ニンゲンのペットが出来た話


はぁ……今日の仕事も大変だったな……

まさか、上司のミスの尻拭いをすることになるとは思ってもいなかったよ。

そのくせ、件の上司は気にするどころか飄々した様子で仕事を続けて……



あー!思い出しただけでもイライラしてくる!



……まぁ、そのイライラも家に帰ったら綺麗に吹き飛ぶんだけどね。

あぁ、早く彼女に会いたいな。


そんな訳でちょっぱやで帰ります。





逸る気持ちそのままにタンッタンッタンッと俺はアパートの階段を勢いよく上っていく。

……この間は焦りすぎてコケて怪我をしたので今回は勢いよくだけども一応心の中では慎重に。

それにしても、ホント袴って走りにくい。


今回は何とか無事に部屋の前へ。

流石に息ゼーハーした状態で彼女に会うのは気持ち悪がられそうな気がするから息を整える。

……ふぅ、もう大丈夫かな。

よっし。








ガチャッ








「たっだいまー!」





まるで楽園に入るかのようなテンションで玄関に入る。

すると、俺の声を受けてか彼女が廊下からヒョコッと顔を出した。



う~ん、きゃわッ!!!



「あっ、ただいま!良い子にしてた?……ってアハハッ、その様子だとさっきまで寝ていたようだね!」



トコトコと近づいてきた彼女の顔を見ると、しょぼしょぼとした目に少し跳ねている髪。

どうやらさっきまで寝ていたらしい。

それについて髪を優しく撫でながら指摘すると彼女は恥ずかしさからか顔を少し赤らめてしまった。

……尚の事可愛いが?



そんな可愛い彼女のを撫でることに一通り満足した俺は着ていた袴の羽織をハンガーに掛け、晩御飯を作るためにキッチンへと向かう。



「フフッ、じゃあ早速晩御飯を作るか。……うーん……何作ろう……クリームシチューって知ってる?君の世界にもあるのかな?」



……正直、この食事を考える時が一番大変だ。

折角だから彼女には美味しいものを食べてもらいたいが味覚が合うか心配だ。

一応、引き取る際にそこら辺については私たちと違いは無いと言われたが……それでも色々と考えてしまう。


そんな訳で無難にも自分の好きな料理を作ることにしたのだが、えらく彼女の食いつきが良い。

顔はパァっと明るくなり、目はキラキラとしている。

見るからに「それは私の好きな料理です」というのが分かる顔だ。


ホント、彼女は分かりやすい。

声が聞こえない俺からしたら非常に有難いのだが、それによって可愛さも倍増するため、ホントにね、もうね……ああああァァァァ!!!(声にならない叫び)



「……ホント君は分かりやすくて可愛いな、もう!!!ん~、わしゃわしゃわしゃ!」



思わず堪らなくなった俺は彼女の頭を撫で回す。

まるで髪に恨みでもあるかのような勢いでわしゃわしゃと。

ちなみに一番最初に堪らずコレをやってしまった時は絶対に嫌われると思っていたのだが、嫌がる様子も無く何なら逆に嬉しそうな様子をするため今でもちょくちょくやってます。



「ホント君、可愛いね~。そう言えば、お風呂はもう沸かしといてくれた?」



彼女は一度頷く。



「うん、良い子。それじゃ、先に入っておいで。その間に俺は美味しいクリームシチューを作っておくからさ!」



俺がそう言うと彼女はもう一度頷き、自分の着替えを持って脱衣所へと向かって行く。

そんな彼女の後ろ姿を見ながら、俺は絶対に美味しいクリームシチューを作ることを心に決めるのだった。









********







それにしても……まさか、この俺がニンゲンを引き取る日が来るなんてな。

いや、まぁ、完全なる一目惚れだったわけですけどね、はい。


あの日、施設に連れて行ってくれた友人にはホント感謝感謝ですわ。

友人は前々からニンゲンを引き取っていたし、その時の話をよくしてくれていたから羨ましかったしね。

実際、聞いてる話以上の素晴らしさだったけど。



えっと、牛乳どこやったっけ。



……まぁ、そうは言っても大変なこともたくさんあったけどね。

何たって声が聞こえないのが一番の問題。

声が聞こえないという事はコミュニケーションが取りにくいという事だから。

正直、そこがこれから生活していく上での大きな壁になると思ってた。


でも、それもまさかの理由で解決。

その理由というのも引き取った彼女はその時の気持ちなどが顔にすぐに出るタイプだという事。

マジで顔だけで何思ってるか分かるレベル。

これのおかげで声が聞こえなくてもスムーズにコミュニケーションが取れるし、色々な表情が見れて可愛さ爆上がりだからまさに一石二鳥!



あっ、バター入れるの忘れてた。



個人的には(多分)可愛い声であろう彼女の声を聞こえないように俺たちを設計した神はマジで許せん。

……いや、待てよ?

だいたい神がいないと彼女と出会えなかったと考えると……仕方ない、神よ、お前は無罪放免だ。



他にもこの世界でニンゲンが生きていくには色々大変なことがあるけど、そこら辺は常に俺がサポートしていけば万事オッケー。

……そもそも彼女自体があまり外に出たがらないから、気にしなくても良い部分ではあるんだけどね。



よし、あとはとろみが出るまでじっくりコトコト煮込んでいくだけっと。




そんな感じで後はクリームシチューが煮込み終わるのを待つだけになった頃、ガチャッという音と共にホカホカと湯気を出した状態の彼女が脱衣所から出てきた。



「おっ、お風呂上がったんだ。こっちもあともう少しで出来上がるから座って待っててよ」



すると、彼女は俺の言った通りにリビングのソファにちょこんと座る。

そんな彼女の一連の動きに俺は「フフッ」と微笑んでしまった。

可愛い。



彼女から癒しを貰っている間にクリームシチューが出来上がったので、器に盛りつけて彼女の元へ持って行く。



「お待たせ~。さぁ、食べようか!」



しっかりと食事の前には「いただきます」を言ってから食べ始める。

どうやら前の世界にも同じようなマナーがあったようで彼女も同じ動作をしてから、まずは一口。



その瞬間、彼女はまるでパッと花が咲き誇ったかのような表情を見せる。

どうやら口に合ったようだ。

ちゃんと美味しくも出来たようで一安心。



「その様子だとちゃんと美味しく出来たみたいだね。はぁ~、口に合ってくれて良かった~」



何気に結構ドキドキしていた俺はそんな彼女の反応を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

そんな俺を横目に黙々と食べ進める彼女。

ホントに美味しいと思っているから目をキラキラさせながら彼女は食べ進めていく。


……いやいやいや、こんな可愛い表情されたら俺の理性の糸は切れちゃうよ、プッツンプリンしちゃうよ?

そろそろ彼女には自分の可愛さというものについて自覚してもらわなくてはいけませんな。



「それにしても……マジで君可愛いな。もう、きゃわいい!!!俺の料理をそんなに幸せそうに食べ進めるなんて愛おしすぎるでしょ!」



ごめんなさい、理性の糸切れました。

流石に耐えきれませんでした。


食事中にも関わらず、思わず彼女に対してぎゅーっと抱き着いてしまいました。

彼女には悪いですが、この状態になるともう誰にも止められないので諦めて下さい、はい。

そのままの勢いで「大好きだわ~!」と言いながら頬をすりすりと擦り寄せたりもしています。


こんな事をしても、嫌がらずキモがらず嬉しそうな反応をしてくれる彼女の事が本当に大好きです。



という訳で、今日の食事の時間もいつも通りこんな感じで過ぎていくのだった。











********





諸々の家事&作業が終わり、そろそろ床に就く時間となった頃。



「おいで?」



二人で寝ている寝室で俺は右腕を横に伸ばし左腕で布団を空け、彼女が入るスペースを空けて待つ。

すると、寝間着に着替えた彼女がいそいそとそのスペースに入ってくるのだ。

おまけにそのまま俺にピタリとくっつき丸まる。

そんな彼女の体に俺はいつも通りぎゅっと腕を回し「おやすみ」とそのまま一言。


正直、このベットで二人で寝るというのは中々窮屈なものではあるが……如何せん引き取った初日の夜からこうなので仕方がない。

ちゃんと彼女のベットも用意しているのだけど……どうやらこっちの方が寝心地が良いようです。


それにしても……お互いの体がピタリとくっつき、彼女の可愛い寝顔がすぐそばにあるというこの状態。

……彼女に対してペットとしての庇護欲では無く、一人の女性としての恋慕の情を募らしている俺からしたらこの状態は生殺しに近い状態なため非常に辛い。

毎夜、この苦しみと戦っております。


……ここまで彼女の事を愛しているのなら『彼女と付き合う』というのも一つの手かもしれないが……それは中々厳しい。

そもそも前提として彼女はニンゲンで俺は人外だし、第一彼女が俺に対してどう思ってるのか本当の気持ちが分からない。

あとは……この社会そのものが『ニンゲン』が生きるのに適していないというのもある。

余りにも壁が大きすぎるのだ。



まぁ、付き合う云々の話を置いといたとしても――



「……フフッ」



こんな可愛い寝顔をする彼女の事は何があっても守らないといけないね。




安心しきった様子で可愛い寝顔を晒す彼女の額にソッとキスをして、今日も俺は眠りにつくのだった。











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人外さんのペットになった話 御厨カイト @mikuriya777

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