ハッピー貯まるまで明日になりません

ちびまるフォイ

ループする悲劇

「こんにちは! 私は天使!

 人間のみんなハッピーが足りてないよ!」


空に浮かんでいる天使に誰もが目を奪われた。

美貌がどうこうではなく、そのサイズ。


雲の向こうからこちらを見下ろすその顔は、

地球の北半球をも覆うほどのビックサイズ。

現代の小顔ブームに真っ向から対立している。


「明日の元気を作るには今日のハッピーが必要だよ☆

 もし、今日みたいにハッピーを貯められないと……こうだ!」


一気に太陽が巻き戻り雲の流れが逆流していく。



時間は今日の0時まで巻き戻った。



日が昇ると、人々は天使による時間ループを理解した。

理解こそしたが同じような今日をすごしてしまった。


「もう、今日もハッピーが全然足りてないよ☆

 もう1回今日をやり直しっ♪」


ふたたび今日がループする。

何巡か繰り返したあたりで、人は今日にうんざりした。


「明日を迎えられるって、当たり前だけど大切だったんだ……」


今日と同じ明日にはならない。

それは期待や不安もあるけれど、確実な変化が約束されている。


たまに苦手な料理が挟まっていたとしても、

毎日同じ料理を食わされるよりはずっとマシ。


「みんな、もう本気でハッピーを貯めようぜ!」

「そうだ! 明日を迎えるんだ!」


本腰を入れてハッピーの量産へと踏み切った。


勤勉に仕事をしていた人も、仕事をほっぽりだし

朝から景気よく酒盛りをはじめたり祭りが行われたり。


あらゆる場所でどんちゃん騒ぎが行われた。

今日1日は誰もが楽しく過ごしてハッピーをため続けた。


その日の23:59。


「みんな! 明日の悲劇の数よりも、今日のハッピーが上回ったよ!

 これで明日を迎えても今日のハッピーで頑張れるね! おめでとう!」


天使はそういうと消えてしまった。

1秒後に日付が変わり、誰もが求めていた「明日」を迎えることができた。


「やった! やっと今日のループから解放されたぞ!」


大喜びしたが、空を見てすぐに表情は凍りついた。



明日の悲劇:1000pt

今日のハッピー:0pt



「え……、こ、これで終わりじゃないの……?」


天使が姿をあらわすことはもうなくなった。


けれど、明日に世界各所で起きる悲劇を上回るほど

ハッピーを今日のうちに集めなくてはいけない。


そこだけは変わらなかった。



てっきり1日限りだと大騒ぎしていた人たちは、

今日にかぎっては真面目に日常を過ごした。


学校に行く人、家で家事をする人、自分の仕事をする人。


おのおのが本来の生活に戻ったとたん、

ハッピーは貯まらなくなり明日はおあずけとなった。


「また今日のやり直しか……」


うんざりする今日のループにみんな疲れてしまった。

けれど最初とは異なり、ループから脱するコツも知っている。


「よし、またどんちゃん騒ぎだ!」


前回と同様に、これまで自分をしばっていたルールや仕事をほっぽって、

みんな思うがままの大宴会を開いておおいにハッピーをためた。


その日の夜。



明日の悲劇:1000pt

今日のハッピー:9428pt


- おめでとうございます。明日が提供されます-



ハッピーが悲劇の量を上回ったので、明日になった。

ハッピー計数は次の表示に切り替わる。


明日の悲劇:780pt

今日のハッピー:0pt


「またか……」


再び表示されるハッピーノルマにうんざりした。


3回目ともなると、もはや今日を真面目に生きるつもりなどない。

真面目に仕事でもしようものなら今日のやり直しが発生する。


人々は勤勉に働くことをやめ、遊び人のような毎日を送り続けた。


ループを避けるため、明日もこんな楽しさに満ちた日になるだろう。

そう考えると明日が待ち遠しくなっていった。


同じような幸せを続けてはハッピーも貯まらない。

飽きがこないよう明日はまた別の楽しいことが行われる。


毎日が祭りで、誰もが笑って過ごすハッピーな毎日が続いていた。



そんな毎日を送り続けていたある日。

表示の切り替わりタイミングで誰もが言葉を失った。



明日の悲劇:99999pt

今日のハッピー:0pt



「え……なにあれ……」


「いままで悲劇って4桁が最大だったよね……」


「4桁っていってもせいぜい1000とかそこらへんだよ」


「なんだあの悲劇の量は……」


明日起きる悲劇の量に面食らった。


ハッピーを貯める大変さよりも、

明日の悲劇の規模の大きさが想像できない恐怖が勝ってしまう。


明日の悲劇の量を見て、今日の過ごし方はまっぷたつに分かれてしまった。


「明日を迎えられるよう、今日を精一杯楽しもうぜ!」


「ちょっとやめてよ! なんでハッピーなんか貯めるの!」


「なんでって、そうしなきゃ明日が来ないだろ?」


「あんた明日の悲劇の量しらないの!?

 明日になったら死んじゃうかもしれないのよ!」


「だからって、今日を繰り返し続けるのも……」


「私は嫌! 地獄のような明日が来るのなら、

 今日をずっと繰り返す方がいい! 年も取らないし!」


今日のループを脱するためにハッピーを貯める人。

それに対し、今日を繰り返し続ける現状維持を求める人。


「たとえどんな明日になったとしても、今日をループするよりマシだ!」


「想像できないほどの悲劇が明日にあるのよ!?

 それなら今日をずっと繰り返す方がマシ!」


両者の溝はどんどん広がっていった。


明日を拒否する勢力がいるために、ハッピーも貯まりにくい。

大宴会をすればそこにアンチがやってきて水をぶっかけ妨害してくる。


「ハッピーなんか貯めさせない! 明日になるじゃない!!」


「いい加減に……しろーー!」


明日を求める人達はついに我慢ができなくなった。

楽しいことを邪魔されれば誰だって怒る。


逃げるアンチを捕まえては一人ずつ消していった。


アンチを倒しているとすごく胸がスカっとし、

みんなで協力して追い詰めていくと団結を感じられてハッピー。


そうして妨害していたアンチを減らし続けると、

報復を恐れて妨害もされなくなり、ハッピーは順調に貯まった。


ついにその時はきた。


明日の悲劇:99999pt

今日のハッピー:100000pt


何度目かのループを経てやっと悲劇をハッピーが上回った。


「やったーー! これで明日が迎えられる!!」


すっかり味わい尽くして飽きすら出てきた今日を捨て、

新鮮味あふれる明日がやってくる。


けれどそれは同時にこれまでに想像したことのない悲劇の訪れでもあった。


「みんな、明日の悲劇は何が起きるかわからない。

 隕石が衝突して氷河期になるかも」


「大地震で離れ離れになるのかも……」


「いや、原子炉が大爆発してこの国で住めなくなるかも」


「なにがおきるかわからない。

 でも、楽しかった今日をけして忘れずに

 明日をハッピーに生きていこう」


「そうね、また出会えることができれば、お祭りをしましょう」


「約束だ!」


人々は結束して明日を迎えた。


明日がはじまってしばらくしても、

地球に隕石はこないし、大地震もなければ、大事故もなかった。


なんらそれらしい悲劇がこないまま、1日の終わりまで来てしまった。


「結局、悲劇なんてなにもなかったね」


「ははは。肩透かしで本当によかった」


人々は安心し、ハッピーを確かめるために空を見上げた。

そこにはもうハッピーも悲劇ものっていなかった。



ー もうハッピーを貯めなくても

  自動で明日がくるようになりました。 ー



それを目にした瞬間、すべての人間は絶望に包まれた。



「うそ!? それじゃもう遊び続けちゃいけないの!?」


「明日から仕事をしなくちゃいけないのか!?」


「いやだ!! 毎日どんちゃん騒ぎしていたいーー!!」



やがて人々は終わることのない悲劇の毎日に身を投じていった。

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