愛玩人形②
───ぐちゃり。
肉が弾ける音が暗闇に木霊する。
噎せ返るような濃い血の匂いとアスファルトに流れる
薄暗い街灯が照らす血溜まりの中で、少女が横たわっている。私は無表情でそれを見下ろして舌打ちする。
──
着ていた学生服を剥ぎ取り、まだ赤く染まっていない肌を見ながら私は唇を噛み締めた。
あと少しで
おまけに、最近派手に活動しすぎたせいで、魔術師達に眼をつけられ始めてる。
なんたることだ。私──いや、彼女にはもう時間が無いというのに、世界は嘲笑うかのように私の邪魔ばかりする。
歯ぎしりと共にもはや用済みとなった屍を踏みつけ、踵を返す。
本来なら、この死体を隠蔽するべきだろうが、今はそんな時間すら惜しい。
一刻も早く、最後のパーツを見つけなければ。
私はどうしようもなく溢れてくる苛立ちを抑えながら、その場を後にした。
◇◇
───その人形に、眼を奪われた。
道徳の限界、倫理観などかなぐり捨てたかのように精巧で、今にも動き出しそうな少女の人形。
長い黒髪は絹糸を
まるで人間をそのまま停止したかのようなカタチは、けれど命を持たないことを明確にしている。
生と死の二律背反。生きているとも死んでいるとも言えない、ただ人の形を極限まで模したそれは圧倒するような美しさと───どうしようもない妖しさを孕んでいる。
「・・・スゴいね、この人形」
「・・・ああ、凄すぎて怖いくらいだ」
隣に立つ銀髪の幼馴染みに、苦笑しながらそう返す。
まさか、貰い物のチケットでここまでのモノを見れるとは思わなかった。
此処──「
街から離れた場所にあるこの館は、元はある資産家が住んでいた場所らしく、廃墟となった後もホームレスの一時的な住処として使用できるほど頑健な作りで、人形館として改装する際にも最低限の掃除や補修で済んだらしい。
俺は目の前に設置された人形から眼を離し、通路へと向けた。
床に敷かれた赤いカーペット。壁には何枚かの絵画が飾られている。天井には豪華なシャンデリアが備えられ、眩い光を放っている。
俺はチラリと右手首に巻き付けた腕時計を見ると、時刻は午後三時を示していた。
そろそろ切り上げなければ、四時からの警察との打ち合わせに間に合わない。
「
「ん・・・もう時間かぁ」
彩愛は残念そうに笑って、頭を掻いた。
俺はできるだけ優しく微笑みながら、手を差し出した。
「また来ようぜ。今度は、俺の奢りでな」
「うん。じゃあ、楽しみにしてる」
◇◇
展覧ブースから離れ、俺たちはロビーへと戻ってきていた。
豪華な装飾が施されていた通路とは違って、此処は一段とシンプルだ。全体的に白い。
だが、質素というわけではなく、むしろ豪奢な印象を抱かせる。
「三時半からだっけ?」
「ああ、事務所で落ち合うことになってる」
「そっか。なら、十分間に合うね」
スマホを見ながら呟く彩愛を横目に、俺は周囲を見渡す。どこもかしこも、一級品。厳選に厳選を重ねた最高級の材料を使っている。
何十、何百の有志が集まればこれだけのモノが手に入るのだろうか。
不躾な疑問に駆られながら、視線を走らせて──一人の少女に眼が止まった。
入り口のすぐ傍、壁に飾られた一枚の絵画を、金髪の少女が熱心に見入っている。普通なら、絵画好きな学生かと納得するが───何故か、危うさを感じさせた。
彼女を見つめる俺に気づいたのか、受け付けのカウンターの向こうに立つ中年の男性がちらりと少女に視線を向けて語り出す。
「ああ・・・また来てたの、あの娘」
「常連なんですか?」
「ええ、一年くらい前から、毎日のように来てるんですよ」
「へえ、ずいぶん人形が好きなんですね」
「いや?彼女はいつも、あの絵画だけを食い入るように見てるんです。人形には、なーんの興味も示さないんですよ」
店員の声を聞きながら、俺も絵画を眺める。
描かれているのは、向日葵を背に此方を見つめる少女だ。艶やかな黒髪に白いワンピース。まさに夏を表現したかのような絵だ。
「気になるの?」
「ん・・・少しな」
きょとんとした表情で彩愛が俺の隣に立つ。
・・・あの少女のことは気になるが、今はひとまず事務所に向かわなければならない。
俺は内に湧く好奇心を押し殺して、玄関へと向かう。
「さ、行こうぜ」
「うん・・・けど良いの?あの絵画、見ていかなくて」
「ああ、何時でも来れるしな」
「ふーん」
何だか納得していないような彩愛を無視して、少女の隣を通り抜ける。黄金を連想させる金色の髪に黒いワンピース。絵画の中の少女とは正反対だな、と考えて通りすぎようとして、絵画に意識を奪われた。
理由は単純。
絵画の中の少女が──哀しそうに笑ったから。
◇◇
「ん・・・?
「ああ、別件があるって言って、昨日飛び出してったよ」
アンティークショップ「阿頼耶」の事務所にて、俺と彩愛は二人の刑事と話していた。
奈緒子の不在を知った二人の中でも大柄で、威圧的な雰囲気を纏う角刈りの中年の男──
その様子を見ながら、隣に立つ、細身のスーツに身を包んだ青年刑事──
相変わらずテーブルを挟むように置かれたソファーには大量の骨董品が置かれていて、詰めて座る二人はひどく狭そうだ。
まあ、対面に座る俺も狭いのだが。
「なあ・・・毎度思うが、片付けるわけにはいかないのか?」
「そうしたいのは俺たちも同じなんだけどな。いざ片付けても、気づいたらこうなっちまうんだ。あの人、収集癖凄いから」
「・・・給料、ちゃんと出てんのか?」
「まあ、それなりには」
「はーい、コーヒー四つ淹れてきたよ」
俺と大堂が世間話に興じていると、台所でコーヒーを淹れていた彩愛が、四つのマグカップを乗せたトレイをテーブルに置いて俺の隣に座る。
かなり詰めて座っていたところに、無理やり座ったから、彼女と密着する。
さらりとした銀髪から、優しく甘い香りが鼻腔に飛び込んできて、彼女をより強く意識させる。
まったく、彩愛はいつも無意識にこういうことをする。
「?どうしたの?」
「いや、なんでも」
跳ねる鼓動を押さえつけ、俺はコーヒーを啜った。
苦味が心地良い。思考を切り替え、テーブルに置かれた資料を手に取った。
「それが一件目から九件目までの捜査資料だ。被害者の外見、家族構成、現場の状態まで纏めてある。魔術の痕跡が残されていた十件目のヤツはもう来てるんだよな?」
「ああ、
「なら良い。それと・・・」
資料に眼を通しながら大堂の次のセリフを待つ。
しばしの沈黙の後、珈琲で口を湿らせて、大堂は口を開いた。
「昨晩、
「・・・ニュースにはなってなかったよな?」
「ええ。混乱を防ぐため、情報の公開を遅らせています」
訝しげに問うた俺に、蓮が表情一つ変えずに返す。
俺は内心溜め息を吐いて珈琲を呷った。
先ほどは心地良かった苦味が、今は社会の闇を感じさせるようで複雑だ。
「犯行時刻はいづれも深夜。殺しの手際はプロだ、解体も含めて十分も掛かってない。被害者は全員若い女性、昨日襲われたのも、飲み会帰りの大学生だ」
「殺しに関しちゃ、それなりの魔術師なら朝飯前さ。けどまあ、若い女性だけってのは、意図が感じられるな」
「参考までに聞いても?」
「若い女性は、魔術的に重要な素材として扱われることが多くあるんですよ。たぶん、今回の事件も
彩愛がそう捕捉し、少し悲しげに笑う。
魔女という言葉が表す通り、魔術と女は切り離せない関係にある。
純粋に魔術を修めるだけではなく、儀式のパーツとして用いられることも多々ある。特に黒魔術はその傾向が強い。
だが──。
「今回の事件は、魔術の材料ってわけじゃなさそうだな」
「なぜそう思う?」
俺が発した一言に、大堂が怪訝な声をあげた。
一通り眼を通した書類を机に置き、天井を見上げながら俺は語る。
「魔術の材料に使うなら、遺体そのものを使うはずだ。その方が無駄がないし、何より後始末が楽だからな。だが、今回のヤマは、わざわざ体のパーツだけ持っていってる。パーツだけ欲しいならその手の業者に頼んだ方がリスクが少ない・・・」
一端そこで区切り、珈琲の最後の一滴を飲み干す。
空になったマグカップをトレイの上に載せ、俺は続きを話し出した。
「けれど、恐らく犯人は
俺は書類の中から一枚の写真を取り出し、三人へと見せる。
それは、現場に残された魔術の痕跡。
「この写真に写ってる糸・・・こいつは、とある魔術師の家系が使っていたもんだ。その名は───"
唯識の虚空 龍ヶ崎蓮斗 @Ryuugazaki
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