未だ生まれぬ子らの

ー地球歴後254年 11月2日 ヘレスポント都市同盟 宇宙都市ポリスティタニ市ー


 人類が先駆者を追って地球を飛び出し、太陽系には今や300億の人々が暮らしている。ティタニ市は、その膨大な人口を支える一万以上の宇宙都市の一つ。火星軌道の外側に広がる小惑星帯の一角、その都市の属するヘレスポント都市同盟の領域の端に位置していた。

 30Gmギガメートルの先の宙域は、隣国キアギュエン帝国の領域。資源を得やすいために、人類の都市の殆どが小惑星帯に集まった。かつての統一機構が崩壊すると同時に、小惑星帯を割拠する相容れない二大強国――ヘレスポントとキアギュエン帝国が建国され、以降100年の間、2国は対立を続けていた。


 宇宙都市の主居住区は、ゆっくりと回転する巨大な輪になっている。深宇宙に向かって伸びる太い軸と輪状の主居住区を、輻のような放射状の支柱が貫く。0.9気圧の空気に満たされた居住区に数百万の人口を擁する、かつて「スペースコロニー」と呼ばれ、後に、――その言語が人類から失われてからは――「ポリス」と称される宇宙の都市。


 主居住区内部、遠距離域監視担当官の一人が、異変を察知した。キアギュエン帝国の領域内に、これまでの監視から登録された定期船ではない、こちらに接近する船舶群を発見した。簡易報告を上げてから、都市周辺の観測機を切り替えて、赤外線画像、高解像度可視光線画像を取得する。

 多数の熱源、おそらくは核熱エンジンの発する熱。それに、2種類の船型。1種類は、標準的な帝国の輸送船。もう1種類は。


「砲艦っ⁉ ――監視官112号より監視本部! 0-95宙域から不明船舶多数、高速で接近中! 輸送艦、砲艦と推定される! 速力は約20km/s! 繰り返す、0-95宙域から不明船舶多数、高速で接近中! ――」


『監視本部より112号、只今確認中。………………。確認した。監視本部より防衛部隊各位、0-95-22宙域から武装船群、20.4km/sで接近中。警戒を厳にせよ。迎撃準備。電磁防御機構作動のため、2級以上の電気系統を切断する。カウントダウン、10、9、8、』

 1。一拍して、暗転。居住区内の疑似太陽光灯が全て落とされ、暗闇に包まれた。都市外殻に収められた強力な電磁石が起動し、電磁防御機構を展開した。超高速で迫りくる電磁砲弾や誘導爆弾の軌道を反らし、直撃を回避するための強力なティタニ市を護る盾。


 154年境界条約を犯して、輸送船と砲艦の群れがヘレスポント都市同盟の領域に侵入した。精密機器をいくつも抱え、電磁防御できない無防備な観測機からの映像が途絶。


「撃ちやがった……!」



『貴船団からの攻撃を確認した。貴船団は本国の領域を侵犯している。即時攻撃を停止し、領域外に離脱せよ』

 いくつもの言語、いくつもの周波数で発される高出力の通信電波。文言が続く。

『最後通告、最後通告、最後通告。返答なしを確認。これを以て、本市は貴船団との交戦を開始する』

 その電波を受け取った艦隊の長である彼女は、くすりと笑った。ヘレスポント都市同盟の人間が見れば火傷の痕かと思うような、ムラのある褐色の肌。真っ黒な髪。

 キアギュエン帝国貴種の容貌だ。

 100年以上前の、宇宙都市の自決権という慣習法に基づいた交戦通告。旧体制の国は、これだから。

 我が国の、帝国の都市は、決してそんなことはしないだろう。



「宇宙港区画、船舶接続口で爆発検知!」

「侵入か! 鎮圧部隊を派遣!」


 都市の回転軸、船舶接続口よりも先の大型船区画では、逃すべき最低限を逃すべく、急ピッチで作業が進んでいた。

「培養槽の積み込み、あと4分で完了します!」

 最低限、とは居住区の市民のことではない。軸に置かれているいくつもの培養槽、未だ生まれていない市民の子供たちだ。軸の外部からは見えないように格納された中型の予備輸送船に、それらが積み込まれていく。

 2度目の振動、轟音。侵入者の音。

「小型船区画の方か」

「あと何分だ!」

「2分半です! 離脱準備は完了しています!」

「奴らが来るぞ、間に合うか⁉」

「区画壁を閉鎖、足止めしろ!」

「完了まであと1分!」

「よし、格納扉固定解除、エンジン始動」

 加圧域の外、分厚いガラスの向こうの真空の格納庫に鎮座する輸送船の尾部の核熱エンジンが轟音を上げて振動するのが、積込口から伝わってくる。ノズルで白い光が弾け、青い炎を吹き出した。

 別の振動、轟音。区画壁の方――

「緊急扉からだ、入ってくるぞ!」

「積み込みが終わるまで、持ち堪えろ! クレーンで貨物を動かせ、撹乱しろ!」

 誰か一人がその操縦席に飛んでいき、貨物が動き始める。

 ガスマスクで顔が見えない兵士が、緊急扉から雪崩込んできた。

「来たぞ! 散って、囮になれ! そこのお前、積込みが完了したら、積込口の扉を閉めて船を射出しろ、絶対にそれまで殺されるなよ。操縦士、なんとしてもシータ市まで無事にたどり着け」

「了解!」

『了解、整備班長。<蟻>ニムリムに栄光あれ!』

 たった一人、戦場から離脱して逃げる操縦士が、悲痛な声で答える。<蟻>という愛称で呼ばれる整備班ほか大型船区画の作業員は、無事に生き延びることはないだとう。

 輸送船の射出を任された整備員は、積込口近くの柱に身を隠した。皆が散り散りになって時間を稼ごうとしている。貨物を叩く、耳をつんざく金属の音が、あちこちから響く。

 銃声。貨物の外壁鉄板を引き裂いて、電磁銃弾が火花を散らす。古い火薬の銃声ではない、電磁小銃の放つ銃弾が、挟む2本の誘導器の間で音速を超える、くぐもった大きな音。どの銃声が誰を殺しただろうか。その方向を見ずに、ただ隠れる。積込口の灯が、赤から緑に変わった。積み込みが完了した。柱の陰から飛び出して、積込口の扉を閉める。灯が消える。

 完全気密状態になったのを確認して、射出機の操作盤に飛ぶ。心臓が激しく拍動する。ここで撃ち殺されたなら。安全装置を解除、電池を全選択、最大出力に変更。

 放電、射出。

 区画内の電灯が全て消え、射出機の誘導器が淡く光った。培養槽を満載した中型輸送船が、格納扉を弾いて、飛び出した。どうか、無事に。希望が生き残りますように。

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騒屑の太陽系を旅して 雲矢 潮 @KoukaKUMOYA

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