第40話 夢見る宝石

 甲板に出ると、吹き抜ける風がひゅうと音を立てた。

 一年中冬のこの惑星でも、一番寒い時期が来る。そろそろギルドベースの自室にも暖房の用意をしなければならない。


「ボクはドリィと一緒にいるよ」

 アインは不意に、よく通る声で言った。ドリィはそれを聞くや否や目を輝かせてシートの背もたれにかじりついた。

「本当? 本当にずっと一緒?」

「今更何を言ってるんだい。ボクはドリィのこと嫌いじゃないよ」

「嫌いじゃない……ちょっとよそよそしい言い方。もっと別の言葉で言って!」

「必要なの? それ」

「私には必要! 言ってよ、アインちゃんの気持ち!」


 アインは少したじろいだ。頬をかりっと掻き、視線をそらした。いつもは無表情なはずのアインが、恥じらいの仕草を初めて見せた。

「……好きだよ」

「えっ何? もう一回言って!」

 わざとらしく聞き耳のポーズをするドリィの頭を、アインはぺしっと叩く。

「二度は言わないよ。君だってわかってるくせに」

 ドリィは悪戯っぽく笑った。


 そんな時、カラドリウスの上空を通り過ぎる影があった。その方をカラドリウスが向くと、すぐ近くにコルニクスが降りてくる。

『よぉ、お二人さん!』

 回線から明朗快活なスケアの声がする。

「スケア……なんでこんなところに? まだ私たちに何かしたいの?」

『仕事の途中でこのあたりに寄ったんだ。お前らの機体が見えたから、回線をジャックさせてもらったぜ。しかし仲睦まじいなぁ、オイ』

 ドリィは思わず赤くなった。誰かに聞かれているとは思わなかった。


『今度は絶対に離すなよ、ソレ』

 コルニクスは指でカラドリウスの頭を小突く。コクピットが揺れ、思わずドリィは「痛てっ」と言ってしまった。

『あばよ、お前ら! 末永くな!』

 そう言ってコルニクスは飛び去ってしまった。ぽかんと空を見上げるカラドリウスと、コクピット内のドリィ。ブースターを噴かすコルニクスの後姿を見つめて、今のは何だったのだろうかと考える。

「なんか、最初からずっと嵐みたいな奴だったわね……」

「ボクらも行こう。せっかくおニューの手足になったんだし」

 ドリィはカラドリウスを甲板から発進させた。しかしバーニアの制御が甘く、空中で機体がよろめいてしまう。


「わ、と、と、と」

 ドリィは必死でバーニア、ブースターをがちゃがちゃと動かす。姿勢制御がうまくいかず、空中で一回転してしまった。しかしすぐに、元の滑らかな動きを取り戻した。

「今の瞬間、ボクは手を抜いたんだ。ドリィは反射神経はいいけど、こういう細かい動きはまだ苦手みたいだね。やっぱりボクがいたほうがいいだろう?」

「アインちゃん、いじわる!」

 ドリィはむすっとしたが、すぐに笑顔になった。

「私たちは二人でひとつ、これからもよろしくね。アインちゃん!」

 ドリィはアインに掌をかざした。アインは即座にそのジェスチャーを理解し、ハイタッチで応えた。


   ・


 カラドリウスはレーダーが発する場所に向かっていく。

 目的地に着くと、地表に出現したマテリアルがあった。氷の大地を突き破り、巨大な胡桃が聳え立つ。

 もう、フューネスは現れない。その代わり、マテリアルを食糧とする野生動物との戦闘がシーカーを悩ませていた。

マテリアルのような栄養の豊富な鉱物を欲するのは、なにも白鯨だけではない。鉱物を摂取し、消化することのできる生物が凍星にはごまんといた。今まではフューネスに立場を奪われていたが、今度は天敵のいなくなった生物が台頭し始めたのだ。


 今にも、マテリアルに向かって全長三メートルの蟹のような生物が、養分を求めてやってくる。カラドリウスは腕のバルカンで威嚇射撃をしてやった。臆病な生物は、それに驚いて一斉に岩陰に退散した。

「もうマテリアルのあたりに出てくるのなんて、可愛いもんよね」

「まだ危険生物に出遭ってないだけだよ。凶暴な巨大生物の記録がデータベースにある。未開地域に行けばもっと得体のしれないものが現れるかもしれないよ」

「うへぇ……」

 ドリィは肩をすくめたが、今はマテリアルに向き直った。


 マテリアルを回収して、カラドリウスはギルドベースに帰投する。

 ふと思いついて、ドリィはカラドリウスの腰にあるホルダーからマテリアルを取り出させた。

 ドリィはカラドリウスのマニピュレーターを操作して、手に取ったマテリアルを陽光にかざす。ルビー色。サファイア色。エメラルド色。マテリアルの別名『夢見る宝石』は様々な色を見せてくれた。こんなロマンチックな名前を誰が思いついたのだろう?


「ねぇ、あなたはどんな夢を見てるの?」

 ドリィはマテリアルに問いかける。

 返事はない。それでもうっとりした表情で、ドリィは続けた。

「私の夢はね……」

 ちらりと後部座席のアインを見やる。アインと目が合った。確かにその口の端は、微笑しているようだった。アインの笑顔を見て、ドリィも晴れやかな笑みを見せる。

 カラドリウスのもう片方の手を、太陽にかざす。


 機体の総称はアームド・エアクラフト。武装した飛甲機。しかしドリィは、それに別の意味を見出していた。

 手を伸ばす翼。空を自由に飛んで、どこにでも自分の手を伸ばせる。欲しいものを手に入れることも、大切な人を救うこともできる。語法が違う自覚はあったが、ドリィはそんなもの気にしなかった。

 これから計り知れない困難が待ち受けているかもしれない。今まで経験しなかった辛いこともあるかもしれない。しかしドリィはそのすべてを乗り越えていきたかった。自分の手が届く範囲を、遠く、遠く、星を包み込むのを超えて無限大まで。彼女は自分が生きている限り、いろんな場所で新鮮な体験をし続けようと思った。

 辛い思い出があるなら、楽しい思い出で塗り替えればいい。そのためには外に出て、知らない世界に飛び込んでいくべきなのだ。

 それを一言で、まるで願いを込めるようにドリィはマテリアルを掲げて宣言した。


「私の夢は、果てしない大空をずーっと飛んでいくこと!」

 ドリィが操縦桿に力を込める。

 カラドリウスがごうっとブースターを噴かす。


 海原のように青く広がる空に、飛甲機雲が細く長く線を引いていた。

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アームド・エアクラフト 樫井素数 @nekoyamato

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