第7話 事件のポイント

 この事件におけるポイントはどこにありのだろう?

 カギを握っているのは、赤石という悪魔のように思われる女であることに違いはないが、真相に近づくには、見えている場面だけではなく、それぞれに潜んでいるその時々、いわゆる節目におけるポイントが大切なのではないかと浅川刑事は感じていた。

 一つのポイントとして考えられるのは、

「鶴橋氏が末期がんであり、それをまわりに必死に隠そうとしていた」

 ということではないだろうか。

 それが奥さんに対しての思いやりだったとすると、それを知った赤石という女が撮ったあの不倫写真は、奥さんを何かで陥れるための切り札だったのかも知れない。ひょっとすると、奥さんは旦那のことを知ってしまい、一人で抱え込むことができなくなり、赤石を頼ったのもあるかも知れないし、鶴橋氏も鶴橋氏で、何かのきっかけであの女に知られてしまったことで、頼るしかなかったのだとすれば、

「旦那の方は脅迫し、奥さんを洗脳していた」

 と考えると、何かが見えてくるような気がする、

 そこまで考えても、それはあくまでも想像でしかない。確証も根拠もない妄想と言ってもいい。普段であれば、部下がそんなことを言い出すと、

「警察官がそんな妄想に駆られたような捜査を行ってはいけない」

 と言い聞かせることだろう。

 しかし、今回は妄想のまま突っ走ってもいいような気がする。少なくとも赤石は、絶対に何かを握っているのは間違いない。実際に手を下したわけではなくとも、殺人を教唆の証拠を残さずに行うということはお手の物かも知れない。

 だが、もしあの女が犯罪というものを舐めていたのだとすると、どこかで綻びを感じさせるような小さな穴が見つかるかも知れない。

 警察官のようなプロに掛かれば、その穴をでかくしていくことも可能ではないかと思うと、俄然ファイトが湧いてくる。

 浅川も桜井も、日頃刑事捜査をしながら、不安と背中合わせであった。

「犯罪捜査をしながら、どんどん真実に近づいて行っているが、果たしてその真実が正義なのかどうか分からない。それを考えると、自分たち刑事の存在価値を疑わざる負えなくなってしまうのだが、かといって、真実を見つけないわけにはいかないのだ。どんな真実が待ち受けていようとも、何かの犯罪があって自分たちは動いているのだから、答えが見つからないということは許されない」

 という覚悟を持っているつもりだった。

 だが、今回は赤石に限っては、あの女の正体を暴くことは明らかな正義だと思う。末期がんである旦那の思い、そして妻が旦那を慕う気持ちを踏みにじったのだとすれば、許されることではない。

 しかし、これはあくまでも妄想なのだ。状況証拠すらもない。もちろん、物証があるわけでもない。

 そう思うと、少なからず、事件を冷静に整理する必要があると感じた。事件に存在する節目節目をポイントとして感じることで、そのポイントを結び付けて、違和感がない状態にした時こそ、そこに真実への道が開かれるのではないだろうか。

 これまでの捜査はずっとそうやってきたつもりである。証拠を見つけて、証拠を重ね合わせることで、違和感や無人を失くす。それと同じことではないだろうか。

 つまりは、今までの捜査における証拠の収集というのが、今回のポイントセリであり、どんな細かいことであっても、あるいは、屁理屈かも知れないことであっても、そこに存在しているのが事件を時系列でつなぎ合わせて矛盾のない状態にできれば、立派な証拠のかわりになるだろう。そして、そこから改めて見えてきたことに対して証拠を探せば、今まで見つからなかった証拠も見つかってくるというものだ。

 犯罪捜査に証拠は大切なものだが、証拠を揃えるために、最初に事件を推理するという手順があってもそれはそれでありなのではないかと浅川刑事は感じたのだ。

 今もう一つ気になっていることを、捜査会議で話してみた。

「さっき、この事件での一つのポイントとして、旦那の末期がんというものを考えてみたのだが、今はもう一つ、ポイントがあるように思っているんだよ」

 と浅川刑事が言った。

「それはどういうことですか?」

 と桜井刑事が訊くと、

「事件の本質というよりも、少し離れたところから全体を見て、単純に感じたことだと思ってくれればいいと思うのだが、私が疑問というか、この事件の特徴として思ったことは、この事件には行方不明者が多いということなんだ。確かに関係者が行方不明になる事件は今までにもたくさんあった。鶴橋夫妻の行方不明もそうなのだが、もう一つ気になっているのは、チンピラの殺された竜二の彼女だった日十行方不明になっているということだろう? この事件とは何ら関係のないことなのかも知れないが、少なくとも被害者の元オンナが行方不明という事実は間違いのないことなんだ。それを思うと、この事件における行方不明者というのは、本当にこれだけなのかっていう新たな疑問も出てくる。そういう意味で、一つのポイントに挙げたんだけど、少し強引過ぎるかな?」

 と浅川刑事がいうと、急にH署の刑事が思い出したかのように、背筋を伸ばすと、

「そういえば、これは我々が編集長に聞いた話だったんですが、鶴橋が麻薬ルートを追いかけている時、行方不明になった刑事がいることを、情報として聴いたらしいんだが、彼はどこで見つけてきたのか、その刑事を探し出して、密かに病院にかくまったと言っていました。それを記事にするのかと編集長が訊くと、それはできないということを言われたそうです。下手なことをすると、自分や会社、家族にまで身の危険が迫る。そこまでのリスクは負えないということでした。ただ、一つ彼が話していたのは、見つけた刑事の記憶は完全に消されていて、組織側は人間の記憶を消すだけの科学力を持っているのではないかということで、すっかり強気の彼も恐ろしいと思っているようでした。でも、自分が独身だったら、思い切ったことをするのにということも言っていたそうで、その時はすでに末期がんを分かっていたのではないかというのが、編集長の話でした」

「なるほど、それがやつらの組織の奥深さだというわけですね? しかも、ここでも行方不明というキーワードが生まれてくる。やはり何か組織との因果関係はありそうですね」

 と、浅川刑事が言った。

「それにしても、殺されたチンピラの元オンナの行方不明というのは、どういうことなのでしょうか? 拉致されたか何かで、脅迫の材料に使おうとでもいうんでしょうか? それだけ竜二がその女性を愛していたということなのか、そこも難しいですね」

 というH署の刑事だったが、

「いや、竜二というのはチンピラであったが、結構まともな神経を持った人物だったようです。元彼女のことを大切にしていたのも事実のようで、行方不明になった時は、必死になって探していたという話も聞けたくらいでした。だからやつがどのような性格なのかは我々でも想像がつきそうな気がするんです。もっとも、そんな男だからこそ、もし誰かが彼を騙そうとするのであれば、簡単だったのかも知れないですね」

 と浅川刑事は言った。

「赤石という女のことを言っているんでしょうか?」

 と桜井刑事は訊いたが、浅川刑事は黙って頷いた。

――浅川刑事は、どれだけこの赤石という女のことを毛嫌いしているのだろう? この感情は刑事としてありなのだろうか?

 といつになく露骨にあの女を嫌がっている浅川刑事を感じた。

 桜井刑事も、もちろん、ヘドが出るくらい、あの女に嫌悪を感じている。しかし、浅川刑事が露骨に感じることで、自分はそこまでひどく感じることができないと思うのは、これも人間の性だということであろうか。

 そんなことを思っていると、浅川刑事が一人嫌気を差してくれていることで、他の捜査員が冷静に事件を見られるようになっていることに気づく。贔屓目であるが、

――これが浅川刑事の優しさなのではないだろうか?

 と、桜井刑事は感じた。

 この事件において、浅川刑事は今までの彼とは明らかに違っている。それほど、この事件が特殊なものだというべきなのか、考えれば考えるほど、犯人、あるいはそれに類する人の極悪さが見え隠れしてくるようで、いろいろと考えさせられてしまう桜井だった。

 さらにもう一つのポイントとして、浅川刑事が考えていることは、誰も思いもしないことだった。

 考えている浅川刑事ですら、

――こんな考え、本当にありなんだろうか?

 とさえ思っているほどで、やはりこれもm普段の浅川刑事からは想像もつかないことだったに違いない。

 今回浅川刑事が普段と違う考えでいるのは、一つには、事件の証拠を探すためのポイントを見つけなければならないという思いだったに違いない。

 その一つのポイントというのは、

「殺された竜二というチンピラが本当はこの事件では、大した役割があったというわけではなかった」

 という考えである。

 これは突飛というよりも、下手をすれば、事件の根本を揺るがすものではないかと思える。それを否定するのは、赤石の写メであり、それだけ赤石という女の証言をすべて否定していくと、見えてこなかったポイントが見えてくるのではないだろうか、

 そもそも、奥さんがチンピラの竜二と不倫をしていたという話は、赤石という女から出てきた言葉ではないか。今の状況で、この女を疑えばいくらでも疑うことができ、普段なら思いもつかないような発想が生まれるであろう。

 では、このチンピラはどこで、この事件に関係してきたのだろうか?

 いや、事件に関わったかというよりも、赤石という女に目をつけられたと言った方がいいかも知れない、不倫というのがウソであれば、赤石という女の思惑で、チンピラの本当の姿が捻じ曲げられているのかも知れない。

 浅川刑事はいろいろ頭の中で推理してみた。赤石の立場になって、竜二の立場になって、奥さんの立場になって、さらに鶴橋氏の立場になってである。

 チンピラというだけで、世間から変な目で見られることもあってか、竜二は損をしているだろう。しかし、チンピラ仲間の中では比較的まともな方だという話もあることで、赤石が洗脳するのか、あるいは脅迫するにはちょうどよかったのかも知れない。それは、鶴橋氏が麻薬関係の記事を書こうと思う前のことなのか、それともその麻薬関係のことで、鶴橋氏から情報を仕入れたのかも知れない。

 鶴橋氏とすれば、この記事は自分にとってのスクープのように思っていたことだろう。それをこともあろうに、隣の女性に見られてしまった。最初はさすがにこんなにひどい女だとは思っていなかったので、想像もつかなかったが、同時に二人、つまり竜二と鶴橋氏を脅していたのかも知れない。

 お互いに他人に脅されているなどということを知られるわけにはいかない。竜二としては、幹部にでもバレると、自分の立場がなくなり、下手をすると消されてしまう可能性だってあるかも知れない。

 鶴橋氏としても、せっかくのスクープをみすみす棒に振るのも嫌だ。そんな時に、赤石の方から、

「このことは私とあんなの秘密にしといてやるよ。そうでもしないとバレたことが相手に知れると、あんたや会社、下手をすれば家族にも害が及ぶかも知れない。それは嫌だろう?」

 などと言われると、言いなりになるしかなかっただろう。

 特に奥さんに知られるのだけは嫌だった。

 どうしても、奥さんに対して後ろめたさから、いつもコソコソとして、何かを隠しているかのようになるだろう。

 そこで、不安に駆られた奥さんが、こともあろうに赤石に相談したとすれば、それこそ、飛んで火にいる夏の虫も同然である。

 そんな時に、

「旦那の様子がおかしいのであれば、旦那を脅かすような写真を撮ればいい」

 などと言って奥さんに声をかけ、自分の知り合いだからということで、竜二と仲良くしている写メを撮らせた李したのだ。

 それを旦那に見せると、旦那が逆上すると赤石は思ったかも知れない。

 だが、実際に旦那の方は、奥さんを許すと言っていた。すでに自分の寿命が長くないことを分かっていたので、奥さんが、チンピラから身を引くことができれば、よりを戻してもいいという発想になっていた。

 赤石は計画が微妙に狂ってしまった。

 元々、最終的にどこを目指しているのかというのも曖昧だっただけに、赤石の方では逆に臨機応変に思えて、どこを目指すかを明確にしようと考え始めたのではないか。

 そう思うと目指すところとしては、

「奥さんが不倫していたことを旦那が知って、それを元に旦那がチンピラに文句を言いに行く」

 しかし、そこまで考えると、少し気になることがあった。今までの事件を見ていると、赤石は旦那に対して直接の攻撃をしていないように思えた。どちらかというと、この旦那を陥れるために何かをしようというのは分かるが、直接の攻撃を見受けることができない。そこで考えたのが、

「この旦那は、この赤石という女の何か秘密でも握っているのではないか?」

 ということであった。

 確かに麻薬関係で捜査していたが、この女が麻薬と繋がっているという証拠はどこからも出てこない。麻薬捜査官に訊いても、赤石という女の影は出てこないという。

「鶴橋さんの奥さんの影は見え隠れするんですがね。ただ、これも竜二と直接関係があるようにも見えない。皆繋がっているようで繋がっていまいんですよ」

 と言っていたのを思い出した。

 そこで、また突飛な考えであったが。

「三すくみのような関係なんじゃないか? しかも、何か変則的な形の」

 ということだった。

「赤石は、奥さんには強いが、旦那には弱い。旦那は、竜二には弱いが、赤石に強い。奥さんは、旦那には強いが、赤石に弱い」

 という構図の中に、チンピラの竜二が出てこない。

 元々、

「殺された竜二というチンピラが本当はこの事件では、大した役割があったというわけではなかった」

 と思った考えがここにきて、一周まわって戻ってきたかのようであった。

 それだけに、この思いは間違っていないように感じられるのである。

 ただ、表にはチンピラが出てくる。そして事実として。このチンピラは殺されて発見された。もし、奥さんがこの男と不倫をしているわけでもなく、麻薬も関係がないとすれば、奥さんは自分が何もないにも関わらず、この男と不倫をしているかのような立場に追い込まれ、しかも、そこに赤石というわけの分からない女が見え隠れしていると思うと、怖いとは思ったが、この男に逢ってみるしかないと思った。

 その時に撮られた写真を、いかにも不倫のように言われた。だから、この写真は、不倫の末ではなく、不倫のウワサを打ち消そうとしてこの男に遭ったところを撮られてしまった写真だったのではないか。

 これも一つのポイントだった。

 奥さん不倫のウワサが真っ赤なウソで、その話題が赤石から出ているかも知れないと聞かされた。それで、奥さんはいつもの天真爛漫さと、夫が不倫ではないという安心感からか、まさか撮られているとも思わずにニッコリと微笑んだところを、いかにも不倫写真であるかのように、加工までされてしまったようだ。

 竜二はというと、組織とすれば、そろそろ彼を切ろうと思っていたのかも知れない。いつまでも同じ人にさせておくのも、危ないものだ。かといって彼を組の中に入れるのは反対だった。

「やつは、正直者過ぎるので、このあたりで組織から切った方がいいのではないか?」

 と言われていた。

 殺すという物騒なことはなかったが、不倫というウワサを流すことで立場を悪くさせたのだ。そのウワサをリアルにするために、組織は竜二の彼女を行方不明にさせ、やつに奥さんに対しての恨みを抱かせようとしたのではないか、そこには、赤石の悪時絵が働いているのかも知れない。

 何と言っても彼女は詐欺師である。口八丁下八兆でいくらでも人を騙すことができるのだ。

 組織に取り入って、入れ知恵をつけることくらいは朝飯前だろう。組織は詐欺師としての彼女を知っていた。お互いに深くかかわってはいけない相手だった。そのことはよく分かっていたので、赤石に問題はなかった。

 そもそもの赤石の目的は、旦那の失脚にあった。旦那に何か秘密を握られていて、ひょっとすると、鶴橋氏の記事は、麻薬だけではなく、詐欺にまで手を広げていたのかも知れない。

 詐欺というと、とにかく知能犯だ、なかなか物証などあるわけはない。ただ、手口などは、後からの情報で、想像することはできる。そうやって、いろいろ情報収集しているところ、偶然、赤石は鶴橋氏に自分の秘密を握られたのかも知れない。

 鶴橋氏という男は、あくまでもスクープ狙いだった。別に犯罪を警察に通報して、悪党を根絶するというような勧善懲悪の考え方など持ち合わせていない。だが、赤石は自分のちょっとした油断で、相手がしかもゴシップを書くライターだということが分かり、焦ったことだろう。今回の事件の本当の動機がそこにあるのかどうかまでは分からないが、根底にあるのは間違いのないことに違いない。

 浅川刑事は、順序だてて今回の事件を振り返ってみながら、自分の発想を組み立てていこうと考えた。

 まずは、赤石の部屋の隣で、竜二が殺されたという事件である。

 これはまず、

「犯人が誰なのか?」

 ということよりも、一体何が目的の事件なのかということである、

 浅川刑事の推理としては、

「竜二というチンピラは、実はこの事件では大した役割を持っているわけではない」

 と思っている。

 殺害されるだけの大きな動機はないように思う。しかも、相手は顔見知りではないかと思われる。そうなると、相手もまさか竜二がこんなに簡単に殺されてくれるとは思っておらず、相当気が動転したかも知れない。

 ひょっとすると、自分への罪悪感で、その場から離れることができないくらいだったのかも知れない。

 殺されるべくして殺されたのではないのではないかと思うと、犯人も殺そうと思っていたわけではないのかも知れない。かといって、衝動的というには、気が動転していたというわりに、ナイフを持っていたり、指紋がついていなかったりするではないか。どこまでが衝動的で、どこまでが計画的だったのかということである。

 そう思った時、

「犯人も、自分が殺されryかも知れないということを感じていたのかも知れない」

 と思った。

 お互いに殺し合いという修羅場を想像していれば、いくら相手が無防備な姿であったり、態度であっても、被害妄想がある分、ビクビクはしているだろう。そうなると、殺すつもりはなくとも、相手の行動一つで敏感になり、反射的に相手を刺し貫くことだってあるのではないか、覚悟はしていたが、まさか本当に刺してしまったことで気が動転した。そんな時に赤石が

現れたとすれば、犯人は、赤石を頼るだろう。

 これが赤石の最初からの計画だったのかも知れない。

「チンピラの竜二に、犯人を殺してもらおう」

 と思ったか、あるいは、

「チンピラを殺すことで、余計に自分の支配を協力にできるかも知れない」

 という思いがあった。

 少なくとも犯人を赤石は、この機会に抹殺したかったのかも知れない。

 それは、一つには、

「もう役目は終わった」

 と感じたのが、もし、そうだとすれば、殺し合った相手は。鶴橋の奥さんということになるだろう。

 ひょっとすると、奥さんが不倫の現場として見られたことで、奴隷のように扱われていたが、赤石の木庭は、あくまでも旦那の鶴橋氏の抹殺であった。

 奥さんの方では旦那のことを知っていて、

「うちの旦那、末期がんでもう長くはないのよ」

 とでもいったかも知れない。

 赤石とすれば、

「何だ、何も気に病むことはない。放っておいてもあの旦那は死ぬんだ。それまで見張っていればいいだけじゃないか」

 と安堵を感じたのではないだろうか。

 だから、奥さんか、竜二のどちらかから、赤石の企みの片鱗がバレることを恐れた。考えてみれば、あの旦那は、すでに先がないのを告知されているのだ。怖いものなしである。まるで手負いのイノシシのようにこれ以上恐ろしいものはない。失うものは何もないと思っているからである、。

 そんな怖いものなしの相手を、死ぬまで見張り続けなければいけないというのは、結構辛いものだ。

 その旦那が殺されたという事実は、意外とそういうところから来ているのかも知れない。

 つまりは第一の殺人は、

「どちらが死んでも、別に構わない」

 というような殺人だった。

 お膳立てだけは組み立てて、後は殺しあえばいいと思っていたことだろう。どっちも死んでくれるのがよかったのかも知れないが、よく考えるとそれもおかしなことになる。あくまでもどちらからがどちらを殺すという構図が表に出ることで、この事件は成立するのではないだろうか。

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