第13話
美郷と尊がまさに化け物に襲われかけていた頃まで時間は巻き戻る。その状況を把握している者たちがほかにもいた。ほろ暗い部屋の中、ひと際目立つ大型スクリーンに映しだされた地図には一区画が赤い円形状にくくられている。その地図を仁方が火のついていないタバコを咥えながら、チッと舌打ちを打つ。
「継姫、帳が現れた。相手は件のUAPと思われる。すぐに行けるか? 南波、位置情報を継姫に送ってくれ」
「りょ、了解しました!」
仁方は手元の通信機を手に取とると、内心の焦りを抑えながら状況を伝える。合わせて通信主の南波に円状区画の座標を送るよう指示をした。
『了解、出現位置の座標をこちらも確認しました。到着まで15分ほどかかります』
「そうか、範囲内に取り込まれた人もいるはずだ。悪いが急いでくれ」
通信機を爪を立てるほど強く握りながら頼み込むその姿は焦りの感情がにじみ出ている。対して『分かりました』と起伏なく返ってくる声は落ち着いたものであり、自信に満ち溢れている。その声に頼もしさを感じた仁方はふうと大きく息を吐き、頭に上りかけていた血を落ち着かせた。
そのまま無意識に火を付けようと胸元からジッポーを取り出そうとした瞬間、「ここ、禁煙なんだけど」の言葉で動きを止めた。
「焦る気持ちもわかるけど、ここ通気性悪いんだから吸うなら終わってからにしてちょうだい」
「わかってるが、どうしても口寂しくてね。悪いな、牧野」
くわえてたタバコとライターをしまいつつ、仁方はバツの悪そうな顔をした。
「昔はそんなヘビースモーカーじゃなかったでしょ? まったく、誰の影響なんだか」
そういうと、牧野が座っていた椅子を回転させて仁方と向き直った。どこか茶化すような口ぶりから仁方との間に親しみを感じさせる物言いだ。
化粧けがなく、短く首元あたりで刈り揃えた髪と彫りの深い顔立ちはどこか男性的だ。しかし、胸元のふくらみかこの人物が女性であるとはっきりと主張している。
「身近に悪い大人が多かったからな。そいつらが皆して実に上手そうに吸うものだから、真似してみたらこれだ。いまじゃないと口寂しくて仕方ない」
仁方は黄色の箱に青地で「平和」とアルファベットで書かれたタバコを手に懐かしそうに答えた。牧野も心当たりがあったのだろう、「確かに」と苦笑しつつ同意を示した。
「これのおかげで現実からの逃げ方を学べたよ。吸っているときは少なくとも嫌なことは忘れられる」
「仁方、アンタそれは……いや、なんでもない」
寂しそうにタバコの箱を見つめる仁方に牧野は心当たりがあったのか、咎めるように口を開きかける。しかし、その顔が酷く寂しげであり、それ以上の言葉を述べることがためらわれてしまう。
「茉奈先輩も司令も、UAPが出現したんです! ふざけてないでもっと真面目に仕事してください!」
どこか心あらずな2人に業をにやしたのか、南波が自身の机に置かれた小型モニターから視線をを逸らすことなく怒りをあらわにする。まるで自身の不安を押し隠すかのような声に「そう心配すんなって!」と牧野があっけらかんとした声を上げた。
「南波、私らができることなんざここで画面見ながら高見を決め込むだけだぜ。焦ったところで何もできないんだ。コーヒー片手に余裕決め込むくらいでちょうどいいのさ」
そういって立ち上がり南波のそばまで行くと、牧野は冗談交じり笑いながら首筋辺りで丸くまとめられた髪をポンポンと叩いた。
「そんなこと言っても……私は牧野さんや司令みたいにUAPと戦ったことないですし……。こうしている今も、あの中では誰かが襲われているかと思うと、やっぱり不安になっちゃいます」
不安が隠しきれないのだろう。俯きながら太ももの上で固く握られた手を震わせている。その様子を内に沸いた羨ましさを隠すように荒っぽく南波の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「安心しろよ。新しく来たルーキーは年数こそ浅いものの実戦経験は豊富っていう話だ。私らは大船に乗った気でそいつを万全な状態で現場へ送り出してやればいいのさ」
「それでいいのかな……」
力強く撫でられた結果、髪型が乱れたのだろう。南波は涙目で口を尖らせながら牧野をジト目でにらんだ。
2人様子に目を丸くさせて見ていた仁方だったが、こちらをからかうような視線を見せる牧野の顔を見て彼女の意図を察した。UAPとの戦闘に慣れていない南波と必要以上に肩に力が入っている仁方の緊張をほぐそうとしたのだろう。口には出さず、あえて惚けた言動で周りに気を遣う牧野へ仁方は苦笑をしつつ心の中で感謝の言葉を告げた。
『帳、視認しました。突入、いつでもいけます』
話している内に時間がたったのか、継姫から通信が入る。その声に南波は顔を強張らせ、牧野は自らの定位置に付く。その様子を確認すると、仁方は自らも気を引き締めた。
「牧野、南波、私語はそれくらいにしろ。継姫がそろそろ帳に入るぞ」
その言葉に二人はうなずくと、それぞれの机の上に置かれた小型モニターへ向き直った。
「継姫、まずは帳内の人員の救助を最優先、一通り救出が終わり次第、UAPの排除に移ってくれ。なお、すでに発症していた場合は現場判断で処理しろ」
突入のため待機をしていた仁方は作戦の概要を伝える。それに『了解』と答えた継姫であったが、続いて細部を確認するため問い返した。
『ちなみにですが、新しい罪科が発生していた場合はどうしますか』
罪科、その言葉に仁方は顔を強張らせた。継姫の事情について知っているだけに、彼女が万が一でも発見したらどう対応するのか分かってしまったからだ。
「……それは現場での判断としてくれ。もしかしたら意識が残っているかもしれない。もしそうなら、可能な範囲で確保してくれ」
『……了解。では突入します』
一瞬、言葉に詰まった末に出した仁方の答えを継姫はどこか躊躇いがちに答えた。
「すまんな、継姫」
「伊波だっけ? アイツ、罪科保有者に何か思うところでもあるのか?」
機械のように無感情な印象を感じていた継姫がはじめて見せた感情的な反応に気になったのだろう。牧野が振り返りながら尋ねた。
「……ああ、過去に助けたときに味方がな」
それに仁方はどこか歯切れが悪そうに答えた。その様子に牧野も最後まで聞かずとも悟ったのだろう。
「ま、よくある話だな。この仕事やってれば避けられないことだろうよ」
「割り切ろうにもどうにもならないことよ。それに伊賦夜坂も人材不足だしね。上はリスクとってでも動かせる手駒は囲っておけってうるさいし。ほんと、中間管理職のつらいところよ」
上司と圧力と部下の抗議に挟まれ、仁方は頭を悩ませた。その様子を牧野は暖かい目で見つつクスリと笑った。
「ちょい、何が可笑しいんだよ」
「いやね、昔は周囲に嚙みついてばかりの狂犬が今ではすっかり落ち着いたなと」
「……大人になったと言ってくれ。というより、私は一応お前の上官なんだがな」
「へーへー、同期がすっかり出世しちゃって。そういうことならシャキッとして下さいよ、仁方司令」
「まったく、私にも立場があるんだけどな。さて、継姫、帳の中はどんな様子だ」
拗ねた顔を浮かべながら仁方は現在の作戦の進行状況を継姫に確認を取る。
『取り込まれた人は少数と思われます。現在、生存者を運搬中です。いったん帳から出ますので迎えをお願いします』
継姫はすでに捕らわれた人を回収していたようだ。牧野が「さっすが優秀だねえ」と感心するように口にした。
このまま何事もなく任務が終われば、そう思っていた仁方達であったが急にけたたましく鳴り出したアラートによりその願いは叶わない。
「司令! 帳内にて新たな反応です!」
「なんだと!? 新たなUAPか!?」
「いえ、この反応は……代行です!?」
南波の焦りが伝わってくる物言いに仁方は声を荒げた。出てくるのがUAPならまだいい。しかし、南波の観測したデータに表示されているのは別のものだ。
新たなる誓人の出現、仁方はその可能性に思い至り、ハッと目を見開いた。
「……ということは、まさか周防が目覚めたのか」
自分の知り得る中でもっとも可能性が高いその人物が巻き込まれた挙句、力に目覚めさせてしまったことに思い至り、仁方は拳をダン!と机に叩きつけた。
「すみません、明美さん。約束を守れず、彼を戦いに巻き込むことになってしまいました……!」
「仁方、後悔は後に回しておけ! 状況が変わったんだ! 今はUAPへの対応が最優先にしろ!」
苦悩を滲ませ、俯く仁方に牧野が振り返って怒声を発した。
「……わかってるさ、牧野」
仁方も悩んでいる状況ではないと頭を振り、通信機を手に取る。
「継姫、新しい誓人が出た。救出は一旦中止し、急いで該当人物の確保に——」
「え、うそ、どういうこと!?」
「今度はなんだ!?」
続きざまの報告、それはさらなる混迷をもたらすものだ。
「帳内にもう1つ、新たな反応があります!」
「待て! 反応……罪科! 最悪だ、クソッタレ!」
「なんだと!?」
牧野からの報告に仁方はがんと頭を叩かれたような感覚に陥った。ただでさえ代行保有者の発現という予想外の事態に加えて罪科保有者も同時に出現したのだ。人員不足で悩んでいるくらいに誓人は不足している。それほど適正者は限られているはずなのに、まるで雨後の竹の子のごとく現れた異常事態。
混乱に陥るのも無理な状況の中、南波は表示された兵装名を報告する。
「兵装名……呼称アイアンメイデン!? 未確認の罪科兵装です!」
(……新たな代行保有者と同時に現れた未確認の罪科兵装。このタイミングで目覚めたということは、まさか、保有者は市ノ瀬なのか! もしそうなると、今継姫と接触した場合、まずいことになる!)
仮に代行保有者が自身の予想通りとなった場合を想像し、仁方は慌てて通信機を手に取った。
「継姫、代行保有者とは別に罪科保有者もいる! そちらの確保も頼む! 絶対に生かしてこちらまで連れてこい!」
『——司令、申し訳ございませんが、その命令は承諾できかねます。罪科保有者は危険です。後顧の憂いのためにも、発見次第速やかに排除します』
「はぁ!? おい待て、継姫!」
しかし、一方的に通信機を切ったのだろう。何度も仁方が呼びかけるも反応はない。
「どうする仁方、アイツ、間違いなく殺す気だぞ」
「わかっている! くそ、あの馬鹿垂れめ。以前より悪化してやがる」
そういって仁方は通信機を叩きつけるように置いた。すぐさま現場に駆け付けたいのだろう、焦る仁方へ「これを使え!」と牧野が何かを投げつけた。
受け取ったものを確認してみると、それは何かのカギだのようだ。
「貸してやる。職員用の駐輪場に停めてあるから、それ使って行ってこい。その代わり、今度酒を一杯奢ってくれ」
「助かる! 奢りは給料日まで待ってくれ!」
ひらひらと手を振る牧野に礼を言うと、仁方は司令室を飛び出した。
(頼むから早まってくれるなよ、継姫!)
――――――――――
「はじまった……」
ビルの屋上で一人の少年が顔を強張らせた。視線の先には街並みが広がっているが、彼の目には一部が円錐状に切り取られているように見えている。
「嫌な予感はしてたけど、やっぱりこれ、帳ってやつだよな……。ヒロインの伊波継姫が転校してきた時点で、今日がゲームのプロローグだってのは分かっていたけれどさ」
少年、野崎健は内心の不安を隠すように独り言を続ける。
「それにしても、結局今まで聞けなかったけれど、やっぱりどちらかがきっと僕と同じ転生者の可能性が高いよね」
そう語る彼は自身と同類の存在について思いを馳せた。高校入学後、尊と美郷との出会いをきっかけに自身の前世について思い出した。その時に出会った印象がゲームと全く異なり、最初は同姓同名の別人ではないかと疑ったほどだ。
「はあ、憂鬱だなぁ。原作が死にゲーでしかも脇役どころか無名キャラ。モブもいいところだよな。巻き込まれたくないからメインキャラとは距離を置いていたけれど、クラスメイトが巻き込まれるのは嫌だし。気になって今日のことについて声かけちゃったけど、原作に影響はないよね……」
初めの頃は自分が生前にハマったゲームに転生できたということに舞い上がっていたものの、実際にゲームをプレイしていた時の序盤シーンに近付いてくるたびに徐々に恐怖が強まってきた。そして今日、継姫の転校が本編の決定的な一因となることもあり、思わず美郷へ声をかけてしまった。
しかし、何を言えばいいか分からず、彼は結局何をするでもなく、ただ傍観することを選んでいる。
「確かに、チートもらったとはいえ、今まで1度も戦ったことがないし、死ぬかもしれないのにわざわざ首突っ込みたくないし……」
野崎はそういうと自身の手に取りだした曲刀を見つめた。記憶を取り戻した際に自身の力について思い出し、手に入れた力の一端。実際に人目を避けて使ったが、刀を含めてその威力については十分なものだと理解している。彼が今すぐ介入すれば尊も美郷も何事もなく日常に戻ることはできるかもしれない。
しかし、自分が介入することにより、原作の展開から大きく変わってしまうことは今後の自分の生活にも影響は出てくるかもしれない。終盤までの展開を考えた場合、下手な介入は危険だろう。そう自身へ言い訳をし、ここで何もしないことを正当化した。
「……痛いのは嫌だし怖いしな。周防君も原作以上になんか逞しいし、何とかしてくれるでしょ。それはともかくとして、オタクとしては名シーンを生で観戦したいから、ここで様子見はしとこう!」
そうして彼は自身の遠見の力を使って帳の内部を見ていると、場面は美郷が腕を食い千切られるところを目にしてしまう。美郷は襲われてケガを負うことはあってもあそこまでの大怪我は一度もなかった。原作のゲームでは今の美郷ほど活動的ではなく、お淑やかなキャラとして描かれていた。そんな彼女を庇って尊が大怪我を負うことで彼は力を得るというのが原作の展開だ。
「ああ、やばい、やばいやばい! どうしよう、助けに行くべき!? でも……」
野崎は原作を何度もプレイしているため、尊と美郷が原作でどういった結末を迎えるのかを知っていた。選択肢によっては何度も死を迎えることになる彼らだが、こんな序盤で死ぬことはなかった。そのため助けたい気持ちもあるが、主人公である尊がこの戦いで自身の能力に目覚めることもあり手を出すべきか迷ってしまう。
結果、彼が迷っている間に美郷は腕をUAPに食われてしまったが、それでも見ている限りはまだ生きているようであり、ほっと胸を撫でおろす。
「よかった……ケガはしているみたいだけど、市ノ瀬さん生きてるみたい。ということはこれはゲームで言うと2周目以降なのかな。市ノ瀬さんが誓人になるのは初回ルートではなかったはずだし……お、反応だ」
野崎は原作ゲームを思い浮かべ、この後の展開を思い出そうとする。そして美郷の反応を確認して覚醒を予想していたところ、彼の予想と違う展開を目にし、彼の顔をつらりと一筋の汗が流れた。
「え、なんで? 周防君が代行兵装!? そんで市ノ瀬さんが罪科兵装!? こんなの原作になかったぞ……」
それは野崎が知らない展開だった。未知のシナリオへ進み始めた状況で頭が痛くなる。特に美郷が罪科兵装を手に入れることが信じられなかった。同じクラスになり、実際に彼女の姿を目にする機会が多い。前向きで明るく、正義感の強い彼女なら手に入れるとしたら代行兵装だろうと思っていたからだ。
罪科兵装の適正者、それは強い自己嫌悪を持つという証明なのだから。
「いったい、どうなってんだ? このあとって、確か継姫さんが帳で……とりあえず様子見しとこ」
そうして野崎は変わらず遠くから眺めているに留めた。結局のところ、彼はどこまでも傍観者でしかない。彼が当事者として巻き込まれていくことになるには今しばらく時間がかかることになる。
鉄拳のアイアンメイデン @0913dodome
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