいりは、そのうちにここを抜け出して、警察に出頭するタイミングを計っている。それはそんなに難しいことではない。ただ、問題はタイミングだった。

 これでもかというほどのタイミングをあいりは模索している。

 あいりには警察にも自分を同じ考えの人がいることを、なぜか自覚していた。

「これが私のやり方なのよ」

 と、犯人に向かって勝利宣言をしたいくらいだった。

 ただ、あいりは自分に言い聞かせる。

「私は一体誰と戦っているんだろう?」

 と……。

 そう、これこそが、この事件で一番のポイントなのかも知れない……。


                  (  完  )

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ポイントとタイミング 森本 晃次 @kakku

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