じいさんと子猫(DSに立ち向かう者に捧げる童話)

矢田箍史

第1話

あるヨーロッパの古い街にじいさんが住んでいた。

普通なら、孫の世話にいそしみ、幸せに暮らすような年だった。

しかし、そのじいさんには何も無かった。 目は昏く沈み、その奥に光など微塵も存在しなかった。 

 その男は少年の頃に戦争で両親と妹を亡くしていた。

誰が望み、誰が得をしたのか、全く訳も判らない、押しつけられた戦争によって。

孤独な絶望感に、世界をそして自分を呪うしかなかった。

 世間は冷たく孤児にはきびしかった。たが、男は生きた。生きるしかなかった。

一生懸命働いた。すべてを忘れるように。

 不幸な思い出が薄れてきた時、男はまた、愛する人ができた。守るべき家族ができた。

でも、訪れた幸せの時間は、歯を食いしばって来た絶望の時間に比べて短かった。

突如、湧き出した図られたような流行病で最愛の、妻と息子を失った。

もう、希望はすべて消え失せた。なぜ自分だけが残ったのか、すぐに人生を終わらせたかったが、それさえも気力がなくできなかった。

 男はただ年をとって在り続ける屍だった。愛も光ももう心には届かなかった。正確には全部遮断した。

路地裏の狭いアパートに住み、最低限生きていくためだけに町の清掃の仕事に就いていた。

毎日ゴミとホコリにまみれて働いた。何も苦痛は感じなかった。ただ、仕事とは別に日増しに感じる体調の悪化が少し不安だった。

 

 その日は朝から雨の一日だった。じいさんはいつものように仕事を終えアパートに帰る途中だった。

雨は止まない。アパート近くのゴミボックスに来たとき、微かな鳴き声に気が付いた。普段なら気にも留めず

に立ち去ったろう。だがこの時は何かを感じて辺りを見回した。するとゴミボックスの陰に小箱が置かれているのを見つけた。そこから小さな弱々しい鳴き声が聞こえた。白い子猫が雨に濡れぐったりと丸まっていた。

急いで子猫を抱きかかえた。慎重に走って部屋に戻った。

今にも息絶えそうな子猫をみて途方にくれた。獣医に診てもらうにもあてはなく、最近人に接していないことやお金のことが頭をよぎった。

「どうしよう・・・」困った。でも、どうしても助けたい気持ちが湧き出した。そっと胸に抱きかかえた。

しばらく温まるように抱きかかえていた「頑張れ、生きろ」子猫の頭をさすってつぶやいた。

 急に、死に別れた幼い息子の顔が浮かび、いつの間にか涙を流していた。胸を締め付けられる思いに嗚咽していた。

タオルにぬるま湯を浸し子猫の口につけ水分を与えた、子猫は生きる希望に小さく吸い付いていた。

じいさんはベットで横になって、一晩中胸に猫を抱いていた。

そして、こんな気持ち、そもそも感情を抱いたのは何年ぶりだろうと考えていた。

光が差し込み雨は上がっていた、子猫は最悪の状態からは抜けたようで、眠っていた。

じいさんは猫の容態が安定したのを確信すると、いつものように顔を洗い、お湯を沸かし、白湯とパンだけの粗末な

朝食を取った。今日は仕事はない。子猫の様子を見るため抱きかかえた。昨日、見つけた時よりは回復していたが、

まだまだ、心配だった。思いつめたように頷くと、子猫をタオルと毛布で優しく包み大きなバッグの中に寝かせ、

上から顔がのぞけるようにした。子猫は心配そうに弱々しく鳴いた。

身支度を済ますと、溜息をつきながら引き出しから封筒を出し、懐にしまった。それはじいさんの一月分の食費だった

アパートを出て、依然見かけたことのある動物病院へと向かった。

病院のドアを開く時、今の自分に対する不安がよぎったが、バックの子猫を見た時 それも消えた。

診察してくれた若い女性獣医はじいさんが怯えた想像とは違い、優しかった。子猫を丁寧に診てくれた。心配は無いと言う。

じいさんの処置は良かったようだった。

獣医は小さな命を救ってくれたじいさんに、謝意と尊敬の念を表わした。じいさんは気恥ずかしさと忘れていた人としての感情に浸った。ビクビクしていた診療費も獣医の配慮か、思ったほどかからなかった。それでも月の食費の3分の1が消えた。アパートに戻る足取りは軽かった。

子猫はすぐに元気になった。じいさんに懐き、親に接するように擦り寄って来た。白い子猫に「WHITE」と名前をつけた。

想像もできなかった事が起き、じいさんに新しい家族ができた。捨てていた愛情が心に戻って来た。

WHITEは元気に遊び、よく食べ、よく眠った。じいさは自分の食を削っても、食べさせたかった。

「生きることはこんなに楽しいことだったのだろうか」自分に問いかけた。

このアパートで猫を飼うことは許されないことはわかっていたが、今はこれしかできない。

じいさんは少しでも多く稼げるように、頼み込んで清掃の時間を増やしてもらった。WHITEを見ていられないのは寂しかったが。必要なものや、診療を受けさせるために仕方がなかった。

気懸りなのは自身の体調だった。日に日に悪化しており、一日働くのはとても辛かった。しかし、どうすることももできない。

一つの不安が頭に浮かんだ。子猫のためにも、じいさんは自身のことで病院に行くことにした。幸いにも診てくれた女性獣医がその後もずっと気にかけて、いろいろ相談にものってくれる。じいさんの体のことも知り合いの医師に連絡してくれ、検査を受けることになった。

結果確認の日、医師に告げられた言葉は、じいさんが不安に思っていたそのまま、癌だった。自分のことよりもWHITEが気になった。「これからどうしよう、どうすれば良い」暗い気持ちでやっとアパートに戻ると、部屋の前に人が立っていた。

このアパートの管理人だった。「困りますよ、猫なんか飼っちゃ、鳴き声が聞こえたので急いで開けてみたら、なんといるじゃないですか。だめですよ、どうせ捨て猫でしょう。あんた猫なんか飼える身分じゃないでしょう。早く捨ててきてください。

できなければ違反です。とっとと出て行ってください。明日また、見に来ます、いいですね」そう言い捨てると振り向きもせず早足で去って行った。


 じいさんはWHITEを抱いて外に出た。混乱した頭でとぼとぼ歩いた。いつの間にか最初に見つけたゴミボックスのそばに来ていた。じいさんは途方にくれた。

その時、急に男が現れた。身なりの良いいかにも上流男という男だった。

男はじいさんに向かって言った。

「大変ですね、あなたは病気なんですね。実は私にはすごい力があるんです。その猫の生命力をあなたに付けましょう。そうすれば

あなたの病気は治り、長生きできるでしょう。なあにその猫は何の意味もない、死んだって誰も気づかない。そうしなさい、私はお金がある、あなたがこれから困らないだけのお金もあげましょう。どうですか良い話でしょう」

じいさんは直感でこの男の話は本当でその力があると思えた。そして自分に頷きながら男に向かって話始めた。

「ありがとうございます。お願いします。あなたの力は本当でしょう。どうか私の命を少しのものですが、この子猫に与えてください

少しでも長くこの子猫が幸せでいられるように、私の命をこの子猫に与えてください。私はこの子猫に会うまで死んだも同然でした

しかし子猫の一生懸命生きようとする姿を見て、私は生き返りました。老いぼれがいなくなるのは神の条理です。そしてこの子

猫は私の未来です。どうか子猫に私の命をお与えください。お願いします」

じいさんの話を聞いているうちに、男の顔色はみるみる変わり烈火のごとく、怒り出した。

「お前に裏切られて死んでいく猫の恐怖と、それからのお前の苦悶が私の快楽につながったのに、ゴミは要らん2つとも死んでしまえ」

男がなにかを振りかざそうとした時、突如、紫の雷が男に直撃して、男は無くなってしまった。そして、白い光がじいさんと子猫を包むように射した。

何が起こったのか全くわからなかった。「夢を見ているのか」しばらく立ちすくんでいたが、WHITEを抱えて走り出した。


 じいさんは女性獣医のところに行き、正直に子猫とアパートを出なければいけないことを話した。夢のような出来事は話さなかった。

獣医は少し考えて住所録で電話してくれた。そして動物保護ボランティアの活動者を紹介してくれた。その面倒見の良いボランティアのおかげで少し狭いが猫の飼えるアパートに引っ越すことができた。

じいさんはボランティア活動に加わることでいっぱいの仲間ができた。そしてじいさんに、もしもの時WHITEを引き取ってくれる人もできた。

その後、しばらく経った検査で医者も不思議がったが、癌が消えていることがわかった。じいいさんはなんとなくあの夢のような出来事が関係しているような気がしたが、そのことは誰にもしゃべらなかった。

それから、じいさんはWHITEと獣医さんやボランティアの仲間たちと幸せな時間を過ごした。じいさんは長寿といわれる年まで健康に過ごし、WHITEも老猫となり寄り添った。

 いつものようにじいさんはベッドに入り、WHITEはその足元にまるまった。そして奇跡が起きた。ほぼ同時に、一緒に、静に天国への階段を上ったのだ。

出会った時のじいさんと子猫の姿で階段を上る、じいさんはWHITEを抱き上げる。「きっと息子も奥さんも君を喜んで迎えてくれる。ああ、両親も妹もだ」

「もちろん、君の両親も兄妹もだ」WHITEは嬉しそうに頷く。


じいさんと子猫 元気に階段を昇る。   (終了)

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じいさんと子猫(DSに立ち向かう者に捧げる童話) 矢田箍史 @monokakity

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