第5話
その夜、夢をみた。
※
真っ白な肌、真っ黒な髪をした娘がいた。娘は肺病みの家系とささやかれ、当人も病がちで、今もこうして寝ついている。
彼女のもとへ、時折ひとりの少女が見舞いにやってくる。茶色がかった髪がくるくると活発な印象の、榛色の目をした少女。黒髪の少女は茶色髪の少女を、ちひろ、と呼ぶ。
ちひろは見舞いにやってくるわりに、娘とはほとんど会話をしない。一方的にまくしたてては、嵐のように去ってゆく。
『これは熱さまし、これは咳に良く効く薬、あっあと行商が来て珍しく買えた人参の乾かしたのと、ついでにうちで作ったおまんじゅうも置いてくね』
『……ちひろ、』
『この前よりも顔色良くなったね、うれしい! また来るからね、調子がよければ一緒にお社まで出てみようよ、裏手の花が満開で真っ白なんだよ!』
娘は貧しく、ちひろの差し入れがあるからかろうじて生きていける。
恥ずかしさと、申し訳なさとが相まって、病がちになって数年経つのに、いまだに感謝もまともに伝えられていない。
※
ちひろは娘のことをいつも気にかけている。体が弱く、いつもひとりで、さみしいだろうと案じている。
でも、娘の誇り高さも知っているから、肝心のことは何も言えずにいる。
わたしの家に来ない? 少しくらいなら薬もあるよ、そしたらきっと良くなるから。わたしもずっと一緒にいるし、そしたら、さみしくないよ。
言おうと思った言葉は何年も胸のうちに渦巻いたまま、口から出ることなく留め置かれている。
そんなことを言えば、あの娘は何と思うか。憐憫と施しと同情を受けたと思うだろう。それは間違いなく娘を傷つけるだろう。
だからちひろは黙っている。いつか、すべてを解決する良い方法が見つかるその時まで。
※
その年の夏、例年になく雨が降り続き、空は冷え、作物はろくに育たなかった。村の裏手の山は崩れ、水は濁った。地の神が花嫁を求めているのだ、と村人たちは騒いだ。
神の花嫁となる者はたいへんな名誉だ。辺境の地にある村が歴史を繋げてきたのは、神の加護と、この地からほそぼそととれる黄金のおかげなのだから。だからこそ畏敬と感謝を込めて、神の花嫁には村一番のうつくしい少女が選ばれる。
花嫁候補は三人選ばれたが、形式ばかりのことだった。一番うつくしい少女は黒髪の娘、それは誰の目にも明らかなほど。
しかし村人たちは、ちひろこそが花嫁にふさわしいと挙げた。ちひろは村長の娘で、神の花嫁たる名誉に最もふさわしいと思われるだけの育ちの良さがあった。
『うつくしくても、あの体の弱さでは神の花嫁などつとまるものか』
『不具を寄越したと、神の祟りでもくだればどうする』
村人たちの言葉の裏に、父の煽動があることにちひろはとっくに気づいている。自分の一族から神の花嫁を出すことは父の長年の悲願だった。父はなんとしてでも、我が娘を神の花嫁にしてみせるだろう。
神の花嫁という名誉に欠片も興味を抱かないちひろ、そんな娘に父は必死になって、あれやこれやと吹き込んだ。
『神の花嫁になれば一族は末代まで反映する。一族の誰もが、毎日お前の名を称えるだろう』
『花嫁は神に嫁ぐのだから、歳もとらず、永遠にうつくしいままだ』
『着物も装身具も、何でも手に入る。帝の妃よりも華やかな暮らしができる』
相変わらず、ちひろはそんなものに関心はなかった。だが、ただひとつ、彼女の気を引いた内容があった。
『神の花嫁になれば、歳をとらないの?』
頑なだった娘が興味をひかれたと思い、父はここぞとばかりにまくしたてた。
『ああそうだ、不死の神に嫁ぐのだからな、花嫁も歳を取らなくなるのは道理だろう。病にも老いにも苦しむことなく、幸せに、安楽に暮らせる』
だが、ちひろはあくまでそんなものに関心などなかった。
『そう。病に、苦しむことはない……』
その時ちひろが病がちな黒髪の娘のことを連想するのは、ある意味では当然のことだろう。
魂、重たくって 二枚貝 @ShijimiH
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