第4話

 シンジャ様についての情報はゲットしたけれど、納得した部分もあり、かえって謎が増えた部分もある。

「だいたい、魂を閉じ込めるってなに? おばあちゃん、天国に行けてないってこと?」

 突然浮かんだその考えに、ぎょっとした。わたしの生まれる前に死んじゃったおばあちゃん。じゃあ、少なくても十七年、成仏できてないということ?

 急に怖くなって、かわいそうで、泣きたくなった。どうしてそんな目に、わたしのおばあちゃんが遭わなきゃいけないのか。友達だろうが何だろうが、そんなの理不尽すぎる。


「――シンジャ様! ねえ、いるんでしょ、今すぐ出てきて!」

 わたしが怒鳴り散らすと、すぅっと音もなく、部屋の隅にシンジャ様が現れる。いつものように目を伏せて、絶対にわたしとは視線を合わさない。

「騒がしいな」

「あっそ。それより、聞きたいことがあるんだけど。わたしのおばあちゃん、魂がここにあるってことは、まだ天国に行けてないってことなの?」

「………………、天国?」

 シンジャ様はぱっと顔を上げた。そのせいでもろに目があって、わたしの方が意味もなく動揺してしまった。

 次の瞬間、シンジャ様は赤い着物の袖で口許をおさえて、からからと笑い始めた。声そのものは可憐といっていいくらいなのに、その笑い方はひどく冷めきった大人のつくり笑いのような響きを帯びていた。

「あの女が、天になど行けるもんか! あれだけのことをしでかして、まさか、まともに死後を迎えられるなんて、自分でも思ってるわけない」

「どういうこと?」

 するとシンジャ様は笑いを引っ込めて、びっくりするほど感情のひと欠片もない目つきで、また視線を伏せた。

 ――いや、そうじゃない。わたしは気づいた、シンジャ様はわたしと目を合わせないんじゃなくて――。

(足首を見てる。わたしの。おばあちゃんの、魂があるところを)

 思わずぞくっとした。いつから? 彼女はそうしていたのだろう。少なくともわたしが物心ついた頃から、シンジャ様はずっと視線を落として、おばあちゃんの魂ばかり見ていた。


「醜い女だったよ、あの女は。偽善者で、能天気、自分勝手。ひとの願いも無視して、やりたいように振る舞って、挙げ句にひとりで死んだ」

「……それが理由なの? 嫌いだったから、魂を閉じ込めて、成仏できないようにしたの」

「嫌いだったから、か。そうだったら、どれだけ良かったんだろうな」

 ぽつりとシンジャ様はつぶやいた。わたしに言うというより、ひとり言みたいに。

「わたしとあいつの間には何もなかった。何も。愛情も、憎しみも、約束も、血の繋がりも。――何の繋がりもなかったから、わたしにはあれを繋ぎ止めることができなかった、ただの一度も。あれが花嫁選びから勝手に降りた時も、逝くなと言ったのに勝手に死んだ時も、魂になってからでさえ……何ひとつ、思い通りにならなかった。あれはいつも、わたしの手からすり抜ける」

 わたしは息をのんだ。いったい、何を聞かされているのだろう、これは。

 立ち尽くすわたしにシンジャ様は一歩二歩と近づいて、ふいにしゃがみ込んだ。手を伸ばし、わたしの足首の輪にけして触れないように、ぎりぎりまで指をかざして。


 目の前のちいさな頭、つややかな黒髪と子供のようなつむじを見ていたら、長年わけの分からない存在だったシンジャ様が、ふいにかわいそうに思えてきた。 わたしと母にしか見えないシンジャ様。それって、わたしと母以外に知り合いがいないということじゃないだろうか。

 そんなつもりはなかった。でも、気づいたら、わたしの手は伸びてシンジャ様の頭を撫でていた。

 その瞬間、弾かれたようにシンジャ様がわたしを見た。ぱっちりと大きな瞳がこぼれ落ちそうなくらい見開かれて。あっと思った時には、ひどく強い力で手首を掴まれていた。ひやりと冷たく細い指が食い込むほどの力だった。


「――――――ちひろ?」

 シンジャ様がつぶやく。けれどすぐに、はは、と乾いた笑い声を漏らし、わたしの手を離した。

「そんなわけ、ない」

 そして彼女の姿はかき消えた。残されたわたしは呆然と立ち尽くして、やがてじんじんと痛み始めた腕に、我に返る。

 すこし遅れてから、わたしは思い出した。シンジャ様がさっき口にした、ちひろという――それは、わたしのおばあちゃんの名前だった。

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