第七異能学園

西順

第七異能学園

(やり過ぎじゃね?)


 彼女に対する最初の印象はそれだった。


 昭和99年の春。俺は高校一年生としてやる気満々でこの第七異能学園に登校した訳だが、隣りの席の女子の格好を見て、素直に負けを認めた。


 うちの高校は私服が売りで、ファッショナブルな学生が多い事で知られている。かく言う俺も、ちょっと私服には拘りがあり、黄色の目立つウインドブレーカーに、丸いサングラス、髪型もツーブロックにして登校してきた訳だが、右横の女子はそんな俺の遥か上を行っていた。黒いペストマスクを被っていたのだ。


 ペストマスク。あの鳥の嘴が付いたような仮面である。あれで顔を覆い、全身は黒のゴスロリ衣装。両手に長手袋で頭にはボンネットと呼ばれる独特の帽子を被り、肌が出ている所が全く無かった。こんな尖った女子、いや、人間に出逢ったのは初めてだ。


『おはようございます』


 更にびっくりだ。どうやらペストマスクに変声機が仕込まれているらしく、声の調子まで変えている。ここまで徹底しているとは、やるな!


「よろしく」


 俺が返事をしたのがそんなに驚く事だったのか、彼女、天空院聖子は仰け反ってびっくりしていた。くっ、天空院聖子とか名前まで格好良いじゃないか。俺なんて佐藤太一だぞ。


 天空院は見た目は周囲から浮いていたが、成績は優秀だった。座学は文系理数系問わずに何でも解けるし、体育も男子顔負けの運動神経だ。それだけ優秀なら周囲の人間が放っておかないと思うが、やはり見た目がネックなのだろう。体育の時でさえ、あのペストマスクにゴスロリ衣装なのだから異様に映るのは仕方ない。天空院は基本的に一人でいる事が多かった。話すのは隣りの席の俺か、クラス委員の水戸くらいだ。


 さて、学校の名前が第七異能学園である事からお察しの通り、この学校に通う人間は、男女、教師学生問わず異能持ちだ。まあ、35年前の昭和64年に天皇陛下が異能に目覚めて以来、異能に目覚めた人間が1万人を下らないのは常識だが。かく言う俺も異能持ち、しかも邪眼持ちである。ふふ、中学の頃はこの邪眼のお陰でクラスの男子どもから持て囃されたものだ。女子は冷ややかな視線を向けていたが。女子には邪眼の魅力が分からないんですよ! たとえそれが攻撃系の異能じゃ無かったとしても! まあ、そんな理由から俺はサングラスをしているのだ。ファッションってだけじゃない。


 異能学園への入学は異能持ちの義務であり、卒業すれば高給取りの国家公務員として働く事が確約されている。


 そんな学園だからか、異能に対する考え方にはグラデーションがあり、片方は積極的に使って、異能を伸ばしていこうと言う派閥の『積極派』。そしてもう一方は異能を他者から隠してひっそり生きていきたい派閥の『隠す派』だ。俺はどちらかと言うと後者寄りで、天空院は完全に後者だった。これは持っている異能の性質によるから、どちらが良い悪いと決められない問題だが、この両派閥は度々衝突する。特に攻撃系の異能を持つ人間はこの傾向が強い。


 今日も今日とて教室内でクラス委員の水戸(隠す派)と火咲(積極派)の女子二人が言い合いをしていた。隠す派と積極派と言う派閥的対立もあるが、水と火と言う相性の悪さもあるのだと思う。俺はこう言う事に巻き込まれるのは嫌なので、同じく隠す派の天空院を連れて教室から出ようと思ったのだが、今日に限って天空院の姿が教室に無かった。トイレにでも行ったのか? それならそれで好都合だ。と俺もトイレに向かったのだが、俺はこの選択を後になって後悔する事になった。


 小便をし終えて教室に戻ってくると、クラスメイト全員が天空院相手に跪いていた。いや、土下座していたと言った方が的を射ているか。


「何があったんだ?」


 俺が、こちらへ背を向けている天空院に話し掛けると、


「見ないで佐藤くん」


 と変声機を通さない天空院の声が耳の中で木霊した。そのあまりの心地良さ、凛とした清廉さに、俺まで天空院に土下座しそうになった所で、これがあいつの、天空院の異能だと理解して俺はサングラスを外した。それだけで俺の脳がスッキリするのが分かる。


「大丈夫だ天空院。俺にお前の異能は効かない」


 俺の言葉に振り向いた天空院は、ペストマスクを被っていなかった。天上の美と言うものを初めて見た気がした。白磁のように美しい白い肌に透けるような金髪、大きな瞳は虹色で、スッと鼻筋が通った形の良い鼻、ピンクで柔らかそうな口角の上向いた唇。成程、俺の異能がなければ、絶対俺も天空院を見て平伏していた事だろう。


 天空院の話では、運悪くトイレから帰ってきた所で、火咲率いる積極派に絡まれ、水戸が仲裁に入ろうとするも虚しく、被っていたペストマスクを剥ぎ取られてしまったのだそうだ。


「そして、それを見るなりクラスメイト全員が天空院に平伏したと」


 こくりと首肯する天空院。何でも天空院の異能の名は『聖体』と言い、これに相対した者に無上の喜びを与え、その者たちを『聖体』の奉仕者に変えてしまうのだと言う。


「成程な。それで全身隠していたのか」


「制服の学校だと、どうしても肌が顕わになってしまうから」


 確かに他の異能学園には通えないな。


「とりあえず、ペストマスクを被り直したらどうだ?」


「でも、一度奉仕者になるともう……」


「大丈夫だ。俺の異能は『無効化』。異能の効果を無効化する異能だからな」


 目を見開いて驚く天空院。じゃなきゃどうしてこの状況に俺が耐えられていると思っていたんだ?


 とにかく天空院にはペストマスクを被り直して貰い、俺は天空院の奉仕者となってしまったクラスメイト一人一人を俺の邪眼『無効化』で通常の状態に戻していったのだった。


「しかし、良く今まで見付からずに暮らしてこれたな? 人生のどこかで宗教団体の教祖になっていてもおかしくないぞ?」


『なりそうになった事は何度もあったけど、父の知り合いに佐藤くんと同じような異能持ちのおじ様がいて、今まではその方に助けて頂いていたの』


 成程なあ。それは運が良かった。その運の良さが生来なのか、『聖体』だからなのか分からないが。


「まあ、今回の事で藪をつつけばどうなるか、積極派の奴らも懲りただろう」


 と俺が火咲たちを睨めば、肩身を狭そうに縮めるのだった。


「何かあれば俺が力になるから、いつでも頼れよ」


『ありがとう』


 礼を言う割に、天空院はどこか俺から距離を取った気がした。その時は気にし過ぎだと流して気付かなかったのだ。天空院を巡って、様々な思惑が入り乱れていようとは。そして俺がその渦巻く流れの中に呑み込まれ、それが俺たちの運命を左右する事になろうとは。

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