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シンカー・ワン

少女と造り物の亀

 嵐の過ぎ去った後、浜辺にはいろんなものが打ち上げられている。

 大半は海に漂っていたゴミみたいなものだが、それらに交じって、役に立つものや珍しいものが見つかることも。

 だから大人たちは嵐が過ぎた後、そんな役立つ何かを探すために浜辺へ赴く。

 少女がを見つけたのは、大人たちの浜辺の漂流物狩りを手伝うようにと駆り出された時。

 海草のかたまりの中に、光るなにかがあるのに気が付き、海草を選り分けると出て来たのは造り物の亀。

 木でもなく、金属でもなく、合成樹脂とも思えない不思議な手触りをした手のひらサイズの亀を、少女はこっそり懐に隠すと、周りに悟られぬよう物資探しを続けた。


     §     §     §     §     §


 少女が生まれるずっとずっとずっと昔、陸と海との間で大きな戦争があったという。

 原因が何で戦争が始まり、どちらが勝ったのかはよくわからない。

 戦争を知る者はとっくに死に絶えたし、記録を語り継ぐ者たちは "痛み分け" であったと言うだけだ。

 少女にわかるのは、この世界は夏という季節が続いたままで、自分たちが暮らしている陸は狭く小さくて、海はとてもとても広く大きいってことだけ。

 だから少女はきっと海が勝ったのだろうと思っている。負けたから陸はこんなに狭くて海に囲まれてしまっているのだと。

 不思議に思うのは、海のと戦ったのか?

 海にいるのはいろんなお魚たちだけではないか。それともほかに何かがいるのだろうか?

 嵐の後、浜辺に打ち上げられたものに、大人たちが子供に絶対見せようとしないものがある。それが何か関係しているのだろうか?

 少女にはわからない。大人たちが子供に教えてくれるのは、このコミュニティで暮らすためのルールだけ。

 十二になれば大人と認められる。そうしたら大人たちだけが知っていることも教えてもらえるのだろうか? 少女はまだ八つ、四年も先。

 与えられている寝床でシーツにくるまって、懐から今日手に入れた造り物の亀を取り出し、小さな声で語りかける。

「いろんなことを知りたいな。早く大人になりたいな」

 造り物の亀の目が応えるように鈍く輝くが、小さすぎた光に少女は気が付かない。

 

     §     §     §     §     §

 

 少女は十一歳になっていた。

 まだ大人とは認められていないが、自分の居るコミュニティがどういうものなのかは理解していた。

 そして自分が大人たちに教えてもらっていない、いろいろなことがらをすでに知っていることも。

 けど、それを大人たちには悟らせてはいない。年相応にふるまい、誤魔化している。

 なぜなら、知らされず教えられずに知恵をつけることは、禁忌だから。

 コミュニティに疑問を持たないよう従順な子供に育て、成長したのち組織の中に組み込み働かせるのが、ここのやり方。

 輪を外れたものがどんな目に合うのかを、少女は大人たちの態度やコミュニティの在り方から想像できるようになっていた。

 知恵がついた原因にも見当がついている。三年ほど前に手に入れた造り物の亀、あれに夜語りかけるようになってから、目が覚めると知っていることが増えているのに気が付いた。

 初めは小さな小さなことからだったが、日々増えていけばそれは膨大なものになる。しかも、陸に関わりのない知識まで頭に中にあれば、それがどれほどに異常なことかわかる。

 年齢にそぐわぬ余計な知恵をつけ、海から拾った怪しいものを持っているだけで、このコミュニティから追放されかねない。

 ましてや海の知識まであることが知れたら、、処分されてしまう可能性すらある。いや、確実にされてしまうだろう。

 嵐の後、大人たちが浜辺に打ち上げられた何を処分していたのかを、少女はもうわかっている。

 あれは。太古の昔から海で文明を栄えさせていたもうひとつの種族。

 大昔、大地の資源を食いつぶした陸の種族が、海の資源を手に入れるために海へと攻め入った。平和で牧歌的な生き方を好む海の種族に対し、大海を毒に変えるなど陸の種族の蛮行は凄惨を極めた。

 最終的に海の種族が起こした大きな津波で陸は海に沈んで戦争は終わりを告げる。

 海の種族は二度と陸と関わらぬよう、深い深い海の底へと住処を移し、争いから生き残った陸の種族はわずかに残った陸地で細々と命をつなぐようになった。

 造り物の亀に教わった、古い古い昔の話。

 愚かだと、少女は思う。

 昔生きていた者たちは、どうして手を取って共に生きようとしなかったのだろうかと、どうして今も敵対する必要があるのかと。

 陸と海と、どれほどの違いがあるのだろう? 同じこの世界に生きる種族だというのに。

 シーツにくるまり、造り物の亀を抱いて少女は眠る。明日になれば、少しは世界も変わるかも知れないと願いながら。


     §     §     §     §     §


 愚か者は愚か者なりにさとい。

 年相応な振舞いをしていても、内側からあふれる知性を、異物をかぎ分ける本能が見逃さなかったとでもいうべきか。

 大人に対しては上手く誤魔化せていた少女であったが、同年代の子供を欺きとおせなかった。

 子供は子供に対して鋭い嗅覚を持つモノなのだ。

 明らかに自分たちとは違う空気をまといだした少女を、子供たちは異分子として排除することにしたのである。

 見つけられてしまう少女の宝物、造り物の亀を。

 そして始まる異端狩り。

 海からの産物を隠し持っていた、こいつは海の種族と通じているに違いない。我らの敵だ。――処分理由にはそれだけで十分。

 コミュニティの大人たちが昂ぶり、久しくなかった娯楽に目を輝かせる。

 それなりに理性的だったはずの大人たちの変化に、少女の瞳は絶望の色に染まった。

 各々が手に獲物を持って少女へ襲い掛かる。それはそれは愉しげに。

 打ち上げられた海の種族を始末する時と同じように、嬉々として同族の少女へと棒っ切れを、刃物を討ち振るう大人たち。

 相手にするのは久しぶりなのだ。

 我が身を打ち据える激しく苦しい痛みの中、消え去りそうな意識で少女は思う。

 ――なんで自分はこんな目に合っているのだろう? 自分が何かしたの? なんのために自分は生きてたの? まだ何もしていないのに、もっと生きていたかっ……たの……に。

 少女だったものが原形を留めなくなったころ、コミュニティの大人たちによる蛮行は終わった。

 どの顔も生き生きとしていて、実に楽しそうだ。

 まだ壊したりないのか、憎き海の種族の手によるものだろう、造り物の亀へと矛先が向けられる。が、不思議な材質で造られた亀は傷ひとつつかない。

 壊れないものを壊そうとすることを諦めたのか、それとも単に熱が退いたのか、大人たちから狂気が去り、異端分子の処分という宴は終わりを告げる。

 その時、

『陸の種族というのは、実に救いようのない生き物だな』

 淡々とした温もりのない声が響く。

 突然の声に驚き、発言者を探そうとするコミュニティの大人たち。

『あの少女のように広い心ですべてを受け入れようとする者も居れば、貴様らのような因習に凝り固まり、何も変わろうとしない、むしろ退化した蛮族どももいる――』

 声の発生源はすぐに知れた。あの造り物の亀。

『希望の芽を自ら刈り取った愚か者どもよ、滅ぶべし』

 驚嘆の目で見つめるコミュニティの者たちに、造り物の亀が冷たくそう言い放った次の瞬間、彼らの暮らしていた小さく狭い陸地が閃光に包まれた。

 わずかに残った大地に分散する陸の種族のコミュニティ。そのひとつが海にのまれ、消えた。

 

     §     §     §     §     §


 造り物の亀が海の中を進んでいる。

 傍らには薄い光の膜に包まれた、血にまみれた肉片と砕かれた骨の残骸が併進していた。

 深い深い海の底へと造り物の亀は進む。

 連れ添い進む光の膜の中で、むくろがゆっくりと元の人の形へと変わっていく。

 天からの光も届かぬ深海、なのに底の方から淡い光が。

 静かな深い海の底、そこにあるのは復興した海の種族の世界。

 造り物の亀を出迎えるように、幾人もの海の種族が亀たちの周りを泳ぐ。

 光の膜の中での変化は終わったようで、ひとりの海の種族の姿が見えた。

 囲むようにして泳ぐ海の種族たちに誘われるように、光の膜から海へと飛び出す、若き海の種族。

 どこか見覚えのある顔かたち、それはあの少女の面影。

『歓迎しよう、新しき海の仲間よ――』

 頭に直接響いたその声に、笑顔を返して泳ぎ出す若い海の種族。


 海の世界で彼女の新しい人生が始まる。

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