3
レジイナはそれからほとんどブリッドの部屋に帰ることは出来ず、仕事、勉強、異能の修行をしながらジョニーとアドルフと共に行動をしていた。
約一年が過ぎてレジイナがジョニーについて分かったことがいくつかあった。
酒とタバコは苦手で、甘いものが好き。サディスティックな性格だが情に熱く、弱い立場の人間を助けたいと日々思い、条の改変など日々の仕事に没頭していること。そして、何かとレジイナを娘のように可愛がっていることだ。
私は甘くないぞと言いつつ、レジイナにとんと甘いジョニーにワルバルトは呆れ返っていた。
そして、最後に分かったことはジョニーはいつも寝る前に手を組んで夜空を見上げている事だった。
何をしているのかとレジイナが問うとジョニーは、「今まで亡くなってきた人を思ってるんだよ」と言い、悲しそうな表情でニカッと笑っていた。
レジイナはそれを見ていつも悲しい気持ちになった。
アドルフは定期的にアサランド国に戻ることがありつつも、雇ってもらっているジョニーよりもレジイナをいつも優先にして動いていた。
基本ジョニーが仕事をしている側でアドルフがレジイナに勉学と異能に修行をつけていた。
アドルフも七つの異能を使いこなしており、ジョニーより正直強いのだろうとレジイナは感じていた。
そして何かできるようになる度にいつも愛しげに褒めてくれるのだった。
兄がいたらこんな感じなのだろうかと温かくなる胸の奥にはどうしてもブラッドを死に追いやったアドルフを恨まずにいられなく、いつもレジイナは心の中で葛藤する日々を過ごしていたのだった。
そんな日々を過ごして一年。レジイナは久しぶりにウィンドリン国のリーシルド市に足を踏み入れていた。
本日は警察署の責任者と大統領であるジョニーがわざわざ会議に参加し、タレンティポリスの今後についての会議をすることとなっていた。
アドルフが運転する車の中、本日の議題についてジョニーが説明し始めた。
「まあ、表向きはね。どちらかというと現状の共有だね」
「何の現状?」
目を細めながら聞いてくるレジイナにジョニーは「裏切り者について、とでも言っておこうか」と、ニカッと歯を見せて笑った。
「アドルフ君。暗殺部からの情報は?」
暗殺部と聞いてレジイナは肩を震わせた。
まだカルビィン達はレジイナが敵から襲われないように日々戦ってくれているのだった。
「カルビィンが言うには各国の警察署に所属するタレンティポリスに裏切り者がいるらしい。ただ、誰かまでは特定できていない」
「まあ、現場にいないのだからそれは難しいだろうね。君を私のもとに来させて正解だったよ」
ジョニーの言葉を聞きながらレジイナは足を組んで肘を乗せ、手の甲に顎を乗せてふーっと息を吐きながら車窓の外を眺めた。
「……私が異能を七つ得ようが得まいが、あんたの元に来ることは決まってたってこと?」
「こら、しゅんり殿。"あんた"とは失礼すぎますよ」
「まあまあ、ワルバルト。しゅんり、ご名答だよ。タイミングが良すぎたけどね」
ジョニーがワルバルトを嗜めながらレジイナにそう返事し、それを聞いてレジイナはカルビィン達によって結局またもや守られただけなのかと理解して胸を痛めた。
目的地である豪華なホテルに到着した四人は借りた会議室に通された。
そこには警察庁長官と軍の将官、そしてタレンティポリスのトップに君臨するドレン・ボーブル総監が既にいた。
「やあ、待たせたようだね」
「いえいえそんな! どうぞ」
大統領であるジョニーにペコペコとしながら椅子を引いた警察庁長官をレジイナはジトっと見ながらかつて「けっ。異常者が」と、悪態を吐かれた日を思い出していた。
そんなレジイナの目線に気付いた警察庁長官は「何か?」と、何でもないかのように首を傾げた。
「いいえ、何も」
レジイナのそんな態度にホーブル総監はコホンと咳払いをし、そんなホーブル総監にビクッと恐怖して肩を震わせたレジイナにジョニーはクックッと笑ってから会議が開始された。
このような重要な内容の会議は通常こんな少ない人数で行われることはない。
しかし、極秘事項であるため限られたメンバーだけ駆り出され、レジイナだけでなくアドルフまでもが周りに気を配り、話の内容が外に漏れないよう徹底していた。
三時間も及んで会議はお互いの課題が見つかったところで終了した。
ホーブル総監から早く逃げようと、警察庁長官と将官の後に続いて部屋から出ようとしたレジイナをジョニーは首根っこを掴んで制止した。
「ぐえっ」
「まあ、そんな急がなくてもいいだろう?」
「いいえ、急いで欲しいのですが」
ワルバルトの言葉をジョニーは口笛を吹いて誤魔化し、レジイナを先程まで将官が座っていた席に無理矢理に座らせた。
「ふんっ。相変わらずお前はどこにいっても迷惑かけてるみたいだな、しゅんり」
ジトっと睨みながらそう言うホーブル総監にレジイナは「警察庁長官のこと言ってんのかあ?」と、思いながら睨み返した。
「ホーブル総監こそ、相変わらず嫌味タラタラ言って周りを不快にさせるのは誰よりもピカイチですね。いやはや、見習いたいですわ」
そう嫌味を返すレジイナにジョニーはプッと笑い出した。
「先輩、笑い事ではないです」
ふーっと溜め息を吐いて椅子に腰掛け、そうジョニーに話しかけるホーブル総監にレジイナは首を傾げた。
「先輩?」
何かの聞き間違いかと思ったレジイナにアドルフが「ジョニーと一緒にレジイナお嬢様をウィンドリン国に逃してくれたもう一人の人物がドレン・ホーブルです」と、教えてくれた。
「はあ? ジョニーってもともとタレンティポリスなんでしょ? なんで人間のホーブル総監が一緒に行動してたわけ?」
そう質問したレジイナにジョニーは「あっはっはっ! まだそんな大嘘ついてたのかい?」と、笑い出した?
頭の上にハテナマークを飛ばすレジイナにホーブル総監は「オーリンは本当に口が堅いらしいな」と、呟いてからスーツの内ポケットから銃を取り出し、銃口を上に向けた。
何をするのかと身構えたレジイナを無視してホーブル総監は銃の引き金を引き、そこから氷を出してミニチュアのユニコーンの雪像を作り出した。
「わあ、可愛い!」
ポキッと先を切ってホーブル総監から渡されたユニコーンを受け取って目をキラキラするレジイナに近くにいたトゲトゲは大きな溜め息を吐いた。
「ご主人様。イマはユニコーンに気を取られてるバアイじゃねえダロ?」
「ハッ!」
トゲトゲの言葉にレジイナはホーブル総監にクルッと勢いよく顔を向けた。
「じゃあ、あんたも"異常者"じゃんか! 散々バカにしやがって!」
「チガウだろ!」
再び突っ込みを入れたトゲトゲにジョニーは再び笑い出し、「そうじゃなくて、ドレンも私達の協力者だったってことを理解しなくてはいけないだろ?」と、説明した。
「……先輩。もう少ししゅんりの教育を徹底したらどうだ?」
「それを言うなら君もしゅんりがタレンティポリスに在籍中、甘やかしてたんじゃないかい?」
確かにそうだな。
そう思いながら頭を抱えるホーブル総監にレジイナは頬を膨らませた。
「てかさ、ルビー総括に襲われてタトゥーがバレないようにしなよ」
口を尖らせながらそう注意してきたレジイナにホーブル総監は「俺はあんなもん入れとらん。それにあいつとは関係などない!」と、腕を組みながら返事した。
「彼は君がタレンティポリスで少しでも安全に働けるように裏で君の情報を流してくれていたんだ」
「ジョニーは大統領に、ドレンはタレンティポリスのトップへ成り上がり、レジイナお嬢様が敵に見つかって殺されないよう見守ってくれていたのです」
ホーブル総監が……?
あんなに嫌味ばかり言ってきたホーブル総監の顔を思い出した後、レジイナは牢屋で自身に微笑みかけてきた彼を思い出していた。
「ああ、こんなじゃじゃ馬娘の面倒など見てて大変だったな」
「はあ?」
しんみりとしていた気持ちは一変し、やっぱり腹立つ奴だなと思ったレジイナにジョニーは「君は本当にツンデレだなあ」と、言った。
「ドレン。君は最初しゅんりを養子に入れようとしてたじゃないか」
「え、養子?」
そんな話があったのかと驚くレジイナにホーブル総監は「記憶にないな」と、誤魔化した。
「嘘を言うなよ。私やアドルフの反対がなければ絶対に養子にしてただろう?」
「ナンデ反対したんだよ」
トゲトゲの素朴な疑問にアドルフは答えた。
「わざわざ名前まで変えて身元を隠そうとしたのに、逃した張本人が養子にしては敵にバレるリスクが高い。ジョニーとドレンが敵から出来るだけ見られないように逃げていたが、見られていた可能性はゼロではないからな」
「それに"しゅんり"と、あえて和風な名前にしたのに"しゅんり・ホーブル"なんて悪目立ちすぎるだろ?」
二人の返答にレジイナとトゲトゲが「ふーん」と、声を合わせた後、ホーブル総監に目を移した。
「見るな、異常者」
「あんたも異常者じゃん」
「俺はわざわざ自分が異能者など明かしておらん。お前らみたいな安易に正体を明かす奴らと一緒にするな」
成る程ね。
だから異常者とか呼んでたのかと腹立ちながら納得したレジイナにジョニーはニカっと笑いながら携帯の画面を見せてきた。
「しゅんり。君はドレンにお嫁さんにしてほしいと甘えていたのを覚えているかい?」
「先輩!」
ホーブル総監にしては慌てふためく姿にレジイナは内心笑いながら携帯を奪われる前にジョニーから受け取ると、そこには幼き頃のレジイナがホーブル総監の頬にキスをしている姿があった。
「はあ⁉︎ なにこれ!」
「ああ、これですか。思い出しただけでハラワタが煮え返ります」
怒気を含んだ声でそう言ったアドルフにレジイナは説明を求めるように振り返った。
「見ての通りさ。君の初恋はドレンだよ。ドレンおじちゃん、レジイナが大きくなったらお嫁さんにしてねって」
「ええ、うっそだー」
そう驚くレジイナに額に血管を浮かしたホーブル総監は溶けかけていたユニコーンの石像を拳でボンッと割ってから立ち上がって部屋から出ようとした。
「ああっ! ユニコーンがあ!」
「ふんっ! せいぜい頑張るんだな、この小娘」
バンッとドアを勢いよく閉めて出て行くホーブル総監を見てジョニーは「からかいすぎちゃったかな」と、てへっと舌を出した。
「ホーブル殿と主にやり取りする私の身になって欲しいものです」
ワルバルトがそうジョニーに嗜めるのを横目で見ながらレジイナはジョニーの携帯の画面に映る若き頃のホーブル総監の嬉しそうな笑顔を見つめていた。
「……ふーん」
——ホーブル総監はカツカツと革靴の底を軽快に鳴らしながらホテルの廊下を歩いていた。
今から十八年前。
タレンティポリスとしてあえて働かず、ジョニーの元で弟子という形で働いていた頃。
ジョニーの友人の娘に会いに行くのをなぜか同行させられた時、レジイナの誕生日会が行われていた。
何がいいかなど分からなかったが空港にあったユニコーンの人形を適当に買い、三歳になるレジイナにプレゼントすると彼女は飛び跳ねながら喜んだ。
「レジイナね、ドレンおじちゃんと将来、結婚するの!」
その発言に微笑む者もいれば嫉妬する者もいて和やかに行われた誕生日会の最後にレジイナはドレンの頬にキスをした。
「ドレンおじちゃん、約束ね!」
「ああ、覚えてたらな」
こんな胸が温まる時間を過ごしたのは何年ぶりだろ。
ドレンはその日のことを今まで忘れたことはなかった。
そして、その十二年後。
「ホーブルにする!」
レジイナ——、しゅんりがマルーン学園に潜入捜査する際、苗字を自身の"ホーブル"にすると決めた時は本当に心躍る程に嬉しかった。
ああ、こんなにも大きくとすくすくと大きくなったんだな。
レジイナの姿を見る度にそんな気持ちになりながらドレンは心を鬼にしてしゅんりと対応していた。
今は先輩に任すとして、俺は裏切り者を抹消するか。
ホーブル総監はそう思いながらレジイナの命を狙う敵がいるであろう警察署に戻るのだった。
それからまた二年後のある春の日。
レジイナは仕事で再びリーシルド市に足を踏み入れた。
警察署横にある大きな広場では明日行われるフェスティバルに向けて準備が行われていた。
内容としては大統領直々の話が聞ける平和を願う祭典。出店や、会場の準備に沢山の人が駆り出させれていた。テレビも来るらしく、全国放送の中、ジョニーは長々と演説し、世の幸せと平和を願うなどという口から砂糖が出そうなほどの甘ったるい話をする予定となっていた。
レジイナは会場近くにあるホテルから式典が準備されていくその様子を眺めていた。
「しゅんり殿。貴女はボディガードなのですよ」
ワルバルトはそう言ってレジイナをいつものように嗜めていた。
「こんな化け物、守らなくても勝手に自分のこと守るよ」
「本当、貴女っていう人は!」
ジョニーに甘やかされてるレジイナをよく思ってないワルバルトはそう声を荒げた。
「ワルバルト、やめないか。しゅんりが怖がるだろう」
「そうそう。可愛い可愛い私はワルバルトさんが怒鳴ると怖くて怖くてたまんないわー」
レジイナはベーっと舌を出してワルバルトをバカにしたような態度をとった。
「きー! 本当、ムカつきますね!」
「私もあんたにムカつきますねー!」
ベロベローと言って更にバカにしてくるレジイナにワルバルトはその場で地団駄を踏んだ。
「こらこら、ワルバルト大人げないぞ。しゅんりも大人をからかうんじゃない。また投げられたいのか?」
一週間前、余りにもワルバルトをバカにしすぎて、レジイナはジョニーに荒れる海の中に放り投げられたばかりだったのだ。
流石にあの時は死ぬかと思った。
「嫌です。ごめんなさい」
「素直でよろしい。明日の祭りまで時間がある。君の前職場が近いだろ? 遊びに行ってきても良いぞ」
「な、大統領!」
まともに仕事もしないレジイナに休暇を与えるなんてと、ワルバルトは反論しようとしたが、「いいじゃないか。休日などここずっとやれなかったんだ」と、諭したのだった。
「じゃあお言葉に甘えて」
レジイナは胸ポケットからタバコを出して、火をつけながらホテルの部屋を出たのだった。
タバコを吸いながらレジイナは歩き慣れた道を歩き、警察署にある補佐室に向かった。
「誰だ、ノックも無しにって……、しゅんり!」
「よ、元気?」
久しぶりに見る彼女にブリッドは歓喜して飛びつくように抱きしめた。
「休みを貰えたのか?」
「まあ、半日だけ」
「俺、今から有給取ろうかな……」
久しぶりに会えたレジイナにブリッドはそう言って本気で悩み始めた。
「いや、ちゃんと仕事しなよ」
まともに仕事などしないくせに一端にそう言うレジイナにブリッドは「そうだよな」と、言って席に戻った。
「ねえ、仕事しながらなんだけど話を聞いてくれる?」
「ああ、聞く聞く。なんだ?」
可愛い彼女の話だ、仕事しないでも聞くと思い、耳を傾けてると衝撃の事を言い始めた。
「ねえ、明日のフェスティバルでさ、この国に反乱を一緒に起こさない?」
沢山の人の前で演説をするジョニーの後ろにレジイナ、そして青い制服に身を包んだ警官達が一緒に並んで警護に当たっていた。
演説が中盤に差し掛かったところで目の前にある高層ビルから銃弾が一発、ジョニーに向かって発砲された。
瞬時にレジイナはその明らかにジョニーから少し外されていた弾を握り締めて、ジョニーに護衛したかのように見せかけた。
そのお陰でジョニーの背後に周れたレジイナは後ろからジョニーが身に纏っている高級なスーツの両端を持って、両側から引き裂いてタトゥーが見えるようにテレビへと映させた。
ジョニーはすぐさまレジイナを肘で後ろへ飛ばし、武操化でテレビを操作しようとした。しかし、すでに周りにあるテレビや護衛が持つ銃は他の武操化によって操作されており、主導権を奪うことは出来なかった。
ほお、優秀な仲間を取り入れたか。
ジョニーがそう思った時、警護に当たっていた男性と女性に両側から腕を掴まれ、空中に投げ飛ばされた。そして、更にもう一人いた警官はムクムクと体を大きくし、伝説の過去の生き物である恐竜のテラノザウルスに獣化し、ジョニーを口で咥えた。
「お願いですから暴れないで下さい。少しでも力を入れれば僕は貴方を噛み殺してしまいます」
「……大翔さんの孫か。爬虫類を使えると聞いていたが恐竜とはな。舐めた真似をしてくれる」
ジョニーの顔だけ見えるように咥えたテラノザウルス、翔はジョニーにそう言って体を拘束した。流石のジョニーも思うように動けず、眼下にいる警官の金髪を長く伸ばした女性、ナール総括と片耳にピアスを開けた男性、ブリッドを見た。そして、武操化はタカラ・バーリンとパク・マオというところかと考えていた。
他の警官や護衛は何しているんだと、周りを見渡せば微かに匂う甘い香りに納得した。ルビー総括、そしてミアとワールが手分けして魅惑化の能力を使用し、ジョニーの味方になりそうな者を全て戦闘不能にしていた。
そして会場の外で待機していたアドルフがジョニーの助けに入ろうとした時、背後に三人の気配を感じて振り返った。
「おいおい。てめえ、俺の代わりにアサランド国を纏めるっつう約束だっただろ?」
眉を寄せ、アドルフは目の前にいるカルビィンを睨んだ。
「ハッ! んなこと言われたっけなー、忘れたわ」
そう言って身構えたカルビィンの横で義足をつけて銃を構えて立つジャド、パートナーである小人を従えるウィルグルがいた。
「うちの娘だけでなく、よく息子をこき使ってくれたな、この地面割り男」
「うちのカルビィンを使ったからには高くつくぜ?」
実力揃いの三人を見てアドルフは両手を上げて降参のポーズをとった。
「すまねえ、ジョニー。これは俺たちの負けだな」
アドルフは遥か背後で拘束されているジョニーにそう言って困った顔で笑った。
「いててて、くっそ……」
「ほら、もうすぐ治るから」
レジイナは余りの痛さに悶絶しながらオリビアに治療してもらっていた。あの一瞬で肋骨を何本かやられたレジイナは叫びたい気持ちを抑えていた。
「オリビアさん、もう立てる」
「分かった。頑張って来なさい」
レジイナはまだ痛む胸元を押さえながら壇上に上がった。
状況が掴めず、恐怖に怯える観客は壇上から見えるレジイナを見て更に悲鳴をあげた。しかし、逃げようにも入り口はルルによって封鎖されており、逃げる事は不可能な状態であった。
もう終わったような顔をする人達に向かってレジイナは「静粛に!」と、マイク越しに声をかけた。
「私達は貴方達に危害を加えません。話を聞いて欲しいのです。ああ、マオ、下からカメラで映さないで。上にやって、そうそう」
武操化で遠隔操作するマオにレジイナは自身のカメラの映り方を指示し、ごほんと咳払いをしてから、ブリッドと共に用意していた文書を内ポケットから出して広げた。
「我々異能者は今まで人間に蔑まされて生きて来ました。なぜならこの能力は人間にとっては異様な物で、今のように恐怖や害を及ぼすからです。ですが、今はそうではない世の中に変化しつつあります。私達異能者と人間は平等でかつ同じ生き物で、私達も"人間"なのです。なのに何故アサランド国の者達と戦争を起こさないといけなくなったのでしょうか。そう、それはここにいるジョニー・サイトウ大統領、そして他の三大国にいる大統領も全員エアオールベルングズで、我々全国民に印象操作を行うために戦争を起こしたのです」
レジイナの言葉に再びざわざわとする中、翔が軽く足を上げて足を下ろした。ダンッと会場内に響く足音に観客は黙り、皆レジイナの言葉を待った。
「今、異能者の出生率は上がりつつあります。もしかしたら人間と人口比率が同じ、もしくはそれを上回っている可能性があります。異能者が隠れて生きていくには限界があると判断した上で大統領達はわざとアサランド国を悪者にし、他の異能者を良い者に見せて異能者が住みやすい環境を作ろうとしたのです。大統領達はやり方こそ間違っていたのかもしれない。でも、それは私達の為を思ってやってくれた事なので責めないでください! そして私はこんな悲しい戦争を終わらせたい。そんな事をしなくてもお互い理解し合い、平等に生きていく世の中を作るとここに宣言します!」
人差し指をあげて、宙に向かって腕を上げたレジイナ・セルッティは声を高々に上げた。
「どうか次期大統領であるこのレジイナ・セルッティに賛同を! 必ずや全国民皆が平等で生きやすい、平和な世の中を作って見せます!」
二十歳そこそこの若い女性であるレジイナの言葉に観客、テレビの前の国民は余りの衝撃に言葉を失っていた。しかし、レジイナは「どうだ、決まっただろう!」と、得意げにすぐ後ろにいるブリッドに"ニカッ"と笑いかけたのだった。
それから三年後。
青い警官服を身に纏った男はタバコを吹かし、自身の片耳に開けたピアスを触りながら見回りという名のサボりをしていた。
ボーっと歩いていたその時、自身の腹当たりにポンッと誰かとぶつかって意識をハッキリとさせた。
「わあっ! ごめんなさい!」
そこには小麦肌をし、桃色の髪を短く整えた少年がいた。
「俺こそ悪かった。怪我はないか?」
こんな平日の昼間に何で子供が?
そう疑問に思った男から逃げるように少年は「じゃ、じゃあっ!」と、言いながら走り去っていった。
まあ、いいか。
そう思いながら警官は街の中に設備されているベンチに座って、街頭テレビを眺めた。
『次期大統領! 今日のあの発言はどういう意味ですか!』
『次期大統領、あれは失言では⁉︎』
『次期大統領!』
テレビに流れるニュースではマスコミが国会終了後に現れた"次期大統領"に質問を投げかけていた。
『ごほん、静粛に。じゃあ、そこの茶髪の貴女、質問をどうぞ』
綺麗な桃色の髪を肩まで生やし、グレーのスーツにフリルのついたシャツを着た二十代半ばの女性はある記者に質問をするよう話しかけた。
『先程、次期大統領はここ近年の間にスイーツ専門店を増やしていくと言っていましたが、それは権力を利用した横暴ではないでしょうか?』
『えー、そうですか? 皆、糖分足りてないからカリカリと国会で喧嘩するんでしょ? 甘いものいっぱい食べようよ』
『それは糖分を摂取して国会を円滑にすることと、スイーツ専門店を増やすことはイコールなのでしょうか! 次期大統領!』
あるマスコミがそう言った途端、他の者たちも次期大統領と、言って矢継ぎ早に騒ぎ出した。
『あー、これは失言でした。オーリン次期大統領は"例え"を言っただけで、実現するかどうかまでは見越してません。どうか寛容に、そして静粛にしてください』
白髪混じりの初老は次期大統領の頭を撫でて後ろに下がらせ、すかさずフォローに入った。
『貴方が甘やかすから次期大統領がまだ子供のような発言をするのではないですか、大統領⁉︎』
『そうだ、そうだ!』
次期大統領、レジイナを庇った大統領であるジョニー・サイトウが今度はマスコミに責められ、「いや、しかし、はあ、申し訳ない」と、謝罪を言い、その場をなんとか鎮めようと努力していた。
いやはや、毎回こんな感じなのもどうなのかと、思いながらベンチに座ってタバコを吹かしていた警官、ブリッド・オーリンはテレビから見える妻の拗ねた顔を見ていた。
三年前のフェスティバルから、それはそれは国民の反発に反発を重ねてなんとか今の制度まで持ってきた。
アサランド国との戦争は廃止。そしてアサランド国の設備や金銭面の支援かつ、治安の改善に四大国は尽くして四大国と協力関係を保つ仲までになった。それから戦争自体することを禁じる法を作り、今のところ戦争は起こっていない。
そして、アサランド国には国初の大統領が就任した。
その人物はアドルフ・ディアスだった。
彼を指名したのはエアオールベルングズ創設者の娘かつウィンドリン国の次期大統領であるレジイナだった。
「私はアドルフに命を助けてもらって恩があるけど、ブラッドを使って死なせたのは一生許せないし、あの時引き金を引いた私自身も許さない」
真剣な眼差しで見つめてくるレジイナからアドルフは罪の意識から逃げようと顔を逸らした。
しかし、レジイナはそれを許さないようにアドルフの両頬に手をやり、ゆっくりと顔を向かい合わさせた。
「二人で償いましょう。もうこんな悲しい戦争で誰も死なせないと」
レジイナの言葉にアドルフはポロッと涙を流した。
十七歳の時からアドルフは孤独に一人で戦っていた。
それがやっと報われた気がしたのだった。
「ええ、一緒に」
そう返事しながらアドルフはレジイナに返事をし、アサランド国初代大統領として就任したのだった。
それからウィンドリン国次期大統領であるレジイナの案でタレンティポリスとそれを育成する学校は全国一斉に廃止された。異能者も人間と同じ学校に行き、分ける事なく生活するためにと決めたのだ。
出世街道真っしぐらだったブリッドはその事に不満がありつつも、愛する女の案だ。涙を飲んで賛同したのだった。
それから各それぞれ自分の異能に合った職種に転職するなり、全く関係ない仕事に就くなどをして過ごしていた。
ナール総括と一條総括は日本に戻り、畑仕事をしながら仲睦ましく過ごしており、タカラはいつの間にか付き合っていたあのバーのマスターと無事結婚。オリビアは夫のネイサンともにクリニックを開業。マオは政治内のシステムエンジニアとして就職し、陰ながらレジイナを支えていた。
そして、ブリッドはそのまま警察署に残り、街を守る警察官として今は見回りの途中であった。
「警官が喫煙禁止エリアでタバコを吸って、なにサボってるんですか?」
「……よお、一條大佐」
ブリッドは話しかけてきた翔にそう返事した。
「やめてくださいよ。今日は日番なんだから」
翔は私服に身を包み、女性物とベビー用品の買い物袋を幾つも持っていた。
「ルルの付き添いか?」
「ええ、まあ。最近、構ってあげれなかったからなんでもするって言ったらこれですよ」
翔は妻のルルの怒った顔を思い出しながら乾笑いした。
「まあ、お前は忙しいもんな。出世街道真っしぐらってな」
「ブリッド補佐、いやブリッドさんも何度も軍からオファーあったでしょう。来ればすぐに階級着きますよ」
「もうそういうのいいわ。あれの世話で精一杯」
仕事よりも今、テレビに映るレジイナに目をやって二人は溜め息をついた。
『ねえ、やっぱり糖分足りないから皆カリカリしてるんでしょ? スイーツ専門店増やそうよ』
『こら、もう黙りなさい! あはは、私達はこれで失礼するよ。ほら、来なさい!』
『ちぇ。じゃあ皆、今日も元気良く過ごしましょうー』
ジョニーに怒られながらテレビの前から消えるレジイナを見て、二人は「あれが次期大統領とは世も末だな」と、心の中で呟いた。
「おっと、ルルが呼んでるので僕はこれで失礼します」
翔は着信のあった携帯を見ながらブリッドに声をかけた。
「おう、行ってこい。女にはな甘い言葉と甘いお菓子やれば機嫌直る」
「彼女みたいに女性が皆、単純じゃないんですよ」
はあ、と翔は溜め息吐きながらルルの元へと急いで戻っていった。
まあ、確かにな。
ブリッドがそう思ったその時、携帯のバイブが鳴って画面を開いた。
すると妻のレジイナからメールが届いており、「今日はハンバーグが食べたいな」と書かれ、語尾にはハートマークが付いていた。
ブリッドはタバコの火を消して、今日は帰ってこれる妻の為に早退しようと警察署に戻って行くのだった。
セブンタレンティズ ゆあ @yua7talent
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