6.回想回帰
「お待たせ……何やってるの?」
「いや、その、魔が差して、ですね」
風呂掃除を終えて戻ってくると、彼女は部屋で僕の卒業アルバムを開いて何かを描いているようだった。
「なんで勝手に卒アル取り出してるの?」
「クローゼットの中身が出そうだったから、ちょっと整理してた。で、卒アルが出てきたから、見てた」
「プライバシーとかないの?」
「他人を家に住まわせている時点で、そんなの気にしない人なんだと思ってた」
「あのさぁ……」
「あのさ、気になったんだけど」
「何?」
「私、この人知ってる」
「この人って、そりゃ知ってるでしょ。僕だもん」
「えっ」
思わず漏らしたような声で、彼女は反応する。僕を見上げる顔は、どこかにやけているように見えた。
「え、まさか、ね……」
「てか知ってるってどういうこと? まさかストーカー?」
「違うよ! 人聞きが悪いなぁ。さっきから言わせてみれば。捉えようによっては、君だって誘拐犯になり得るんだからね!」
「ゆ、ゆうかいはん……」
僕の頭の中で、彼女の放った言葉がぐるぐる回る。そのまま回転が体に伝わり、ぐらりと体が揺れる。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫?」
「だ、大丈夫。ちょっと、ね」
彼女に支えられ、僕は彼女の布団に寝かせてもらう。
「……本当に大丈夫? 熱とかない?」
「うん、多分。多分フラッシュバックしただけ」
「フラッシュバックって、まさか」
「ああ、前に警察を信頼してないって話、したでしょ? それが原因なんだ」
僕は初めて家族以外にこの話をする。でも、別に相手は他人だからいいか。目をつぶれば、反応も怖くないだろう。
「中学生の頃、友達と二人で遊んでたんだけど、僕がトイレ行っている間にその子が男の人に捕まえられてて。威圧感があった目は、今でも思い出せる。がんばって引き離すことには成功したけど、二人ともけがしたし、犯人も逃走したし。警察に捕まえたら連絡するって話されたけど、結局もうそろそろ時効になる」
「そんなことが、あったの……」
「それから、うちにその子の親が来てひどいこと言われた。なんで守ってやれなかったんだって。傷が一生残ったらどうするんだって。そんなの知らないじゃん。僕だって怖かったんだから」
「……でも、その子は助かったんでしょ?」
「それはっ、そうだけど。本当に傷跡が残ったかもしれないし」
「…………じゃあ、見てみる?」
「……え?」
僕は手を目からどけると、彼女が服を脱ごうとしていた。
「な、何してるの?」
「いや、確かめるんでしょ?」
「いや、だってその子はあんたじゃない……え?」
「……」
真っ赤な顔で目を細める彼女は、涙を流す。
「やっと……会えた、ね。本当、偶然だけど」
「……どういうこと?」
すっかり平衡感覚を取り戻した僕は、起き上がって彼女の涙を袖で拭く。
「多分、それ私。あの卒アルの名前と表札の名字が一致したし、私も同じ経験してるし。それも、あの子と遊びに行った時のことだった」
「そう言われてみれば面影はあるし、その子も絵が好きだったけど」
「あれから、親にはもう会うなって言われたけど、何とか会おうとした。でもそれから親が狂っちゃって、離婚したし、母親は自殺したし」
「……ごめん」
「別に君は悪くないよ」
「でも、間接的に僕が君を、そんなことに巻き込んじゃって」
「一番悪いのはあいつじゃん。私の手を、こうやってつかんだ、あいつ」
泣きそうになるほど非力な彼女の手が、僕の腕をつかむ。
「そうだけどさ」
「もう、どうしようもないじゃん。過去のことは。警察も、どうせあと一年で捕まえることはできないし、どうせもう忘れちゃってるよ」
「じゃあ……」
「でも、今から一緒に進むことはできる。私を、幸せにすることができる」
「……え?」
「私、言ったよね。身寄りがないって。じゃあさ、私の身寄りになってよ」
「それって、どういう……?」
話が急に進んだような気がして、頭の回転が止まる。
「私、がんばるから。君に迷惑かけないように頑張って絵を描いて働くし、色々生活も助けるから。だから、これからも一緒にいさせてください」
「え、まさかそれって」
「うん、そういうこと」
彼女は口をもごもごさせて答え、僕の答えを待っているようだった。多分色々かみ合ってるし、そんなことをとっさに思い付いてだますことは不可能に近いだろうから合っているのだろう。もしそれが本当ならば、彼女と結ばれることは嫌じゃない。でも。
考えた結果、僕は一つの結論を出した。
「これから、考える」
「えー? なんでよ。せっかく一生分の気力を使った決断をしたのにー」
「話は本当だと信じるよ。でも、さすがに犯罪を起こすような子じゃないと思ってたから。なんか、こう、もうちょっとおしとやかな子だと思ってたし」
「うーわ、散々けなした挙句キープってこと?」
「だから、本当に付き合っていいのか、ちゃんとこれから見極めようと思う」
「……分かった。じゃあこれから信用を勝ち取っていく、ということで」
「そうそう。社会奉仕活動で信頼を回復してください」
「はーあ、残念。でも、よかった。私も謝りたいと思ってたし、昔から変わらない優しさに触れることが出来たし。それに……」
「……それに?」
「それに、えい!」
「うわっ」
彼女は僕ごと布団に倒れこむ。フローリングの上に敷いているため、少し背中が痛む。
「この家に住むことができるし」
「……なんだそれ」
可笑しくなって、二人で笑いあう。
明日は敷きパッドでも買いに行こうかな。そんなことを考えてしまう僕は、思ったよりこの状況を楽しんでいるのかもしれない。
彼女が信頼を取り戻すのは、案外早いのかもしれない。同じシャンプーの匂いに包まれて、僕はそんなことを考えていた。
実質家族 時津彼方 @g2-kurupan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます