#5 ライブハウスにて①
土曜日の昼下がり、山口さんから連絡が来た。
『ひとりじゃ迷っちゃいそうだから、一緒に行こうよ~』
どうしようかと思って、福井にも連絡を入れてみた。
『現地集合でいいか』
甲斐性のないやつだ。
山口さんも僕も電車通学なので、集合場所は茶山駅でと返信しておいた。茶山駅は南北に出口があり、ライブハウス『CUPPER HOUSE』は南口のロータリーから道を下り、少しして右に見える茶山南商店街を進んだ先の路地にある。正直、高校生がひとりで立ち入るには勇気が要りそうな場所だ。一度だけ行ったことはあるけどそれは昼間のジャズ喫茶のようなイベントだったので、夜の時間帯に行くのは初めてだ。
南口正面にはベンチ付属の噴水がある。梅雨の季節にしては珍しく好天で、噴水の周りは家族連れや待ち合わせで賑わっている。たまたま空いているスペースがあったので座り、時間を潰すことにした。三〇度は超えていないものの、それなりに暑い。綿シャツに上着を羽織って来ようと思っていたけど、カンカン照りの空を見て上着は置いてきた。そこまで歩いていないのにジーンズの下は汗ばんでいるような気がする。ポケットに適当な布ハンカチを突っ込んでおいて正解だった。
一〇分以上待つようならコンビニにでも立ち寄るか、と思っていたところで声をかけられる。
「おーい、波多野っち~」
公共の場であだ名を呼ぶような人はひとりしかいない。顔を上げると、紺色のワークキャップを被った山口さんが手を振っていた。袖が短めの白シャツにカーキのワークパンツの装いで、アクティブな山口さんらしいのかもしれない。ひらひらと手を振って立ち上がると、近づいてきた山口さんに肩を叩かれる。
「よっす! 福井っちは別行動なん?」
「時間になったら現地来るってさ。集団行動のできないやつだ」
福井は低燃費を好む。主立った活動をしなくていいという理由で軽音部に入ったようなやつだ。約束を破ったり頼みを断られることはないけど、裏を返すと約束事以外にはまったくと言っていいほど首を突っ込まない。まあ、必ずしも連れ立っていく必要はないだろう。時計を見れば一六時半で、開場まで三〇分ほどだ。少し早めに到着しても問題ないだろう。立ち上がると、山口さんが訊いてくる。
「何で行くの? バス?」
「バスが通るところにはないよ。歩こう」
僕が駅前の道を南に下りはじめると、山口さんも横に並ぶ。駅のすぐ近くにはチェーン店の居酒屋、電器屋、ドーナツ屋なんかが並んでいるけど、目的の商店街が近づくと軒下の雰囲気もレトロになってくる。青色の看板が目立つ小規模な映画館はいつもよく知らない映画を上映している。ラーメンの看板を出している店はいつもシャッターが下りていて、いつ開いているかわからない。駅構内の店はあらかた訪れたけど、駅から離れていて学校とも逆方向にある場所はほとんど未開拓だ。それこそ『COPPER HOUSE』以外はどこに何があるかよくわかっていない。
商店街のゲートをくぐると、アーケードで視界が少し暗くなる。店頭で端切れを売っている洋裁店、営業しているかもよくわからないほど薄暗い喫茶店、牛骨スープを売りに出しているラーメン屋。そんな店々が石畳の両側に、たまにシャッターを下ろした状態で並んでいる。
「このあたりはあんまり来たことないねえ」
山口さんが、周囲を見回しながら続ける。
「波多野っちは、こういうところも来たことあるん?」
「ないよ。バイトの前に駅周辺をうろつくことはあるけど……ここまでは足を伸ばさない」
「へえ、っていうかバイトやってるんだ。どこで?」
「アトレ」
「アトレって『洋菓子喫茶アトレ』? めっちゃいいじゃん! 今度冷やかしに行こっかな」
「せめて何か買っていってくれ」
アーケード街と普通の路地が交差するところで、左に曲がる。少し行けば『COPPER HOUSE』の立て看板が見えてくる。看板の近くには既に何人かがたむろしていて、そのうちのひとりがこちらに気付くと、手を振って駆け寄ってきた。ワイシャツに赤いネクタイ……どことなくフォーマルな装いの植田先輩だった。
「波多野! それに山口もちゃんと来てくれたんだな」
手をひらひらと振って返事をする。制服とさして変わらない様子なのに、ライブを直前に控えた先輩の容貌はとても大人っぽく見えた。元々持っている落ち着いた雰囲気が数割増しされている。僕もこれくらいの威厳があればなあ、と自分のエプロン姿を思い出す。
「福井はもう来てるんですか?」
「いや。一緒に来たんじゃなかったのか?」
「現地集合とは言ってたんですが」
開場まであと二〇分ある。福井のことだ、ライブが始まるギリギリまで来ないかもしれない。さすがに方向音痴ではないだろうし、放っておいても大丈夫だろう。
「先輩の出番は何番目なんですか?」
「ああ、さっき決まったんだけどな。おれたちはトリだ」
それを訊いた途端、山口さんがわかりやすくテンションを上げる。
「トリってことは、一番最後ってことですよね? 植田っち先輩すごいじゃないですか!」
“植田っち先輩"はどうなんだろう。
「すごいことじゃないさ。じゃんけんで決めただけだからな」
「出演順って軽い感じで決めるんですね」
「高校生オンリーのイベントだし、正直身内ライブみたいなものだからな。開場前だけど、もうリハーサルも終わってるから入ってもいいだろう。中で話をしよう」
先輩に誘われるままに、ライブハウスの中へと招かれる。雑居ビルのような外装の『COPPER HOUSE』だが、中は濃茶色を基調としていてモダンな雰囲気だ。入り口でチケットを切り離し、ドリンクはコーラを注文した。まだ冷え切っていなかったらしく、時間がかかるらしい。山口さんはステージの設営に興味があるのか、オレンジジュースを受け取るとすぐにずんずんと奥へ歩いて行ってしまった。
ひとり取り残されたところに、植田先輩が並ぶ。
「今日は悪いな。チケットを押しつけたみたいになってしまって」
「いえ、そんなことは。むしろ本当はお金を払わないといけないのに、タダでもらってしまっていいのだろうかと思うくらいです」
「可愛い後輩だから構わんさ。それに」
植田先輩は手に持っていたミネラルウォーターを最後まで飲み干すと、少し息をついて、絞り出すように言った。
「今のうちに、波多野に話しておきたいこともあるんだ」
スリーピース・コミュニケーション 鹿田甘太郎 @cic_ada
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