On a date : Afternoon
「え?」
ギャラリーの出口付近で、蒼士は驚いていた。
「帰りは散歩しながら一人で駅まで歩けるので大丈夫です。今日は勉強になったし楽しかったです。ありがとうございました。」
昼前だというのに、水惟はペコリとお辞儀をして帰ろうとしている。
(楽しそうに見えたのも俺の勘違い?)
蒼士はまたわからなくなった。
「はぁ…」と自分にしかわからないような小さな溜息を
「なんでもう帰るの?」
「なんでって…今日の用事はもう終わり…ですよね…?」
水惟は展覧会を見るという“研修”が終わったと思っている。
「“用事”って…」
(もしかして藤村さんは断り辛くて来ただけ?面倒な用事だったってこと?)
水惟はキョトンとしている。
「あ」
水惟が何かに気づいた。
「もしかして、レポートとか提出したりしますか?」
「え?レポート?何の?」
「何って、今日の展覧会の研修の…」
「研修?」
「はい」
「………」
「………」
蒼士の反応に水惟は困惑したようにうっすら眉間に皺を寄せ、蒼士も水惟の言葉の意味がわからず無言で少し考えた。
「…確認だけど、これってデートだよね?」
こんな確認をしたのは初めてだ。
「………え?」「…デート…」「え!?」
水惟の顔が一瞬で真っ赤になった。
「もしかして会社の研修だと思ってた?」
「はい…」
蒼士は顎に指を当てて、今までのことも思い出してみた。
「…今まで誘ったのを断ってたのも、そんな感じ?」
「え!?え、と、え?…今までのって…テストじゃないんですか…?」
「テスト?」
「えっと…私っていうか、深端の新人デザイナーがちゃんと展覧会とか映画とかで勉強してるかどうか…とか…」
「………」
———プッ
蒼士は思わず吹き出した。
「え…」
「いや、ごめん。その発想は無かったなって。怖がらせてたってことだよね。悪かった。」
蒼士は優しく笑って言った。理由がわかるとこれまでの水惟の態度にも納得してつい笑ってしまう。
「この後予定入れてなかったら、デートの続きしたいんだけど、いい?」
「…はい…」
水惟は恥ずかそうに頷いた。
(デート…だったんだ…)
「とりあえずお昼食べようか。」
「は、はいっ」
二人は公園内にあるレストランのテラス席に案内された。
「本当に恥ずかしいです…すみませんでした…」
水惟は勘違いをあらためて謝罪した。
「もういいって。」
「でも、すごく失礼だったなって…」
「藤村さんて勉強熱心なんだな、とは思ってたけど。」
蒼士は少しいじわるっぽく笑って言った。
「…“もう行った”って嘘だってバレてたってことですよね…」
水惟はしゅんとして言った。
「展覧会も映画も好きなんですけど…本当は最終日まで忘れてて慌てて駆け込むような人間なんです…。でもお陰で最近はいろいろ行ってインプットがすごく増えました…」
「今日の展示はどうだった?」
申し訳なさそうにしている水惟に蒼士が聞いた。
「私、夜空の絵が好きでした!色合いがきれいで細かいところまで描き込まれてて。洋館の雰囲気にも合ってて、いつかあそこでプラネタリウムイベントとかしても楽しいんじゃないかなって想像しちゃいました。」
水惟が目をキラキラさせて話すので蒼士は思わず笑ってしまった。
「藤村さん、よくしゃべるんだね。」
「え…あ、えっと…感動しちゃって。」
水惟が照れくさそうな顔で言った。
「それに…深山さんと来れて嬉しくて。…もっと早く誘いに乗ってれば良かったです。」
そう言った水惟の無邪気な笑顔に蒼士の胸が思わずキュンとしてしまった。
———コホッ
蒼士はそれを誤魔化すように小さく咳払いをした。
「…また来ればいいんじゃない?」
「……はい。」
水惟はまた、恥ずかしそうに笑った。
「食後のコーヒーと紅茶をお持ちしました。」
飲み物が運ばれてきた。
水惟はテーブルの上を見て、少しソワソワしていた。
「あの…コーヒーに付いてきたミルク、使わないなら貰ってもいいですか?」
水惟が言った。
「…甘くないミルクティーが好きなんですけど、ミルクとかレモンとか聞かれなかったから貰い忘れちゃいました…」
「へえ、いいよ。じゃあ、代わりに砂糖ちょうだい。」
「え?」
「俺、ブラック飲めないんだよね。」
蒼士が苦笑いで言った。蒼士のコーヒーにはなぜか砂糖が付いてこなかった。
「深山さん、ブラックコーヒー飲んでそうだから…意外です。」
「ガキっぽい?」
少し恥ずかしそうな蒼士の問いに水惟は首を横に振った。
「そんな風には思わないですけど…イメージとのギャップで…ちょっと…かわいいです。」
水惟は可笑しそうに「ふふっ」と笑った。
「それってガキっぽいって言ってない?」
「言ってないです。ふふっ」
「藤村さんて、クリエイティブでは下の名前で呼ばれてるの?」
「あ、はい。クリエイティブもだし、他の部署の方でもよく関わる方からは下の名前で呼ばれてますね。」
「…みんなから下の名前で呼び捨てって、嫌だったりしない?」
「………」
水惟はキョトンとする。
「あー…いや、会社内のハラスメントとかの調査?みたいな。」
(我ながら苦しい言い訳だ…)
「私、水惟って名前がすごく気に入ってるんです。呼びやすいみたいでみんな呼んでくれるので、人見知りが少し緩和されるっていうか…なのでどちらかというと嬉しいです。」
「ふーん…」
「よかったら深山さんも名前で呼んでください。」
「え…うーん…俺が名前で呼ぶのはマズいんじゃない?立場的に。」
“深端の跡取り”が女性社員を名前で呼んでいたら、なにかと詮索されることが容易に想像できる。
「あ、そ、そうですよね。すみません…。」
水惟はまたしゅんと肩を落とした。
「この後決めてないんだけど、ドライブでも行く?」
「はい。」
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