プロローグⅢ

 カクテルを作っては飲んでを繰り返して数回目。

 半開きの酒瓶と沢山のグラスで埋め尽くされたテーブルで二人はもう何杯目か数えてない酒をチビチビと飲んでいた。


「これは…失敗したな。全然中が均等に混ざって無い。それに入れる分量を失敗したのか、味がちぐはぐだ。結局チェレーロで飲む酒が一番だ…」

「そうですね、トニックを入れ過ぎましたか…え、さっきチェレーロで飲むとか言ってませんでした?」

「ああそうだが、何か問題か?」

「問題以前に論外ですよ、それは…はぁ何となく分かって来ましたよ、最近ギルドであなたの話題を聞いたのはこのせいですか」

「ああその話か、「深更時のチェレーロで酒を飲むグライダーがいる」って話だろ?別に俺的は噂になる程か?って思うが」

「正しいのはあなたでは無く、大多数のグライダーの方ですよ。基本的に酒を飲みに戦闘域に赴く者など、気が狂っているとしか言えません。…早死にしたいのですか」

「はいはい、俺が悪かったですよ。お前もそんな事を言うんだな…昔、ある人にお前と同じことを言われたよ」


 俺はルナーレが満ちる刻に戦闘域に酒を持って一人ひっそりと酒を飲むが、どうにもその行為は他人とっては気が狂っている行為らしい。確かに酒で酔っている状態で土砂降りの浮水とか想定外の出来事に巻き込まれてあっさりと死ぬ。なんて事が起きてもおかしくはないが…


 結局、色んな人にやめろと言われ続けてきたが俺はそんな悪癖をやめられずにいる。こんなことを続けてもう4年、何事もなく…あぁ何事も無く生きてはいるが、いつかは痛い目に合うのは分かり切っているというのに、この悪癖をやめれない。その原因は俺にもわからない。


「はぁ、私はあなたの趣味に口を出すつもりも無いですけどね、それよりも稼ぎの話でもしましょうよ。」

「次の「百鬼夜行」の開催時期とか今、価格が高騰している魔石とか浮遊石の話とか」

「本当に金の話が好きだなぁ…」

「まぁ此処に来る前は仕事が趣味だったもので、グライダーとしての私には不測の事態に備えて金を積み上げるのが今の私の生きがいなんですよ。それに積み上げた金を眺めるのも好きですから」

「たしか…次の「百鬼夜行」は来月にやるだろ。あのバカみたいな契約が履行されてないせいでここ2年間は毎月の様にやってるからな」

「アレってまだ終わって無かったんですか?もう2年経ったのにまだ足りてないんですね」

「そりゃあこの階層一の大国、クイントが国で一番の学園を創設する為にわざわざ宙に浮く島を作るんだぞ?あのクイントが十数年の年月を要して作るような学園だ。

 数えきれない程の浮遊石が必要になる。それなりの純度の持った…妖精級位の浮遊石がな」


 浮遊石には、品質を分かりやすくし、商談をスムーズのする為のランク付けがされている。下から順に魔獣級、妖精級、精霊級、大精霊級となっており、魔獣、妖精級はよく市場に出回っているが、精霊級、大精霊級は滅多に市場に出ない一品だ。


 クイントが国の一大事業として作ろうとしている学園はそれなりの規模を誇るだろう。島を浮かす炉心を作るのにいったいどれだけの浮遊石が必要になるだろうか。

 いくら万物の質量を無くし、宙に浮かせる浮遊石であろうとも、それには限度がある。はぁ…いつになったら足りるのやら。まぁ毎月の様に百鬼夜行が開催されるからいくらでも伸びて良いんだけどな。


「それにギルドには他の国からの依頼もある。いくらアンダーを此処までの貿易都市に発展させた立役者の一人とは言え、今はどの国とも中立の関係を結んでいるから、クイント一つの国に供給を絞る訳にも行かない。で、次の百鬼夜行はカゲヨイも参加するのか?」

「もちろんですよ。お金をたんまりと稼ぐ機会ですし、ブラッチに呼ばれているので、参加する予定です」

「ブラッチ…主催の「妖精掃討会」の薬屋か。羨ましいなぁ、そいつとの縁を持っているなんてな。ああ勿論俺も参加する。戦闘域で顔を合わせると思うがその時はよろしくな」

「えぇ、背を合わせる機会があったらよろしくお願いしますね」


 カゲヨイと久しぶりに話していると、酒がついつい進んでしまう。こうしてカゲヨイと飲むのはいつぶりだろうか?思いだそうとしても酒が回り思い出せない。

 と言うか今何時だ?20時ぐらいから飲み始めたはず…だが。


「いま…なんじだ?カゲヨイ」

「ん?どうしたんです急に言って、今は1時ですけど」

「もうそんな時間か…きゅうにねむけが…」

「そうゆう事ですか。はいはいここでお開きにしましょうか」


 急に来た眠気で思わず欠伸が出てしまう。意識が混濁してきて目の前の景色も歪んで体がふらつく。

 いつもそうだ。酒が回る時は一気に来てしまうのだ。そんな体質のせいで限界を図れず寝てしまう事が多々あって、毎回宿まで運んでもらうのが申し訳ない。

 家まで運んだ代金として宿にある、高値で売れる素材とか取られる事があるがまぁ親切に宿まで運んでくれた名も知らない恩人の報酬として割り切っている…


「すま…ない、が。やど…までたのむ」

呂律が思う様に動かず、途切れ途切れの拙い言葉で、カゲヨイにこの身体を託して

オリオネルは意識を堕とした。



「はぁわかりましたよ。面倒ですがギルドの酒場で放置するわけにはいきませんから、送りますよ」

「そういえばネルさんの家知りませんね、私」

「ネルさーんアナタの家知りませんので、これから私の家へ行きますね」


 ネルに声をかけてみるが、返事が聞こえない。耳を済ませれば微かに寝息聞こえてくる。眠気に耐え兼ね寝てしまったようだ。

はぁ…会計も済ませなければ、今回俺の奢りだがどのぐらいの金額になった事か。

カクテルを作る為に色々と瓶丸ごと買ったからそれなりの金額になっていそうだ。


 カゲヨイは会計を済ませて、眠りこけてしまったネルを背負って、帰りの路地を歩く。

「あぁクソ重い…」


 カゲヨイは重たい身体を支え、悪態をつく。今はもう1時だ。もう飛雲船はやっていない時間帯だろう。つまりこの長い帰路を重い荷物を持って行かなけれならない。

体力的には問題無いのだけれど、人を背負って長時間歩くのは精神的に少々くる物がある。これが仕事の付き合いとかの相手であれば何も問題無かったのだが…


「なぁかげよい、もしおれがしんだらかげよいはみとってくれるのか?」

ふと、ネルが目覚めたのか、突如そんな事を呟く。

「突然何を…えぇアナタには恩がありますからね、看取ってあげますよ」


ネルは返事を返さない。浅い目覚めなのだろう。ネルはいまだ夢の中に居て、うつつの言葉がこぼれて来ただけだろう。それにしても何の夢を見ているのだろうか?

ネルの言動的に俺が出てきているのは確かだろうが。


「嗚呼、ルナーレがおれを見ている…この…どうしようも無いな」

「そんな…ことを、おれにいわれてもな」

「わかって…るよ、そんなこと。わか…きった…とだ」

「…………いったい何を見ているのでしょうか、あなたは」


 俺はネルとの付き合いはそこまで多くは無いが、あなたがどういう夢を見ているのか分からない。でも、確かにあなたは何かを抱えて生きていることぐらいは俺にだってわかる。誰しも何かを抱えて生きているものだが、あなたが抱えたものは途方の無く壮大な物だろう。


「オリオネル、あなたはきっとチェレーロに殉じる人なのでしょう。だけど私が、

あなたが一人で奈落に落ちぬ様にちゃんと見送りますから。」


 あー明日になれば羞恥心で死にそうになってそうな、キザったらしい台詞だ。

まぁどうせネルは覚えてない筈だから問題ないだろ。酒の飲み過ぎで記憶飛ばす事がよくある人だから。


「じゃあ…やくそくだな」

小さな声でネルは言葉を返す。聞こえていたのだろうか…そんな事はどうでもいいが


 カゲヨイはオリオネルを支えながら街道を歩いて行く。いつか天に落ちる空葬されるまでグライダーたちはチェレーロを駆けて行くのだろう。いつか終わりを迎えた時、あの蒼き世界の果てはどんな景色を見せてくれるのか。


 翌朝、二人はカゲヨイの自宅で目を覚ます。片方は帰ろうとした時以降の記憶が飛び、もう片方はベットの上で頭を抱えていた。

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