【3000字短編】鳥になる

古城ろっく@感想大感謝祭!!

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「ねえ。夜鷹は、何になりたい?」

 少女の問いに、夜鷹と呼ばれた少年は答えた。

「そうだな。鳥になりたい」

「そういう事じゃなくて、将来の夢みたいなやつ」

「それでも、鳥になりたい」

 夜鷹が譲らなかったので、少女は呆れた。

「はぁ……まあ、いいよ。夜鷹がそういうなら、私も鳥になる」

「つぐみも?」

「うん。だから、どっちが先に鳥になれるか、競争だね」


 それが、10年前の約束。



 いま、夜鷹の目の前には自転車があった。いや、これを自転車だと認識できる人は、そうそういないだろうが。

 あおむけに寝そべって走るタイプの、いわゆるリカンベントという車体。ただし後輪のスプロケットは外されて、代わりにさらに後ろにチェーンが繋がっている。

 その動力を受けるのは、プロペラだった。

 大きなプロペラが、車体の最後尾に取り付けられている。夜鷹がその車体に乗りこむと、上からカウルがかぶせられた。つづいて翼が、彼の友人たちによって取り付けられる。

 この独特の形状は、なんと説明したらよいだろう……戦闘機に少し詳しい人になら、『震電のような』と言えば伝わってしまうかもしれない。主翼は幾分か前後に長く、前に出ているが、それを除けば似ているだろう。


 夜鷹は、腰の横についているレバーを握った。それを後ろに引く。

「エルロン、よし」

 翼の後ろが動いたことを確認し、次にレバーを横に倒す。

「ラダー、よし」

 両翼の後ろに立てられた2枚の垂直尾翼も、きちんと稼働した。この機体にはエアブレーキがない。エレベーターも、カナード翼すらもない。

 ランディングギアとなるタイヤは出しっぱなし……どころか、ノーズの長さと前輪の位置関係は異常。明らかに前輪が後ろすぎる。着陸することを考えていない設計だ。


 ビンディングを固定して、ペダルを漕ぎ始めれば、後ろのプロペラは大きく回り始めた。

「行くぞーっ!」

 外にいた数名の友人たちが、翼を押す。

「もっと、もっと推進力を上げないと……」

 夜鷹がハンドルに取り付けられたトリガーを引く。TIAGRAのシフターだ。リアディレイラーにその動きが伝わり、プロペラはさらに速く回る。

 その分、脚への負担も大きい。機体バランスを崩さないためにも、あまりトルクをかけて踏み込むような漕ぎ方は出来ない。これ以上の変速は不可能だ。

 前方には、大きな湖が見える。遅かれ早かれ落ちることになる湖だ。水温が温かいことを祈りつつ――


「テイクオフ!」


 外の連中が、全体重をかけて押し出してくれた翼。それが風を受けて、ふわりと車体を舞い上がらせる。

 直後、翼は根元から垂直に曲がり、上を向いた。

「あ、あれ?」

 機種も上を向き、プロペラは水面にぶつかる。どうやら

「墜落かごぼぼぼ」

 離陸時の祈りは通じたらしく、水温は暖かかった。




「これ、全然だめじゃないか」

 ずぶ濡れのジャージを着た夜鷹が言うと、他の友人たち数名も首をかしげる。


「おかしいな。やっぱり翼をもっと後ろにするべきだったか?」

「カナード翼がないのが致命傷なんだよ」

「あったって角度をコントロールできないだろう」

「右レバーだけでエルロン、左レバーだけでカナードを操作したらどうだ?」

「それだとロールできないぞ。ヨーだけで曲がるのか?」

「旋回のことを考えるより、まずは折り返し地点にたどり着くことだけ考えたらいいだろ」

「いや、今から旋回も視野に入れないと……」


 やいのやいのと、すでに次の機体設計について話し合う人たち。口を動かしているだけではない。その間に手も動かし、車体の使えそうな部品を回収。それ以外を解体し始めている。

 誰一人として、責任を問いただしたり、謝罪を要求することはない。それが状況的に無意味だからだ。

 そんななか、夜鷹は地面に寝そべってしまった。あおむけにねて空を見上げれば、一話のカラスか何かが上を飛ぶ。

「くそっ」

 苛立ちに任せて、芝生に裏拳を叩きこむ。手が痛い。


 キィーっと、自転車のブレーキ音がした。まるで錆びたブランコを漕ぐような音だ。


「またやってるの?扇風機サークル」

 自転車――プロペラも翼もない、ただのママチャリ――に跨った少女は、この場にいる多数の人たちではなく、夜鷹一人に話しかける。

 夜鷹は寝そべったまま、手だけを振って答えた。

「よう、つぐみ。何度も言うけど、俺たちは鳥人間サークルな。扇風機じゃない」

「扇風機でしょ?一回も飛んだところ見たことないもん」

「見られない時間に飛んでんだよ。人気のない真夜中とかにな」

「いや、そんなバレバレな嘘を吐かれても、ねぇ?」


 自転車を降りて夜鷹の横まで来たつぐみは、同じように地面に寝そべった。芝生と言えば聞こえはいいが、自然の土手である。土は固いし、雑草は伸び放題だ。

「……意外と、頭に血が上るのね」

「まあ、枕とかないからな。せめてこの斜面が、もう少し角度ついてればよかったんだが」

「角度か……あ、それじゃないの?」

「……何が?」

「翼に角度をつけるんだよ。そうしたら、夜鷹もきっと飛べるって」

「そうか!なるほど!……ってなったらドラマチックだけどな。あいにく試したよ。とっくに」

「結果は?」

「ん……」

 夜鷹が指さした先には、あらかた自転車と部品と不燃ごみに分別された何かがある。墜落してからものの10分で岸に引き上げ、さらに10分でここまで解体する手際の良さ。まさに墜落のプロフェッショナルだ。

「夜鷹は手伝わなくていいの?」

「ああ。自転車をこぐのに全力を使った。という事にしてサボっている」

「うわぁ……」


「そういうつぐみは、歌のレッスン、上手くいってるのか?」

「うん。来週はオーディションだからね。頑張ってるよ」

「おいおい。来週かよ。こんなところで寝てていいのか?」

「練習しすぎも良くないんだって」

 つぐみは、歌うのが大好きだった。小さいころから一緒にいるが……本当に暇さえあれば歌っていたというか、無意識に口ずさんでは、からかわれている子だった。

 夜鷹もその歌を褒めたことが、何度もある。もっとも、誉め言葉として素直に受け取られたことはない。からかっているのと変わらなく聞こえたのだろう。


「ねえ。夜鷹。10年前の約束、覚えてる?」

「ん?ああ、覚えてるよ。『どっちが先に鳥になれるか、競争』だろ?」

「うん」

 こうして寝そべっていると、雲が高く感じる。空が広い。

 あの空は、鳥たちのもの。どこまでも行けて、どこまでも声が響く。そんな場所。

「つぐみが、俺より先に『鳥のように歌う』のか」

「夜鷹が、私より先に『扇風機のように』ぶーんってするのか」


「競争だな」

「競争だよね」


 二人のタイミングは、偶然にも重なった。まあ、こんな話をするのは初めてじゃない。10年も言っていれば、なんとなく相手のタイミングくらい解るし、合わせられる。

 それはそれとして――


「……そこは、『鳥のように飛ぶ』だろ?」

「え?夜鷹は扇風機じゃん?」

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