【短歌】猪猟

ヶ浦

猪猟


風のない山を歩いた 衣擦れを呼吸の音を確かめるよう


一瞬で殺せるはずの止め刺しちぎりしししは銃に撃たれり


鼻先はほのあかぐろく色めけばまして野性を檻に湛える


脳天を穿てばししの音は絶へ山桑の葉の揺らぎ大きく


淡々と話す口調の端々に割り切れなさが滲み出ている


にんべんで構成された価値の字に害獣であるイノシシは死ぬ


いつくしむばかりのまなこ携へし猟師しづかにししを捌けり


これほどに小さな脳と心臓で抗い生きていたのだろうか


猟師から出る軽口のいずれにもキャベツのような重たさがある


いきものを愛する人がいきものを殺す役目を負うのが合理


沈みゆく船と悟りて一斉にダニは宿主しゅくしゅのもとを離れり


細長い息を吐きつつまっすぐにいのしし肉へナイフを立てる


デモ隊のごとく集りし蝿たちはししのまわりを飛びて囲えり


脳天を撃ち抜くあれは一瞬で死をほどきゆく過程がながい


スーパーの肉をなんとも思わずに買う いのししをばらした帰り


生き物の生きた部分を漂白し陳列棚に食肉並ぶ


マルクスは資本が無限の成長をすると説く この小さな星で


いつからか野山のふちに隔たれた檻に囲まれ永らえている


人間はあらゆるものに鈍感であればまばゆき社会のひかり


誰しもが踏み台を踏み生きている 温まるだけ風呂の冷めゆく

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