On a date : Evening
蒼士は車を走らせて、水惟を海辺の街に連れて行った。
大学ではデザインの勉強に熱中し、深端を目指すようになってからはさらに就活対策の勉強漬けだった水惟は、大人っぽいデートをすること自体が初めてだった。
隣には憧れの蒼士がいて、自分のために車を運転している。とても現実とは思えない。
「ペンギン好きなの?」
「え…」
「昨日のLIMEスタンプ。」
水惟が悩みに悩んでやっと送ったスタンプだった。
「ペンギンも好きですけど魚もラッコもアザラシも、水族館にいる生き物は全部好きです。水惟なので。」
水惟は笑って言った。
「あ、でも友だちにはよくペンギンぽいって言われます。」
「なにそれ。どういう理由?」
「陸の上では辿々しい歩き方だけど、水の中ではスイスイ泳ぐところが…デザインしてる時の私とそれ以外の時に重なるみたいで…」
「なんかわかるな。」
蒼士も笑った。
「あそこ、水族館だよ。今日はもう行けないけどね。」
窓の外の変わった形の建物を見て蒼士が言った。
「へぇ…いいなぁ…」
水惟は窓の向こうに流れていく水族館を見ながら、つぶやくように言った。
「今度行く?」
「え……はい…行きたい、です。」
(今度…水族館…さっきもまた来ればって言ってたけど…)
水惟には、蒼士が口にした「デート」という言葉の重みがどのくらいなのか判断がつかない。
(私みたいな「好き」ではないよね、きっと…)
「今日はありがとうございました。夕飯までご馳走になっちゃって…ごちそうさまでした。」
蒼士に家まで送り届けられ、車から降りたところで水惟が言った。
「こちらこそ。楽しかった。」
「「………」」
一瞬、二人揃って無言になった。
「…今日、デートだったらもっと可愛いカッコにすれば良かったです…」
水惟が頬を赤くして、俯き気味に苦笑いで言った。
「…さっきも言ったけど、また出かければ良くない?」
「は、はい、そうですよね…」
「可愛いとか考えすぎないで、いつもの藤村さんらしい格好がいいけど。」
「で、でもっ、もっと女子っぽいとか大人っぽいとか…」
「藤村さんは藤村さんらしい方が可愛いと思う。」
「え…」
水惟はパッと顔を上げて、蒼士を見上げた。
「俺、藤村さんのことが好きみたい。」
「え……」
「その反応、どう取ればいいの?」
水惟の考えが読めない蒼士は困ったように笑って言った。
「え、えっと…びっくりしちゃって…信じられない…」
水惟の心音がどんどん早くなる。
「私も深山さんに憧れているというか……す……すき……なんです…けど…でも深山さんは大人って感じで私は子ど—」
焦って早口になる水惟に蒼士は不意打ちのようなキスをして笑った。
「俺は藤村さんが思ってるよりガキだよ。」
「あ、あの…わたし、深山さんが思ってるよりほんとに子どもなので…」
「…もしかして初めてだった?」
恥ずかしそうに赤面して頷く水惟を、蒼士はたまらなく可愛いと思ってしまいギュッと抱きしめた。
「かわいい」
そう言って、蒼士は水惟の唇に親指で触れ、今度は啄むように唇を重ねる。
「本当は俺も“水惟”って呼びたかった。」
「え…」
キスをしながら、蒼士が囁くように言った。
「洸さんとか、他の人たちが名前で呼んでるのに—」
「…んっ…」
「俺だけ呼べないって
嫉妬を滲ませた蒼士のキスは静かに熱を帯びていく。
「ぁ…っ…ふ…」
必死に応えようとする水惟の唇が割り開かれ、吐息と熱が蕩けて混ざり合う。
「水惟」
蒼士に抱きしめられた胸の中で、水惟は鼓動の音以外何も聞こえなくなってしまった。どうしたら良いのかわからず、蒼士の胸に包まれた手や顔を少しだけギュ…と押し付けてみた。
「水惟、かわいい」
蒼士の呼ぶ名前がくすぐったい。
——— これ…キミの作品?
——— すごく良い作品だね、なんていうか—
水惟は蒼士に初めて会った日のことを思い出していた。
(信じられない…深山さんと…)
水惟の心臓はこれ以上ないくらいの早鐘を打っている。
深端グラフィックスに入社できたことも、蒼士と再会できて一緒に仕事ができていることも、今日こうして二人で出かけていることも、水惟にとっては一つ一つが奇跡のように特別なことだった。
「…みやまさん…あの…」
「ん?」
「…えっと…やっぱりなんでも…ないです…」
(あの日のことは…深山さんが泣いちゃうくらいのデザインができるまで…内緒…)
(私はあの日から…)
「深山さんのこと、大好きです」
そう言った水惟を蒼士はまたギュッと抱きしめて愛おしそうに頭を撫でた。
fin.
コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク ねじまきねずみ @nejinejineznez
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