人外さんのペットになった話
御厨カイト
人外さんのペットになった話
窓から入る光がすっかり暗くなってきた頃。
ピチョンッピチョンッとキッチンの蛇口から滴る雫の音が響く中で私はゆっくりと目を覚ます。
まだぼんやりとした目を擦りながら時計を見ると、もうすっかり19時を回りそうだった。
そろそろ、あの人(?)が帰ってくる頃かな……
いつもテンション高く帰って来る彼の事を頭に浮かべ、欠伸をしながらむくりと起き上がった、その時――
ガチャッという音と共に「たっだいまー!」という陽気な声が玄関から響いてきた。
その声を聞いて、パタパタと玄関へと向かう。
そして、廊下からヒョコッと顔を出すと彼は思わずといった感じで顔を緩ませた。
「あっ、ただいま!良い子にしてた?……ってアハハッ、その様子だとさっきまで寝ていたようだね!」
そう言いながら、彼は少し大きな手で私の頭を優しく撫でてくる。
私は気恥ずかしさから少し頬が赤く染まってしまった。
その様子を見て、彼は尚の事破顔する。
一通り満足したからか、着ていた袴の羽織をハンガーに掛け彼はキッチンへと向かう。
「フフッ、じゃあ早速晩御飯を作るか。……うーん……何作ろう……クリームシチューって知ってる?君の世界にもあるのかな?」
クリームシチュー!
私の大好物だ!
この世界のクリームシチューが私の前の世界のものと同じか分からないけど楽しみ。
「……ホント君は分かりやすくて可愛いな、もう!!!ん~、わしゃわしゃわしゃ!」
彼は堪らないといった様子で私の頭をわしゃわしゃと撫で回してくる。
特段嫌な気持ちは湧かず、逆に愛されてる事に嬉しさが湧いてくる。
「ホント君、可愛いね~。そう言えば、お風呂はもう沸かしといてくれた?」
一度頷く。
「うん、良い子。それじゃ、先に入っておいで。その間に俺は美味しいクリームシチューを作っておくからさ!」
『分かった』という意思を込めて、頷く。
彼もそんな私の様子を見て、ニッコリと微笑んだ。
********
という訳で、私は人外さんのペットになった。
ペットと言っても別に酷い扱いをされている訳でも無いし、衣食住もちゃんとしているし、今のように温かいお風呂にも入れている。
……こう見るとほぼほぼ『人間』としての生活を送れているため『ペット』というのは名ばかりなのかもしれない。
前の世界での生活と違う所をしいて言うとしたら、『人権』が無い所だろうか。
どうやってこの世界に来たかと言われたら、正直分からないとしか言いようが無い。
トラックに轢かれたあの日、とんでもない衝撃と痛みに襲われた後、目を覚ましたらもうこの世界にいたのだ。
チート世界でもなく、悪役令嬢の世界でもない『人外』の世界。
辺りを見渡しても、私のような人間は誰一人もいない。
皆、何処かしらが異形なのだ。
私を溺愛していた彼も頭に2本の大きな角と口でキラッと光る大きな犬歯、そして赤い目と完全に人外である。
といっても、文化や食事などといったものは殆ど前の世界と変わらないようで何ら苦労も戸惑いもしなかった。
ただ、1つ困っている事といえば私の声が人外である彼らには聞こえない事だろうか。
どうやら、私のような人間と彼らのような人外とでは聞こえる周波数の違いがあるらしく、私たちが発する声の周波数は丁度彼らには聞こえない範囲に当たるらしいのだ。
……まぁ、ここまでの知識は殆ど私のようなたまにこの世界に来る人間を保護している人間の方から教えてもらった事なんだけどね。
正直、難しい話はよく分からないし、この世界の生活にも不満がある訳じゃない。
声を発しても意味が無いから、頷いたりして反応することが殆どだけど彼はちゃんとそれを汲み取ってくれる。
というか、どうやら私は気持ちなどが顔にすぐに出るタイプならしく、彼曰くそういう意味でも分かりやすいため非常に助かっている模様。
……どう考えても前の世界よりも良い暮らしをしているんだよね、これ。
そんな感じで湯船で揺られながら今自分が置かれている現状を整理しているといつの間にか30分ほど経っていた。
そろそろ、のぼせる前に上がることにしようかな。
********
「おっ、お風呂上がったんだ。こっちもあともう少しで出来上がるから座って待っててよ」
お風呂から上がり、髪を乾かし脱衣所から出たところで彼がそう話しかけてくる。
部屋にはクリームシチューの美味しそうな匂いが漂っていて、居るだけでお腹が空いてきそうだった。
私は彼に言われた通り、ソファにちょこんと座って彼を待つ。
……少しして、シチューが入った器を二つ持って彼がやって来た。
「お待たせ~。さぁ、食べようか!」
この世界にもあるらしい「いただきます」という動作をしてから、スプーンで一口。
……美味しい!
今まで食べたクリームシチューの中で1番美味しいかもしれない。
それにこっちの世界のクリームシチューも前の世界の奴と同じ感じ。
そういう意味でも一安心。
「その様子だとちゃんと美味しく出来たみたいだね。はぁ~、口に合ってくれて良かった~」
彼は安心した様子で、ホッと胸を撫で下ろす。
そんな中でも私は美味しさのあまり、黙々と食べ進めていく。
いや、ホントに美味しくて手が止まらない。
「それにしても……マジで君可愛いな。もう、きゃわいい!!!俺の料理をそんなに幸せそうに食べ進めるなんて愛おしすぎるでしょ!」
そう言いながら、私の事をぎゅーっと抱きしめてくる彼。
「大好きだわ~!」と頬を擦り寄せながら言ってくるから少しこそばゆい。
でも、こんなストレートな愛情を受けたことが無いからちょっとだけ頬が緩んでしまう。
そんな彼の大きな愛を私はこの美味しいクリームシチューと共に噛み締めていくのだった。
********
いつも通りである溺愛という名の食事やその他諸々の事が終わり、そろそろ床に就く時間となった頃。
「おいで?」
向かった先の寝室では、彼が右腕を枕にし左腕で布団を空けて待っていた。
私はいつも通り、その空いたスペースにいそいそと入って行く。
すると彼もいつも通り、そのままぎゅっと私の体に腕を回し、一言「おやすみ」と言って電気を消す。
人外という事もあるのか、彼は人間よりも体温が高くポカポカしている。
そして、体も大きいため私の体を覆うように抱き着いているわけだが、その高い体温と巨体だからこその安心感によって一気に眠気が襲ってくる。
……ここにはいつもパワハラ&セクハラをしてくる上司や嫌がらせをしてくる同期もいない。
逆にここにあるのは温かい食事に安心する寝床、そして無償の愛をくれる人外さんと前の世界よりも数倍良い暮らし。
こんな生活がずっと続けば良いのに。
そんな事を今日も考えながら、私は眠りにつくのだった。
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